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歴史言語学
通時的(⇔共時的)な説明
言語間の類似
方言の分布
綴り字と実際の発音との間の関係
言語間の類似
もともと同一の言語だったものが、複数の言語に分裂した場合。例:インド-ヨーロッパ語族
本来別々の言語であったものが類似性を備えるに至った場合。例:英語と日本語
Sir William Jonesの観察(18世紀)
The Sanskrit language, whatever be its antiquity, is of a wonderful structure; more perfect than the Greek; more copious than the Latin, and more exquisitely refined than either, yet bearing to both of them a stronger affinity, both in the roots of verbs and in the forms of grammar, than could possibly have been produced by accident; so strong indeed, that no philologer could examine them all three, without believing them to have sprung from some common source, which, perhaps, no longer exists; there is a similar reason, though not quite so forcible, for supposing that both the Gothick and the Celtick, though blended with a very different idiom, had the same origin with the Sanskrit, and the old Persian might be added to the same family.
サンスクリット語
紀元前1000年ごろの、宗教的な経典で使われた言語。
紀元前600年ごろ、文法家によって記述された。
単語の類似
English Latin Greek Sanskritfather pater patêr pitarbrother frater phrater
(fellow tribesman)bhratar
two duo duo dvathree tres treis tryasfour quattuor tettares catvarasseven septem hepta sapta
インド-ヨーロッパ語族
(風間喜代三『印欧語の故郷を探る』より)
Grimmの法則(Rasmus Christian Rask, Jacob Grimm)
PIEの無声閉鎖音(p, t, k) ⇒ Proto-Germanicの無声摩擦音(f, þ, x) PIEの有声閉鎖音(b, d, g) ⇒ Proto-Germanicの無声閉鎖音(p, t, k)
例: フランス語 英語
pied foottrois threecoeur heartdent toothgrain corn
←『英語学要語辞典』より
グリムの法則の例外に見える現象
spaś- (Sanskrit) s⇔ pehon (OHG) 「見る」supuo (Latin) s⇔ pit
これはsの直後でのみ起こる現象(Carl Lottner)
saptá (Sanskrit) si⇔ bun (Gothic) se⇔ venpater, frāter (Latin) fa⇔ dar, brōþar (Gothic)
Vernerの法則(Karl Verner):強勢のない母音に続く位置ではProto-Indo-Europeanの無声閉鎖音(p, t, k)は(無声摩擦音ではなく)有声音になった。
系統図がツリーになるかどうか 単語の形が似ている、とか、音の対応に規則性が
ある、とかいうだけでは、複数の言語が同じ祖先を共有しているという証拠にはならない。(異なる2言語が、交流しているうちに似てきたのかも知れないから。)
系統関係を示す図がツリーを成す、ということを示す必要がある。
ツリー: ツリーではない:
系統図がツリーになるかどうか(続き) 言語A,Bが、(偶然の一致では
ありえないような)特徴Xを共有していて、言語C,Dが、特徴Yを共有していて、言語A,B,Cが特徴Zを共有している場合: ツリーになりうる。
言語A,Bが特徴Xを共有していて、言語C,Dが特徴Yを共有していて、言語B,Cが特徴Zを共有していて、言語A,Dが特徴Wを共有している場合: ツリーにはならない。
系統図: インドヨーロッパ語族
インドヨーロッパ語族の場合、複数の言語によって共有されている、偶然の一致とは思われない二百以上の特徴のうち、ツリー状の系統図に組み入れることが不可能なものは二十未満である。
二つ以上の言語が影響を及ぼしあうという出来事が3箇所で起こったと仮定するだけで、ツリー状の系統図では説明できない特徴の分布も全部説明できてしまう。
英語とラテン語
現代英語には、色々な言語から借用されてきた要素が含まれている。日本語などからはtsunami、karaokeのような単語が入ってきているだけであるが、ラテン語のような言語からは、具体的な単語が入ってきているばかりでなく、語根や接辞、つまり、単語を組み立てる材料となるものが入ってきている。
ラテン語が英語に及ぼした影響 1
ヨーロッパ大陸北部に住んでいた、英語・ドイツ語などの祖先に当たる言語の話者達は、古代ローマ帝国の時代にラテン語と接触し、若干の語を借用した。現代英語や現代ドイツ語などの元となったゲルマン系の言語にこの時期に入ってきた語にはpound、wallなどがある。それぞれ、ラテン語のpondus(重さ)、vallum(柵)から来ている。
ラテン語が英語に及ぼした影響 2
5世紀以降、現在のイングランドに当たる地域でも、英語の祖先に当たるゲルマン系の言語が話されるようになっていくが、イングランドがノルマン人(フランスのノルマン地方に住むようになった、ヴァイキングの末裔)の支配下に入った1066年以降の約300年間は、支配階層に属する人々の間ではフランス語が常用された。チョーサーなどが使用した、いわゆる中英語(Middle English)は、言わばラテン語の子孫の一つであるフランス語と、それ以前からイングランドで話されていた言語との混合体である。この時期に英語にフランス語を経由して入ってきた単語にはable、fashion、possessなどがある。それぞれ、ラテン語のhabilis(適している)、factiō(行為、党派)、possidēre(所有する)から来ている。
ラテン語が英語に及ぼした影響 3
大体1000年ごろから1700年ごろまで、ラテン語は、ヨーロッパのほぼ全域において、学問的活動のための共通言語であった。また、宗教改革の運動の結果として聖書がドイツ語・英語・フランス語などへ翻訳されるようになるまでは、ラテン語は、西欧・中欧のキリスト教世界の共通言語でもあった。この時期に英語へ流れ込んだ語にはinformation、majority、specificなどがある。それぞれ、informāre(形を与える)、māior(より大きな)、speciēs(外見・種)から派生したラテン語の単語が元になっている。
ラテン語が英語に及ぼした影響 4
1600年ごろから現在に至るまで、英語の話者達は、知識の爆発的拡大に対応して新たな単語を作り出す際に、ラテン語またはギリシア語を起源とする語根・接辞を利用してきた。このようにして作られた新しい単語の例としては、ギリシア語のtêle(遠く)とラテン語のvidēre(見る)に基づいているtelevisionなどがあるが、もう一つのよい例としてscientistという語が挙げられる。scienceという語はラテン語のscīre(知る)から来ており、14世紀中ごろ以降、英語でも知識一般を指す語として使われた。後に、1830年代に、自然界の研究が職業として認められるようになって、scientistという語が作り出されたのである。
印欧祖語の故郷 M. ギンブタスのクルガン文化(南東ヨーロッパ)説
C. レンフルーのアナトリア(近東)説
(風間喜代三『印欧語の故郷を探る』より)
クルガン文化説
紀元前4500年
ロシア語kurgan「塚」
馬・車の遺品が出土
馬に関係する語彙
PIE *éḱwos (masc.)
→ Proto-Indo-Iranian *áćwas; → Vedic áśvas; → Proto-Iranian *atswah → Avestan aspō, Old Persian asa.
→ Proto-Italic *ékwos → Latin equos → Proto-Germanic *ehwaz
車に関係する語彙
Skr. cakra-, Gr. kúklos (cf. 英仏語のcycle)↑
↓
↓
Old English↓
Modern English: wheel Lat. rota, OHG. rad (cf. ドイツ語のRad、英語の
rotation) 車軸 : Skr. akşa-, Gr. áxōn, Lat. axis
アナトリア説
紀元前7000年ごろ、アナトリア中部(現在のトルコ)で農業経済が始まる
農業の伝播 → 言語の交替
ポリネシア語群
http://www.ling.upenn.edu/courses/Fall_2003/ling001/language_change.htmlより
ポリネシア語群の系統図
http://www.ling.upenn.edu/courses/Fall_2003/ling001/language_change.htmlより
アウストロネシア語族に関する仮説
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a7/Migrations-autronesiennes.pngより
マダガスカル語
手 tánana taŋan (Ma'anyan), taŋan (Javanese), tangan (Malay)
恐れる táhotra takut (Malay), tákut (Tagalog)
泳ぐ l-om-ánolumangóy (Tagalog), l-em-aŋuy (Kelabit)
骨 táolanata ulaŋʔ (Ma'anyan), tulang (Malay), tulaŋ (Kelabit)
鼻 órona uruŋ (Ma'anyan), iruŋ (Javanese), ilóŋ (Tagalog)
http://language.psy.auckland.ac.nz/austronesian/ による
ナデネ語族とKet語
Mamaとpapa
(Larry Trask, “Where do mama/papa words come from?”より)
Mamaとpapa(続き)
(Larry Trask, “Where do mama/papa words come from?”より)
Proto-World?
Roman Jakobsonの見解: mama, papaに類似する単語が世界中の言語に見られるという事実に、歴史的な説明を与える必要はない。
Nostratic? Proto-Nostratic *bar-/*ber- 'seed, grain': Proto-Indo-European *bhars- 'grain': Latin far 'spelt, grain'; Old
Icelandic barr 'barley'; Old English bere 'barley'; Old Church Slavic brasheno 'food'. Pokorny 1959:111 *bhares- 'barley'; Walde 1927-1932. II:134 *bhares-; Mann 1984-1987:66 *bhars- 'wheat, barley'; Watkins 1985:5-6 *bhares- (*bhars-) 'barley'; Gamkrelidze-Ivanov 1984.II: 872-873 *bhar(s)-.
Proto-Afroasiatic *bar-/*ber- 'grain, cereal': Proto-Semitic *barr-/*burr 'grain, cereal' > Hebrew bar 'grain'; Arabic
burr 'wheat'; Akkadian burru 'a cereal'; Sabaean brr 'wheat'; Harsusi berr 'corn, maize, wheat'; Mehri ber 'corn, maize, wheat'.
Cushitic: Somali bur 'wheat'. (?) Proto-Southern Cushitic *bar-/*bal- 'grain (generic) > Iraqw balang 'grain'; Burunge baru 'grain'; Alagwa balu 'grain' K'wadza balayiko 'grain'. Ehret 1980:338.
Dravidian: Tamil paral 'pebble, seed, stone of fruit'; Malyalam paral 'grit, coarse grain, gravel, cowry shell'; Kota parl 'pebble, one grain (of any grain)'; Kannada paral, paral 'pebble, stone' Kodagu para 'pebble'; Tulu parelu 'grain of sand, grit, gravel, grain of corn, etc.; castor seed'; Kolami Parca 'gravel'.
Sumerian bar 'seed'.
「琉球語」
ンカシヌ クトゥドゥヤシガ アル トゥクマンカイ タンメートゥ ンメーガ ウイビータン
日本語と「琉球語」
東京: i e a o u首里: i i a u u
ノ ↔ ヌ
コト ↔ クトゥ
ト ↔ トゥ
ンカシヌ クトゥドゥヤシガ アル トゥクマンカイ タンメートゥ ンメーガ ウイビータン
「昔のことであるが・ ・ ・ ・ ・」
「タンメー」と「ンメー」が・ ・ ・ ・ ・
桃太郎
ンカシヌ クトゥドゥヤシガ アル トゥクマンカイ タンメートゥ ンメーガ ウイビータン
トゥクマ=「ところ」
ンカイ=「に」
ウイビータン=「居り侍りたり」
日本語と「琉球語」の関係
東京: ti, ki首里: chi
きり(霧) ↔ チリ
つき(月) ↔ チチ
(s音の後ではウがイになる)
日本語と「琉球語」とが同源であると考えられる理由
「琉球語」には古い日本語の特徴が残っている。
p音(今帰仁: パナ(花)、プニ(船))
終止形と連体形の区別(「本土」では16世紀末までに失われた): カチュン↔カチュル
「名詞」ガ「名詞」
古い単語: トゥジ(とじ(妻)) ワラビ(子)
日本語のハ行音が古くはp音であった証拠
サンスクリット語、中国語のp音が、ハ行の音で写されており、h音がカ行に写されている。
例: pāragate → ハーラーギャーテー(般若心経の終わり近く)
arahan → アラカン(阿羅漢), maha → マカ(摩訶)
アイヌ語にはp, f, hの3つの音があるのに、pakari (はかり)、 pera(へら)、pishako(ひしゃく)、pone(ほね)などの語がある。
京都・奈良から遠い地域の方言にp音が残っている。
奄美大島佐仁方言: pari(針), poki(箒), purushiki(風呂敷), pottcha(包丁)
静岡有東木方言: pashiru(走る), pekomu(へこむ)
東京方言などにおいても、p音が、geminateとしては存続している。(すっぱい、おこりっぽい、など)
ハ行音のその後
1600年頃の京都では両唇摩擦音。閉鎖音から摩擦音への変化が起きたのがいつかに関しては確証がない。
1000年頃から、語頭以外の場所ではワ行音(wa, wi, u, we, wo)に変化。(ハ行転呼音)
江戸時代ごろにハ・ヘの頭子音は「h」、ヒの頭子音は「ç」になった。
方言の地理的分布
東日本と西日本の文法
母音幹動詞の命令形: 見ろ 対 見よ、見い W幹動詞+t: はらった 対 はろうた 形容詞の副詞形: 広く 対 ひろお否定: ない 対 ぬ、ん コピュラ: だ 対 じゃ、や
東日本と西日本の単語
けむ、けぶ 対 けむり、けぶり
なす 対 なすび
なのか 対 なぬか
いる 対 おる
かりる 対 かる
しょっぱい 対 からい、しおからい
すっぱい 対 すい、すいい
おととい 対 おとつい
まなこ 対 め
徳川宗賢編『日本の方言地図』より
徳川宗賢編『日本の方言地図』より
同一特徴の同心円的分布 柳田国男 「方言周圏論」 J.シュミットの“波状伝播説”(1872)
東京、京都などではshi, se 九州、東北、北陸、四国の一部では(京都北部、大阪、三重の一部でも)shi, she
sheは、15世紀までは標準的な形だった。 kwa, gwa対ka, ga(7世紀に消えた対立)
京都の一部、東北の一部、九州の広い範囲に残っている。
同心円的分布(続き) wi, we, wo, je宮崎の一部にwi, we東北でwe, wo山陰にwe九州、東北に je
pは琉球などに、両唇摩擦音は東北、山陰、九州に残っている。
有声閉鎖音のpre-nasalization: 東北北部、高知(ロドリゲス『日本大文典』(1608)によれば、当時の京都語では濁音の前の母音は鼻音化)
主語マーカーとしてのガとノの使い分け 山陰、熊本 終止形と連体形の区別 琉球、八丈島
徳川宗賢編『日本の方言地図』より
大西拓一郎「方言学とGIS」より
アメリカ英語の方言の分布
綴り字と実際の発音との関係
fish → ghoti
"laugh“ "women“ "nation"
綴りと発音の間の規則的なずれ
i: ripe, bite, life, wife ee: weep, needle, sleep a: bathe, name, late, cave o: rose, nose, open oo: food, tool, tooth, moon ou, ow: cow, how, house, out
大母音推移
http://www.ling.upenn.edu/courses/Fall_2003/ling001/language_change.htmlより
大母音推移(続き)
強勢を持つ全ての長母音が変化。
ε: → ei 例: break, great, steak→ i: 例: dream, meat, sea
e:→i:、o:→u: は1500年ごろまでに完了
i:→ei(後にaiに変化)、u:→ou(後にauに変化)も16世紀後半までにはかなり進行