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小動物臨床血液学症例集 膜性腎症に併発した 大動脈血栓症の犬の1例 日本大学 動物病院 田村 免疫介在性貧血および白血球減少を 認めたネコの1例 7 麻布大学附属動物病院 和田

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小動物臨床血液学症例集

膜性腎症に併発した大動脈血栓症の犬の1例

日本大学 動物病院 田村 悠

免疫介在性貧血および白血球減少を認めたネコの1例

7麻布大学附属動物病院 和田 遥

国内事業推進部 編集局 神戸市西区室谷 〒

小動物臨床血液学症例集 月発行

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小動物臨床血液学症例集 7小動物臨床血液学症例集 7

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麻布大学附属動物病院 和田 遥

Key word 慢膜性腎症,血栓症,自己免疫疾患

和田 遥* 1,2,深堀祥光* 1,久末正晴* 3

代田欣二* 4,茅沼秀樹* 1,5,藤田幸弘* 1,6

土屋 亮* 1

*1麻布大学附属動物病院 *2かものはし動物病院*3麻布大学獣医学部内科学第2研究室 *4麻布大学獣医学部病理学研究室*5麻布大学獣医学部放射線研究室 *6麻布大学獣医学部外科学第二研究室

膜性腎症に併発した大動脈血栓症の犬の1例

はじめに

血栓症は,何らかの基礎疾患に続発して発生するものであり,犬では糸球体腎炎,免疫介在性溶血性貧血,蛋白漏出性腸症,副腎皮質機能亢進症,心疾患,中心静脈カテーテル留置などは血栓症を引き起こす原因となる疾患として認識されている。今回我々は,膜性腎症・非再生性免疫介在性溶血性貧血(NRIMA)・免疫介在性血小板減少症(IMT)を併発し,大動脈に血栓を形成した症例に遭遇した。免疫抑制剤による原疾患に対する治療と血栓溶解療法による凝固の阻止を行った症例についてその概要を報告する。

症  例

症例はミニチュアダックスフンド,雌,10 歳1カ月齢,体重 7.45kg で元気食欲の廃絶を主訴に動物病院を受診した。発熱(40.1℃),口腔および膣粘膜の点状出血を認め,血液検査にて WBC 増加(46900/ μ L),PCV の低下(18%),PLT の減少(14.0 × 103/ μ L),Alb の低下(2.0g/dL),CRP(14.34mg/dL)の上昇,アンチトロンビンⅢ(AT Ⅲ)の軽度低下(92%:基準範囲 116-161%)が見られ,プレドニゾロン(1mg/kg,BID)によって治療を行ったが改善が認められず,精査のため麻布大学附属動物病院を紹介された。

●身体検査所見体温 38.0℃,可視粘膜蒼白,嘔吐,メレナが認められた。

●血液検査所見CBC では白血球の増加(WBC 125,430/ μ L),正球性正色素性貧血(RBC 2.65 × 106/ μ L,PCV 17.9%,

Reti 1.45%),および血小板の減少(12.0 × 103/ μ L)が認められた。血液化学検査では,ALP(962.0IU/L)の上昇,Alb(2.2g/dL)の低下を認めた。血液凝固系検査では,PT(9.0sec),APTT(25.5sec)の延長,FDP 10 μ g/mL と高値を示し DIC の併発がみられた。抗核抗体は陰性,リウマチ因子は陽性であった(Table.1)。

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●尿検査所見尿比重 1.034,蛋白(3+),pH8.5,ビリルビン(3+)。尿蛋

白 / クレアチニン比が 2.7 と増加していた。

●X線検査所見・超音波検査所見初診時の X 線検査および腹部超音波では異常は認められな

かった。

●骨髄検査所見【第1病日】過形成が認められ,非再生性免疫介在性貧血(NRIMA)が疑

われた(Fig.1)。

●病理検査所見【第15病日】腎臓:糸球体の一部に基底膜の肥厚が認められ,凍結切片を

用いた免疫複合体沈着の検索では,係蹄に沿て C3,IgA,IgM,IgGの沈着が認められた(Fig.2)。脾臓:組織内に脾動静脈に複数の白色血栓形成と髄外造血が確認された。十二指腸:固有層に軽度のリンパ管拡張と水腫が確認された。

●診断非再生性免疫介在性貧血(NRIMA),播種性血管内凝固(DIC),免疫介在性血小板減少症(IMT)疑い

WBC(/μL) 125430 TP(g/dL) 5.8 Cl(mmoL/L) 116.6 Neu 110160 Alb(g/dL) 2.2 Fe(μg/dL) 103.0 Lym 1050 ALT(IU/L) 20 UIBC(μg/dL) 142.0 Mono 14010 ALP(IU/L) 962 TIBC(μg/dL) 245.0 Eos 150 Tcho(mg/dL) 267 トランスフェリン飽和度(%) 42 Baso 60 TG(mg/dL) 131RBC(/μL) 2.65 × 106 TBil(mg/dL) 0.17 抗核抗体 陰性PCV(%) 17.90 BUN(mg/dL) 14.1 リウマチ因子 陽性Hb(g/dL) 5.5 Cre(mg/dL) 0.4MCV(fL) 67.5 Ca(mg/dL) 7.3 PT(sec) 9.0MCH(pg) 20.8 P(mg/dL) 2.1 APTT(sec) 25.5MCHC(dL) 30.7 Glu(mg/dL) 131 Fib(mg/dL) 496Plat(/μL) 12000 Na(mmoL/L) 150.5 FDP(μg/dL) 10Reti(/μL) 38425 K(mmoL/L) 2.55

Table.1 血液検査所見

PAS C3 IgAPAM

50μm50μm 50μm 50μm

Fig.2 腎臓病理像

Fig.1 骨髄像

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●治療および経過第1病日に重度の貧血と DIC の兆候が認められたため,150mL の全血輸血を行ない,低分子ヘパリン

120U/kg の投与を開始した。IMT,NRIMA,糸球体腎炎などの免疫介在性疾患を疑い第2病日よりプレドニゾロン 2mg/kg,ビンクリスチン 0.5mg/㎡の投与を開始した。第7病日に,WBC 20700/ μ L と低下したが,PCV は 22.7%,PLT は 175 × 103/ μ L と改善傾向を示し,凝固系および FDP も改善が認められた。このためシクロスポリン 10mg/kg SID の投与を開始したが,副作用と考えられる嘔吐が発症したため投薬を中止した。そこで第9病日ビンクリスチンの投与と,レフルノミド 2mg/kg SID の投薬を開始した。

第 11 病日嘔吐が続き,ステロイドの副作用の可能性を考え 1mg/kg SID に漸減し,第 14 病日ステロイドの中止,レフルノミドも投薬後の嘔吐が認められるため中止とした。しかし腹部超音波検査において,脾静脈の梗塞所見が認められ,第 15 病日に脾臓摘出,腎生検,十二指腸の生検を行った。

第 16 病日より後肢の冷感と血行障害が認められ,腹部超音波検査において大動脈に血栓が確認された (Fig.5)。

オザグレル 10mg/kg BID,アスピリン 0.5mg/kg BIDの投薬を開始したが改善が見られなかった。

第 18 病日には,両前肢の浮腫と血行障害が見られ,t-PA(アルテプラーゼ)600 万 U/head の投与を行った。病理検査の結果から膜性腎症と診断されたため,その治療として第 20 病日よりシクロフォスファミド 50mg/m2 EOD,塩酸ベナゼプリル 2.5mg SID の投薬を開始した。第 37 病日には,尿タンパク / クレアチニン比が 0.39 と改善が認められ,大動脈血栓の減少傾向は認められるものの,後肢の冷感,壊死の改善は認められなかった。第 39病日,両側後肢の壊死と右後肢の自壊(Fig.6)がみられ,両後肢の断脚手術を行った。第 45 病日には一般状態良好,PCV 29.6%,尿タンパク / クレアチニン比が 0.25 とそれぞれ改善が認められた。その後,赤血球数,血小板数とも順調に増加を認め,第 195 病日までにシクロフォスファミドの漸減・休薬,第 197 病日にクロラムブシル 0.1mg/kg 3日に1回投薬開始し,第 377 病日,一般状態は良好で赤血球数,血小板数,尿タンパク / クレアチニン比は基準範囲を維持し,大動脈に血栓残存病変は認められるものの増悪傾向はみられない(Fig.3,4)。

Fig.3 治療経過① Fig.4 治療経過②

治療経過① 治療経過②

シクロフォスファミド

クロラムブシル

アスピリン塩酸ベナゼプリル

PCV

PLT

45403530252015105032 82 132 182 232 282 332 382

70

60

50

40

30

20

10

0

PCV値(%) 血

小板数(×104/μL)

3日に1回3日に1回

1.5mg/m2 3日に1回1.5mg/m2 3日に1回

1.0mg/kg1.0mg/kg

2.5mg2.5mg

プレドニゾロン

シクロフォスファミドダルテパリンアスピリン

ヘパリン

塩酸ベナゼプリル

40

PCV値(%)

35

30

25

20

15

10

5

01

2mg/kg ~ 0.5mg/kg

125U/kg

1.0mg/kg

200U/kg

2.5mg

50mg/m2 隔日投与

2mg/kg ~ 0.5mg/kg

125U/kg

1.0mg/kg

200U/kg

2.5mg

50mg/m2 隔日投与

6 11 16 21 260

10

PCV

PLT

20

30

40

50

60

血小板数(×104/μL)

脾臓摘出

腎生検

アルテプ

ラーゼ

Fig.5 大動脈血栓超音波像

Fig.6 後肢壊死像

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考  察

血栓症を引き起こすと考えられる基礎疾患には,蛋白漏出性腸症4),腫瘍 5),蛋白漏出性腎症1),心疾患,肝疾患,糖尿病,副腎皮質機能亢進症などが挙げられる。本症例では,軽度ながら蛋白尿と低アルブミン血症が認められ,病理組織検査において膜性腎症と診断された。蛋白漏出性腎症では尿中に血漿蛋白が失われるため,血清蛋白が低下するとともに,分子量の小さい AT Ⅲやプロテイン C などの抗凝固因子およびプラスミノーゲンが尿中に失われる。実際に,血栓が認められた時点での ATIII 活性値は 73%であり,NRIMA や IMTPのような免疫介在性疾患における白血球の活性化反応も血栓形成に関与していたものと推測している。このため,ネフローゼ症状は軽度であったものの,IMHA を併発していたため凝固活性化状態であり,血栓が形成されやすい状態になったと考えられる。

血栓症に対する治療法としては,アスピリンやヘパリンによる血栓予防療法,t-PA による血栓溶解療法2),および外科的摘出療法が考えられる。本症例はヘパリンの投与を行っていたものの血栓症が発生し,発生直後からオザグレルやアスピリンの投与を開始したが明らかな効果が認められなかった。そこで t-PA 製剤(アルテプラーゼ)による血栓溶解療法を行ったところ,新たな血栓形成傾向は認められなくなった。血栓溶解治療はヒトにおいて脳梗塞発症から3時間以内が対象とされるが,本症例では少なくとも血栓サイズの縮小と血栓形成進行の停止が認められた。その一方で,結果的には t-PA による治療開始時期が遅れたことにより,両後肢の血行障害と壊死が発生し,断脚せざるをえなかったことは反省点であると思われる。t-PA 使用例やカテーテルによる血栓摘出術例3)では,再灌流症候群によると思われる高カリウム血症や代謝性アシドーシスなどを起こして死亡することも少なくない。安易に使用できる治療法ではないが,急性発症例についてはその投与時期を見直す必要があるものと考えられた。また,本症例のように血栓症を誘発する可能性のある基礎疾患を持つ症例に対しては,早期に d-dimer による凝固系スクリーニング検査を行い,予防的な抗血栓療法の適応時期を決定する必要があるものと考えられた。

参考文献

1) Abdullah R. Hemostatic abnormalities in nephrotic syndrome.Vet Clin North Am Small Anim Pract.(1988)Jan;18(1):105-13.

2) Bliss SP, Bliss SK, Harvey HJ. Use of recombinant tissue-plasminogen activator in a dog with chylothorax secondary to catheter-associated thrombosis of the cranial vena cava. J Am Anim Hosp Assoc.(2002)Sep-Oct;38(5):431-5.

3) Dunn ME.Thrombectomy and thrombolysis: the interventional radiology approach. Jet(2011)Apr;21(2):144-50.

4) Goodwin LV, Goggs R, Chan DL, Allenspach K. Hypercoagulability in dogs with protein-losing enteropathy. J Vet Intern Med.(2011)Mar-Apr;25(2):273-7.

5) Laurenson MP, Hopper K, Herrera MA, Johnson EG. Concurrent diseases and conditions in dogs with splenic vein thrombosis.J Vet Intern Med.(2010)Nov-Dec;24(6):1298-304.

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はじめに

猫において末梢血での2系統以上の血球減少症が見られる疾患には,骨髄異形成症候群,白血病などの骨髄増殖性疾患,敗血症,FeLV,FIV 感染症,再生不良性貧血,免疫介在性疾患など様々なものが挙げられる。

今回我々は,免疫介在性の貧血および白血球減少が疑われ,プレドニゾロン療法により良好な反応を得られた症例に遭遇したため,その概要を報告する。

症  例

雑種猫,去勢雄,2歳齢(Fig.1)。2週間ほど持続する元気食欲低下を主訴に近医を受診。著明な白血球および血小板減少を認めたため日本大学動物病院に来院した。

●一般身体検査所見体重 3.25kg(BCS3),体温 39.1℃,心拍数 192 回/分,呼吸数 78 回/分,

可視粘膜蒼白が認められた。

●血液検査所見(Table.1)CBC では白血球数 600 /μ L と著明に減少しており,PCV20.3% と貧血も認められた。網状赤血球実数は

40,590 /μ L であり再生は不十分だった。血小板数は自動血球計算器では低値だったが,実数値は 27.5 万/μ Lと血小板減少は認められなかった。血液化学検査および止血・凝固線溶系の検査では大きな異常はみられなかった。

その他,血清鉄,総鉄結合能,エリスロポエチン,血液培養検査も行ったがいずれも陰性だった。

Key word 血球減少症,形質細胞,Mott 細胞,プレドニゾロン

田村 悠日本大学 動物病院(現職:田村家畜医院(愛知県))

免疫介在性貧血および白血球減少を認めたネコの1例

日本大学 動物病院 田村 悠

Table.1 血液検査所見

CBC 血液化学 止血・凝固線溶系 FeLV/FIV(近医で実施)WBC(/μL) 600 ALB(g/dL) 2.5 PT(秒) 8.7 FeLV 抗原 陰性 N-seg 18 GLOB(g/dL) 5.1 APTT(秒) 31.8 FIV 抗体 陰性 Lymp 510 TP(g/dL) 7.6 Fib(mg/dL) 583 Mono 12 GLU(mg/dL) 216 AT Ⅲ(%) 107 Eos 36 CHOL(mg/dL) 130 TAT(ng/mL) 2.2RBC(/μL) 4.51 × 106 ALKP(U/L) 32 FDP(μ g/mL) 5HGB(g/dL) 7.4 ALT(U/L) 10 その他Ht(%) 20.3 AST(U/L) 106 Fe(μg/dL) 55MCV(fL) 45.0 GGT(U/L) 0 TIBC(μg/dL) 341MCH(pg) 16.4 TBIL(mg/dL) 0.1 EPO(mIU/mL) 32.8MCHC(g/dL) 36.5 BUN(mg/dL) 16 血液培養検査 陰性PLT 実数(/μL) 275 × 103 CREA(mg/dL) 1.1 血清蛋白泳動

網状赤血球(凝集型) Ca(mg/dL) 10.2 ALB ↓実数(/μ L) 40,950 PHOS(mg/dL) 6.0 α 1, α 2,β分画↑

Fig.1 症例

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●血液塗抹所見(Fig.2,3)貧血を呈しているものの,多染性赤血球や赤芽球はほとんど認められなかった。白血球においては成熟リンパ球が散見される程度で,好中球や好酸球はほとんど存在しなかった。また,血小板は赤血球と同等かそれ以上の大きさの巨大血小板の出現がみられたが,各系統とも異形成所見

は乏しい状態だった。

●骨髄検査所見全血輸血 20ml を実施し,翌日に骨髄検査を行った。骨髄での

細胞充実度は低く,低形成であることが示唆された(Fig.4)。細胞成分では成熟リンパ球や形質細胞が多く認められ,形質細胞の中には細胞質内がラッセル小体で満たされた Mott 細胞も認められた(Fig.5)。血球3系統の細胞は少なく,特に骨髄球系や巨核球系で顕著だった。認められた細胞には明らかな異形成所見はみられなかった。ペルオキシダーゼ染色を行ったが,骨髄球系以外の細胞では陰性を示した。

ミエログラムでも同様に成熟リンパ球と形質細胞の顕著な増加,血球3系統の細胞の減少がみられた。各系統をみると,赤芽球系の分化過程はピラミッド構造を呈していたが,骨髄球系では桿状核球や分葉核球がほとんどみられなかった(Table.2)。

以上の検査所見から骨髄異形成症候群や白血病などの骨髄増殖性疾患,敗血症などは否定的であり,骨髄中に成熟リンパ球や形質細胞が多数認められることから,免疫介在性の貧血および白血球減少症と診断した。

Table.2 ミエログラム

骨髄球 赤芽球系 その他骨髄芽球 1.4% 前赤芽球 1.5% 単芽球 0.0%前骨髄球 1.4% 好塩基性赤芽球 2.1% 前単球 0.0%好中性骨髄球 1.4% 多染性赤芽球 8.8% 単球 0.4%好酸性骨髄球 0.1% 正染性赤芽球 12.5% マクロファージ 0.1%好塩基性骨髄球 0.1%好中性後骨髄球 1.7% 巨核球系 リンパ芽球 0.1%好酸性後骨髄球 0.3% 巨核球系 0.0% リンパ球 50.1%好塩基性後骨髄球 0.1% 前巨核球 0.0% 形質細胞 13.9%桿状核好中球 0.7% 巨核球系 0.2%桿状核好酸球 0.2% 肥満細胞 0.9%桿状核好塩基球 0.0% M/E 比 0.38分葉核好中球 0.8% 芽球比率(ANC 中) 8.2%分葉核好酸球 1.1% 芽球比率(NEC 中) 13.8%分葉核好塩基球 0.1%

Fig.2 血液塗抹(ライトギムザ染色×200) Fig.3 血液塗抹(ライトギムザ染色×1000)

Fig.4 骨髄塗抹(ライトギムザ染色×400)

Fig.5  骨髄塗抹(ライトギムザ染色×1000)黄矢印:Mott細胞 赤矢印:形質細胞

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治療および経過

骨髄検査の後にも 20mL の輸血を実施した。また診断後よりプレドニゾロンの投与を2mg/kg BID で開始し,感染予防のためにセファレキシンとエンロフロキサシンも併せて処方した。その結果,第 11 病日に PCV33%まで改善した。第 25 病日に 29% と一旦低下したが,その後はおおよそ 35%前後で良好に推移し,第 196 病日でプレドニゾロンの投薬を終了した。その4週間後の検査でも貧血の再発は認められなかった(Table.3)。

総白血球数についても,第 11 病日には 6,700 /μ L と基準値内まで改善し,百分比でも分葉核好中球が主体となっていた。プレドニゾロンの減量後も多少の増減はあるものの,基準値内を維持していた。また血小板数についてもおおむね 25 万から 30 万前後で良好に推移していた(Table.4)。そのため,第 224 病日に治療終了とした。

プレドニゾロン

18,000

12,000

6,000

01 11

10mg/headBid

10mg/headSID

5mg/headSID

2.5mg/headSID

2.5mg/headEOD

1.25mg/headEOD

10mg/headBid

10mg/headSID

5mg/headSID

2.5mg/headSID

2.5mg/headEOD

1.25mg/headEOD

25 46 74 105 133 168 196 224

900

600

300

0

WBC(/μL)

PLT(×103/μL)

WBC

PLT

PLT(×103/μL)

Table.4 WBC 数および PLT 数の推移

プレドニゾロン

45

40

30

201 3

10mg/headBid

10mg/headSID

5mg/headSID

2.5mg/headSID

2.5mg/headEOD

1.25mg/headEOD

10mg/headBid

10mg/headSID

5mg/headSID

2.5mg/headSID

2.5mg/headEOD

1.25mg/headEOD

11 25 46 74 105 133 168 196 224

PCV(%) RBC(×104/μl)

第1,2病日にそれぞれ20ml 輸血実施

RBC

PCV

500

600

400

Table.3 PCV および RBC 数の推移

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●血液塗抹所見第1,第 11,および第 224 病日の血液塗抹検査所見を比較すると,徐々に赤血球や好中球が増加し,血小

板も正常なサイズに改善している様子が認められた(Fig.6)。

考  察

猫において2系統以上の血球減少が認められた場合には骨髄異形成症候群が疑われることが多い。しかし,本症例では骨髄異形成症候群を疑う異形成所見はみられず,多数の成熟リンパ球や形質細胞が骨髄中に出現していたことから免疫介在性疾患と診断し,プレドニゾロンを投与したところ良好な反応が得られた。経過良好であったため投薬を中止したが,再発に留意して経過観察を行う予定である。今後は2系統以上の血球減少症の際は,免疫介在性の血球減少症も考慮にいれて診断を行う必要があると思われた。

Fig.6 血液塗抹所見の比較

第1病日 第 11 病日 第 224 病日

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こんなところにシスメックス京都府 京都水族館

今回の~こんなところにシスメックス~は,2012 年 3 月にオープンしたばかりの京都水族館からお届けします。

京都水族館は京都駅から徒歩約 15 分と京都の中心部にあり,海に面していない内陸型の水族館としては日本国内最大級です。水と生物の共生がテーマで,海の生物だけでなく,京都の希少生物など淡水の生物が多いのも特徴で,全体で約 250 種類の生物を見ることが出来ます。

ここ京都水族館でも当社の pocH-100iV Diffをお使いいただいており,獣医師の大島先生にお話を伺ってきました。先生は以前シスメックス製品をご使用された経験があるとのことです。今回pocH-100iV Diffを導入していただいた理由は,他の水族館でも使用されているということと,同じ測定器であれば今後データや情報の交換もしやすくなるため、ということでした。

こちらでは,イルカ,アザラシの健康管理のために,血液検査を行なっています。採血はどのようにされているのかを尋ねたところ,「トレーニ

ングによってイルカは尾びれを持ってきてくれますが,まだ針を刺していないのにビクっとする怖がりの子もいますよ」とのことでした。また私たち人間とは違い,イルカは血管が太いので,駆血(くけつ)をしなくても血液が取れるそうです。今後は1ヵ月に1回程度のペースで血液検査を行い,データを蓄積していきたいとのことでした。驚いたのは,イルカ,アザラシ,オットセイはトレーニングをすれば尿(おしっこ)も取れるようになるということで,将来は尿検査もしていきたいというお話をされていました。

日々の体調は,獣医さんだけではなく,飼育員さんがイルカやアザラシなどの目つきや餌への反応,食べ方などを見ていれば調子が良いかどうか分かるそうです。もちろん体重,体温などもチェックし,特にずっと水の中にいるイルカの場合は呼吸の音やにおいの変化も気にされています。

インタビュー後に,京都水族館を見学させていただきました。入り口ではオオサンショウウオがのっそり,にっこり(?)と出迎えてくれました。ゴマフアザラシが目の前で浮かび上がったり,ペンギンが氷で遊んでいたり,大水槽ではエイや色々な魚がゆったりと泳いでいました。この水族館では,海水は100%人工海水を使用しているということで,水の透明度が高く,水の中のいきものたちがとても綺麗にくっきりと見ることが出来たのが印象的でした。またイルカパフォーマンスは夏バージョンということで,ジャンプ後の水しぶきを観客席にサービスしたりと大変盛り上がっていました。次回はプライベートで家族とゆっくり遊びに来たいと思います。

幻想的なクラゲたち

ゴマフアザラシが目の前に出てきてコンニチハ!

大島先生です。

京都水族館の「京の里山ゾーン」では地元の小学生と田植え体験を実施されたそうです。

飼育員さんに氷で遊ばせてもらっています。

水が透き通っていて、とても綺麗!

入り口では

オオサンショウウオが

お出迎え

夏バージョンでジャーンプ!

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小動物臨床血液学症例集

膜性腎症に併発した大動脈血栓症の犬の1例

日本大学 動物病院 田村 悠

免疫介在性貧血および白血球減少を認めたネコの1例

7麻布大学附属動物病院 和田 遥

国内事業推進部 編集局 神戸市西区室谷 〒

小動物臨床血液学症例集 月発行

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