はじめに 地形・地質学研究室...

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都市 環境科学研究科・地理環境科学域の研究 紹介 地理学は,空間分布の観点から自然と人間そして両者の関わり合いを探求する 学問です.地理環境科学域では,フィールド調査,データ解析,リモートセンシ ング,GIS地理情報システムなど多様な手法を用いて,環境問題や災害をはじ め人類が直面している様々な現代的課題に挑戦しています.本ポスターでは,地 理環境科学域を構成する地形地質学,気候学,環境地理学,地理情報学,およ び都市人文地理学の5研究室における主な研究活動を紹介します. はじめに 気候学研究室 気候学研究室では,地球規模での気候変化から,アジアモンスーンの形成・変動メカニ ズム,都市のヒートアイランド現象や集中豪雨のメカニズムの解析まで様々なスケールで の気候の研究を行なっています.研究手法についても,現地での気象観測、気象観測資料 や客観解析資料・衛星観測データなどのデータ解析,数値モデルを用いた気候のメカニズ ムの解明,と多岐にわたっており,現象のモニタリング,プロセス解明,人間活動との関 係,将来予測など,多角的に気候の研究に取り組んでいます. 200885日の東京都区部における短時間強雨では,下水道工 事中の5名の方が急激な増水によって犠牲になるなど顕著な被害 が発生した.降水ピーク頃の10 分間降水量分布が図1 であり, 新宿区東部~文京区西部と世田谷区北西部に強雨域の中心があ る.これに先立つ降水量と地上風系(図2)によると,強雨域出 現の数十分前にはすでに明瞭な地上風の収束域(赤い円)が認 められており,地上風の詳細なモニタリングによる短時間強雨 発生の事前予測可能性が示唆される.[文献:高橋日出男 2010. 都市と降水現象.福岡義隆・中川清隆編著『内陸都市はなぜ暑 いか 日本一高温の熊谷から』,75-102,成山堂書店.] (a) (b) (c) (d) 1 2降水量の等値線は 4mm 間隔(破線は 2mm) 風系場の赤は収束, 青は発散を表す. 都市の短時間強雨に関する研究 東南アジアの豪雨に関する研究 東南アジア,特に中部ベトナムでは近年豪雨が頻発傾向にあり, 世界遺産都市フエなどに大きな洪水被害が生じている.東南ア ジア諸国の1960年代以降の長期間での日降水量データを現地気 象機関から入手し,2006年までの期間での長期変化傾向を解析 した結果,中南部ベトナムで豪雨発生の増加傾向が特に顕著な ことが判明した(図3).中部ベトナムでの降雨および豪雨発生 は,1011月に集中して起こる季節変化を示し,しかも大半の 降水量が日降水量100 ミリを超す豪雨によっていることを解明 した(図4).これらの特徴は他のアジアモンスーン地域にはみ られないベトナム特有の降雨特性で,降雨や気象状態の現地観 測を実施して豪雨の発生機構の解明を現地機関と進めている. 3 ↑東南アジアにおける 豪雨発生の長期変化傾向. 青は増加傾向,赤は減少 傾向. 4 中部ベトナムにおける5平均降水量(上,赤はそのうち 日降水量100ミリ以上の降水), 日降水量100ミリ以上の豪雨発 生頻度(下)の季節変化. 都市・人文地理学研究室 地理的可視化ツールを用いた探索的地理情報解析:平行 座標プロット(左),二変量コロプレスマップと星形図 (右)による東京大都市圏の職業構成の地域的パターン の可視化(若林・小泉, 2010中国内モンゴルにおける土地利用変化の地理的加重回帰分 析(GWR):都市的土地利用の変化を社会経済特性で説明 するGWRの回帰係数と決定係数の分布(梁, 2010都市・人文地理学研究室では,人間との関係における地域や空間の問題について,人文・社 会科学的側面からアプローチし,構造的な説明・解釈をめざしています.主として都市とそ の周辺を対象とし,産業活動,人間行動や意識などの人文・社会現象について,計量的方法, 行動科学的手法,文献検証などにより,次のテーマに取り組んでいます. 数理モデルによる人文地理的事象の解析:立地分析,GIS,時間地理学 人文地理的事象の地域的分析:地理的環境と人間,土地利用分析,空間的組織化 都市システムの地理学的研究:都市内部システム,都市群システム 地理思想:近現代地理学史,計量書誌学,風景論,地図論 決定係数 牧畜因子の回帰係数 地理情報学研究室 本研究室では,地形・気候・水文・植生などから構成される自然環境についての総合的理 解を目指しています.具体的には,質量保存・エネルギー保存・運動方程式などの物理法 則に基づいて,原因から結果を説明しようとするアプローチと,フィールドでの調査・観 測に基づいて事実を実証的に示そうとするアプローチを組み合わせて研究を進めています. このため,定量的データの収集・マッピング・統計解析・数値モデル・GIS地理情報シス テムなどが主要な研究手法となっています. 日本国内で20062008 年に発生した土砂災害発生事例の 分布1,174と平成21 7月中国九州北部豪雨災害の分 6一部分).土砂災害は西日本で多く発生している. それぞれの土砂災害発生事例における「降水継続時間-平 均降水強度」に主成分分析を施した結果.土砂災害発生事 例は、図の左上側に分布する短時間強雨赤色と,右下側 に分布する長時間少雨青色に区分される. <参考文献> Saito, H., Nakayama, D. and Matsuyama, H. 2010. Two types of rainfall conditions associated with shallow landslide initiation in Japan as revealed by Normalized Soil Water Index. SOLA 6: 57-60, doi:10.2151/sola.2010-015. メソ気象モデルによって再現された,阿蘇山周辺で吹 走する局地風「まつぼり風」の水平分布.地形の狭搾 部で強い東風が吹いている. メソ気象モデルによって再現された,阿蘇山周辺にお ける温位と風の東西-鉛直分布.強い東風が吹走して いる地域で,温位の沈み込みがみられる. <参考文献> 稲村友彦岩崎一晴齋藤 中山大地泉 岳樹松山 洋 2009. 阿蘇山の特徴的な地形が局地風「まつぼり風」 に及ぼす影響に関する数値実験. 天気 56: 123-138. 地形・地質学研究室 環境地理学研究室 ◆都市緑地は,クールアイランド効果などの熱環境改善効果をもつこと,地上・地中に 生物多様性の保全機能を有する生物ニッチが形成されること,緑地内の土壌が炭素 貯留機能を有すること,などの機能から大きな注目を集めています.これまで,公園 緑地の環境調査がなされる場合,地上の植栽部について触れられることはあっても, それらを下支えしている土壌に目を向けられるケースは極めて少なかったと言えま す.都市緑地を対象として,“人工造成土”からいかに都市固有の環境資産をつくる か,持続的かつ効果的な緑化計画をサポートする都市土壌の分類と評価手法とその ための調査技術の開発に取り組んでいます. ◆我々は土、水、空気などが取り巻く環境の中に生きていま す。意図的に働きかけて新しい住環境を作り上げたり(写真 左)、無意識に環境を変化させたり(写真右)しています。そ の変化が将来のそこの環境にどのような影響を及ぼすの か?また水や大気を通じた空間的な広がりが別の環境にど のような影響を及ぼすのか?それは環境を調べなければわ かりません。今、環境を予測する時代が来ています。 この研究室では ,環境と人類とのダイナミックな関係 ,その地域性・グローバル性に着目しながら 地球・地域環境の自然変化とその人為的な変化の機構を, いろいろな時・空間スケールで捉えて, 総合的・学際的アプローチによって解明しようとする研究を展開しています.そのため,伝統的な自 然地理学の枠のなかにとらわれず ,自然・人文・社会にわたる環境諸科学と密接な連携を保ちな がら,ユニークかつ幅の広い研究活動を国内外のフィールド調査に基づいて実施しています. ◆地球上で私たち生物が生きつづけるために必要な環境要素である“土壌”は,自然 と人間の営みが複雑に絡み合ってできています. 生き物のような自律恒常性をもって います.土壌の成り立ちと仕組みを知ることは,ヒトの個性と役割を知ることへの興味 と似ています. 私たちの足元の世界には人間がもっと賢く自然と生きるヒントがたくさ んあります. 世界の森林土壌に広く分布する外生菌根菌がつくる耐久体である Cg 核”の理化学・生物的特徴づけ,機能解明,人工菌核創出の研究はその一つです. モンゴルにおける新興住宅地と道路横がけ崩れ窪地に貯まるゴミ

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都市環境科学研究科・地理環境科学域の研究紹介

地理学は,空間分布の観点から自然と人間そして両者の関わり合いを探求する

学問です.地理環境科学域では,フィールド調査,データ解析,リモートセンシ

ング,GIS(地理情報システム)など多様な手法を用いて,環境問題や災害をはじ

め人類が直面している様々な現代的課題に挑戦しています.本ポスターでは,地

理環境科学域を構成する地形・地質学,気候学,環境地理学,地理情報学,およ

び都市・人文地理学の5研究室における主な研究活動を紹介します.

はじめに

気候学研究室

気候学研究室では,地球規模での気候変化から,アジアモンスーンの形成・変動メカニズム,都市のヒートアイランド現象や集中豪雨のメカニズムの解析まで様々なスケールでの気候の研究を行なっています.研究手法についても,現地での気象観測、気象観測資料や客観解析資料・衛星観測データなどのデータ解析,数値モデルを用いた気候のメカニズムの解明,と多岐にわたっており,現象のモニタリング,プロセス解明,人間活動との関係,将来予測など,多角的に気候の研究に取り組んでいます.

2008年8月5日の東京都区部における短時間強雨では,下水道工事中の5名の方が急激な増水によって犠牲になるなど顕著な被害が発生した.降水ピーク頃の10分間降水量分布が図1であり,新宿区東部~文京区西部と世田谷区北西部に強雨域の中心がある.これに先立つ降水量と地上風系(図2)によると,強雨域出

現の数十分前にはすでに明瞭な地上風の収束域(赤い円)が認められており,地上風の詳細なモニタリングによる短時間強雨発生の事前予測可能性が示唆される.[文献:高橋日出男 2010.都市と降水現象.福岡義隆・中川清隆編著『内陸都市はなぜ暑いか 日本一高温の熊谷から』,75-102,成山堂書店.]

(a) (b)

(c) (d)図1 ↑ 図2→

降水量の等値線は4mm間隔 (破線は2mm)風系場の赤は収束,青は発散を表す.

都市の短時間強雨に関する研究 東南アジアの豪雨に関する研究

東南アジア,特に中部ベトナムでは近年豪雨が頻発傾向にあり,世界遺産都市フエなどに大きな洪水被害が生じている.東南アジア諸国の1960年代以降の長期間での日降水量データを現地気象機関から入手し,2006年までの期間での長期変化傾向を解析

した結果,中南部ベトナムで豪雨発生の増加傾向が特に顕著なことが判明した(図3).中部ベトナムでの降雨および豪雨発生は,10・11月に集中して起こる季節変化を示し,しかも大半の降水量が日降水量100ミリを超す豪雨によっていることを解明した(図4).これらの特徴は他のアジアモンスーン地域にはみ

られないベトナム特有の降雨特性で,降雨や気象状態の現地観測を実施して豪雨の発生機構の解明を現地機関と進めている.

図3↑東南アジアにおける豪雨発生の長期変化傾向.青は増加傾向,赤は減少傾向.

図4 ↑中部ベトナムにおける5日平均降水量(上,赤はそのうち日降水量100ミリ以上の降水),日降水量100ミリ以上の豪雨発生頻度(下)の季節変化.

都市・人文地理学研究室

地理的可視化ツールを用いた探索的地理情報解析:平行

座標プロット(左),二変量コロプレスマップと星形図

(右)による東京大都市圏の職業構成の地域的パターン

の可視化(若林・小泉, 2010)

中国内モンゴルにおける土地利用変化の地理的加重回帰分

析(GWR):都市的土地利用の変化を社会経済特性で説明

するGWRの回帰係数と決定係数の分布(梁, 2010)

都市・人文地理学研究室では,人間との関係における地域や空間の問題について,人文・社会科学的側面からアプローチし,構造的な説明・解釈をめざしています.主として都市とその周辺を対象とし,産業活動,人間行動や意識などの人文・社会現象について,計量的方法,行動科学的手法,文献検証などにより,次のテーマに取り組んでいます.数理モデルによる人文地理的事象の解析:立地分析,GIS,時間地理学

人文地理的事象の地域的分析:地理的環境と人間,土地利用分析,空間的組織化都市システムの地理学的研究:都市内部システム,都市群システム地理思想:近現代地理学史,計量書誌学,風景論,地図論

決定係数牧畜因子の回帰係数

地理情報学研究室

本研究室では,地形・気候・水文・植生などから構成される自然環境についての総合的理解を目指しています.具体的には,質量保存・エネルギー保存・運動方程式などの物理法則に基づいて,原因から結果を説明しようとするアプローチと,フィールドでの調査・観測に基づいて事実を実証的に示そうとするアプローチを組み合わせて研究を進めています.このため,定量的データの収集・マッピング・統計解析・数値モデル・GIS(地理情報システム)などが主要な研究手法となっています.

(左)日本国内で2006~2008年に発生した土砂災害発生事例の分布(1,174件)と平成21年7月中国・九州北部豪雨災害の分布(6件、一部分).土砂災害は西日本で多く発生している.

(右)それぞれの土砂災害発生事例における「降水継続時間-平均降水強度」に主成分分析を施した結果.土砂災害発生事例は、図の左上側に分布する短時間強雨(赤色)と,右下側

に分布する長時間少雨(青色)に区分される.

<参考文献>

Saito, H., Nakayama, D. and Matsuyama, H. 2010. Two types of

rainfall conditions associated with shallow landslide

initiation in Japan as revealed by Normalized Soil Water

Index. SOLA 6: 57-60, doi:10.2151/sola.2010-015.

(左)メソ気象モデルによって再現された,阿蘇山周辺で吹走する局地風「まつぼり風」の水平分布.地形の狭搾部で強い東風が吹いている.

(右)メソ気象モデルによって再現された,阿蘇山周辺における温位と風の東西-鉛直分布.強い東風が吹走している地域で,温位の沈み込みがみられる.

<参考文献>

稲村友彦・岩崎一晴・齋藤 仁・中山大地・泉 岳樹・松山 洋2009. 阿蘇山の特徴的な地形が局地風「まつぼり風」に及ぼす影響に関する数値実験. 天気 56: 123-138.

地形・地質学研究室

環境地理学研究室

◆都市緑地は,クールアイランド効果などの熱環境改善効果をもつこと,地上・地中に生物多様性の保全機能を有する生物ニッチが形成されること,緑地内の土壌が炭素貯留機能を有すること,などの機能から大きな注目を集めています.これまで,公園緑地の環境調査がなされる場合,地上の植栽部について触れられることはあっても,それらを下支えしている土壌に目を向けられるケースは極めて少なかったと言えます.都市緑地を対象として,“人工造成土”からいかに都市固有の環境資産をつくるか,持続的かつ効果的な緑化計画をサポートする都市土壌の分類と評価手法とそのための調査技術の開発に取り組んでいます.

◆我々は土、水、空気などが取り巻く環境の中に生きています。意図的に働きかけて新しい住環境を作り上げたり(写真左)、無意識に環境を変化させたり(写真右)しています。その変化が将来のそこの環境にどのような影響を及ぼすのか?また水や大気を通じた空間的な広がりが別の環境にどのような影響を及ぼすのか?それは環境を調べなければわかりません。今、環境を予測する時代が来ています。

この研究室では,環境と人類とのダイナミックな関係 ,その地域性・グローバル性に着目しながら地球・地域環境の自然変化とその人為的な変化の機構を, いろいろな時・空間スケールで捉えて,

総合的・学際的アプローチによって解明しようとする研究を展開しています.そのため,伝統的な自然地理学の枠のなかにとらわれず,自然・人文・社会にわたる環境諸科学と密接な連携を保ちながら,ユニークかつ幅の広い研究活動を国内外のフィールド調査に基づいて実施しています.

◆地球上で私たち生物が生きつづけるために必要な環境要素である“土壌”は,自然と人間の営みが複雑に絡み合ってできています. 生き物のような自律恒常性をもっています.土壌の成り立ちと仕組みを知ることは,ヒトの個性と役割を知ることへの興味と似ています. 私たちの足元の世界には人間がもっと賢く自然と生きるヒントがたくさんあります. 世界の森林土壌に広く分布する外生菌根菌がつくる耐久体である“Cg菌核”の理化学・生物的特徴づけ,機能解明,人工菌核創出の研究はその一つです.

モンゴルにおける新興住宅地と道路横がけ崩れ窪地に貯まるゴミ