天使となるか 日本のゲノム編集最前線 - JST · 4 Vol.15 No.2 2019 特 集...

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2 2019 Vol.15 No.2 2019 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration https://sangakukan.jst.go.jp/journal/ 特集 天使となるか 日本のゲノム編集最前線

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Vol.15 No.2 2019

Journal of Industry-Academia-Government Collaboration

https://sangakukan.jst.go.jp/journal/

特集天使となるか 日本のゲノム編集最前線

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CONTENTS

Vol.15 No.2 2019

 巻 頭 言

健康 ・医療先進地域関西のさらなる発展に向けて 角 和夫 ……… 3

 特 集

天使となるか 日本のゲノム編集最前線 Cas9の分子構造を改造し、ゲノム編集の適応範囲を拡張 西増弘志 ……… 4

トマトの果実デザイン研究最前線 江面 浩 ……… 7

日本発の新規DNA/RNA操作技術の開発 中村崇裕 …… 10

「切らないゲノム編集®」技術 神戸大学発ベンチャーバイオパレット …… 13

ゲノム編集産業を開拓するセツロテック 竹澤慎一郎 …… 17

「ゲノム編集」の産学連携を広島から世界へ! 奥原啓輔 …… 20

マイクロRNAを利用した細胞種特異的なゲノム編集法 弘澤 萌 …… 24

地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか第1回 研究分野の重点化と「研究経営」 登坂和洋 …… 27

人(ひと)届きにくい看護師のニーズを形に目白大学人間学部子ども学科西山里利准教授 …… 31

「所論」 産学官連携は結婚と心得て—「産」の立場で感じていること— 飯田順子 …… 33

視点 / 編集後記 …… 35

シリーズ

オピニオン

連 載

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巻 頭 言

世界保健機関(WHO)は「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱が存在しないことではない」と定義しています。心身ともに健康で、QOL(生活の質)の高い社会の創造は、世界共通の願望といえます。しかし日本では、国の一般会計における社会保障費は、この 30 年で約 10 兆円から 33 兆円に増加し、社会保障給付費は120兆円を超えています。さらに、2025年には団塊の世代が後期高齢者となり、給付費は約 150 兆円に上ると推計されています。後期高齢者1人当たりの医療費に占める国庫負担は前期高齢者の約 5倍の 35万円に上り、2025 年の医療危機の先には、団塊の世代が 85歳を迎えて介護費が急増する 2035 年問題が控えています。この状況下で皆保険制度を維持するには、健康寿命を伸ばすことと、働き続けられる社会づくりが不可欠であり、現在、国家を挙げて課題解決に向けた取り組みが進められています。関西には、江戸時代に栄えた大阪道修町の薬問屋に始まる製薬企業に加え、近年は神戸医療産業都市、北大阪バイオクラスター、けいはんなイノベーションクラスターなどに、健康 ・医療関連企業の集積が進んでいます。また基礎研究分野においても、2012 年に山中伸弥氏、昨年は本庶佑氏がノーベル生理学 ・医学賞を受賞するなど、顕著な成果を生み続けています。公益社団法人関西経済連合会では、2015 年 2月に、この医学と産業の資源 ・集積を生かし、人類の普遍的な願望であり、持続可能な社会を支える“健康”を実現する新たな健康 ・医療産業を創造する「生き活き関西“健康 ・医療”先進地域ビジョン」を策定、関西広域連合、医療系大学、研究機関、経済団体で構成する産官学連携組織「関西健康 ・医療創生会議」を設立しました。さらに同年 11月には、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「世界に誇る地域発研究開発 ・実証拠点(リサーチコンプレックス)推進プログラム」の採択拠点に神戸医療産業都市が、翌年 9月にはけいはんなが採択され、再生医療、健康 ・医療ビッグデータの収集 ・利活用、ロボティクス・AI、新たな付加価値を生み出す人材の育成など、関西の各セクターが連携して、さまざまな取り組みを進めています。私ども阪急阪神ホールディングスグループは、大阪 ・神戸 ・京都を結ぶ鉄道沿線を中心に、不動産、エンターテインメント、ホテル、旅行などの事業を展開しており、多様な事業拠点、顧客接点を生かして、それらのオープンイノベーションの成果の応用や社会実装を支援し、少子高齢社会が直面する課題解決への貢献と「健康寿命の延びる沿線」の実現を目指しています。折しも、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、2025 年の大阪・関西万博の開催が決定しました。この機会が関西の新たな健康 ・医療産業のショーケースとなり、近い将来、同じ課題に直面するであろう世界への提言の場となることを願っています。

■健康・医療先進地域関西のさらなる発展に向けて  

角 和夫すみ かずお阪急阪神ホールディングス株式会社 代表取締役会長 グループ CEO /公益社団法人関西経済連合会 副会長

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特 集 天使となるか 日本のゲノム編集最前線

■クリスパー・キャス 9(CRISPR-Cas9)を応用したゲノム編集

原核生物のCRISPR-Cas 獲得免疫機構に関与するRNA*1 依存性DNA*2 エンドヌクレアーゼCas9 は、ガイド RNAと複合体を形成し、ガイド RNAの 5′末端の 20塩基(ガイド配列)と相補的な 2本鎖DNAを特異的に切断する(図 1)。ガイド配列は自由に設計できるため、Cas9-ガイド RNA複合体を用いることにより、ゲノムDNAを狙った位置で切断し、その周辺の塩基配列を改変することが可能である。従って、近年、Cas9 を用いたゲノム編集技術はさまざまな分野において広く利用されている。Cas9 が標的となるDNAを認識するためには、ガイド RNA と標的DNAとの間の相補性に加え、標的配列の隣にPAM*3と呼ばれる特定の塩基配列が必要である。ゲノム編集に広く利用されている化膿レンサ球菌*4 に由来するCas9(SpCas9)はNGG(Nは任意の塩基)という塩基配列を PAMとして認識するため、Cas9 を用いたゲノム編集の適応範囲には制限が存在するという課題が残されていた。

■標的範囲の拡張した Cas9 改変体の作製

NGGではなくNGという塩基配列を PAMとして認識できれば、ゲノム編集の適応範囲は確率的に 4倍に拡張され、これまで不可能であった遺伝子の改変が可能になる。筆者らはこれまでにCas9 の結晶構造解析を推進し、Cas9 がガイドRNAと協働して標的DNAを認識・切断する分子メカニズムを明らかにしてきた**1,2。そこで、立体構造情報を利用し、SpCas9 の分子構造を改造することにより、PAMをNGGからNGに短縮できないかと考えた。結晶構造から、PAMの 2塩基目および 3塩基目のグアニンは二つのアルギニン残基(Arg1333と Arg1335)と水素結合を介して認識されることが明らかにされていた(図 2)。3塩基目のグアニンと相互作用するArg1335 をアラニンに置換すると、PAMの 3塩基目に対する特異性がなくなると考えられる。しかし、Arg1335Ala 置

Cas9 の分子構造を改造し、ゲノム編集の適応範囲を拡張

西増 弘志にします  ひろし

東京大学 大学院理学系研究科 准教授

図 1  SpCas9 による DNA 切断機構

* 1 RNA(リボ核酸、ribonucleic acid)

* 2 DNA(デオキシリボ核酸、deoxyribonucleic acid)

* 3 PAM(protospacer adjacent motif)

* 4 化膿レンサ球菌

(Streptococcus pyogenes)

** 1  Nish imasu, H . et a l . , Crystal structure of Cas9 in complex with guide RNA and target DNA. Ce l l . 2014 , vo l .156 , p.935-949.

** 2  Nish imasu, H . et a l . , C r y s ta l S t ruc tu re o f Staphylococcus aureus Cas9. Cell. 2015, vol.162, p.1113-1126.

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換を導入した SpCas9 変異体はDNAに結合できず、DNA切断活性を示さないことが分かっていた。そこで、Arg1335Ala 変異に加えて、DNAの糖リン酸骨格と配列非依存的な相互作用を形成するようなアミノ酸変異を SpCas9 に導入し、DNAとの相互作用を補填(ほてん)することにより、PAMをNGGからNGに改変できるのではないかと仮説を立てた。

結晶構造を参考に、Arg1335Ala 変異に加え、DNAの糖リン酸骨格の近傍に存在するアミノ酸残基をArg などに置換した複数の変異体を設計し、大腸菌において組み換えタンパク質として発現させ、カラムクロマトグラフィーを用いて精製した。まず、TGGを PAMとして持つ標的DNAを基質として用いて、複数の変異体タンパク質のDNA切断活性を試験管内において測定したところ、DNA切断活性をわずかに回復させるアミノ酸変異をいくつか見いだすことに成功した。さらに、七つのアミノ酸変異を組み合わせると、野生型 SpCas9と同程度までDNA切断活性が回復することを発見した(図 2)。次に、TGGに加え、TGA、TGT、TGCを PAMとして持つ 4種の標的DNAを用いて、野生型 SpCas9 および SpCas9 変異体のDNA切断活性を測定した。その結果、野生型 SpCas9 は NGGを PAMとして持つDNAを特異的に切断する一方、SpCas9 変異体は NGGだけでなくNGA、NGT、NGC を PAMとして持つDNAを効率的に切断することが明らかになった。従って、この変異体をSpCas9-NGと命名した。次に、SpCas9-NGがゲノム編集に利用できるかを確かめるために、SpCas9-NGとガイド RNAをヒト培養細胞に発現させ、NGNを PAMとして持つ標的部位における変異導入の効率を調べた。試験管内におけるDNA切断活性と一致して、野生型 SpCas9 と異なり、SpCas9-NGはNGGだけでなくNGA、NGT、NGCをPAMとして持つ標的部位に変異を引き起こすことが確認された。

図 2  SpCas9 と SpCas9-NG の PAM 認識機構

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■論文投稿に 2 年以上も

SpCas9-NGの開発は 2015 年に開始し、その数カ月後には重要なアミノ酸変異のほとんどを同定していた。しかし、実際にゲノム編集ツールとして使えるかを慎重に検討したため、論文の投稿までに 2年以上の歳月を要した。また、論文の査読中に海外のグループから、SpCas9-NGと同様にNGを PAMとして認識する SpCas9 改変体(xCas9)が報告され、論文はリジェクトの一歩手前の状況に追い込まれた**3。しかし、追加実験において xCas9 との活性比較を行い、SpCas9-NGは xCas9 よりも高効率なゲノム編集ツールであることを示すことができ、最終的に投稿時よりもはるかに高品質の論文として発表することができた**4。

■不可能だった遺伝子改変も可能に

SpCas9 は NGGを PAMとして認識するため、確率的にゲノムの 16 分の 1しか標的にすることができない。一方、SpCas9-NGはその 4倍の領域を標的とすることができる。従って、SpCas9-NGの利用により、これまでゲノム編集できなかった遺伝子の改変が可能となると期待される。実際、論文の公開からこれまでに国内外の約30の研究室からプラスミド*5のリクエストのメールがあった。すでに何人かの研究者からは、「SpCas9-NGが役に立った」という声が届いており、苦労して開発したかいがあったと感じている。今後も、異なる配列をPAMとして認識するCas9 改変体やオフターゲット効果の低い高精度なCas9改変体の開発を継続し、ゲノム編集技術の高度化に貢献したい。

** 3  Hu, J.H. et al., Evolved Cas9 variants with broad PAM compatibility and high DNA specif ic ity. Nature. 2018, Vol.556, p.57-63.

** 4  Nish imasu, H . et a l . , Engineered CRISPR-Cas9 nuclease with expanded targeting space. Science. 2018, vol. 361, p.1259-1262.

* 5 プ ラ ス ミ ド (plasmid) は細胞内で複製され、娘細胞に分配される染色体以外のDNA 分子の総称

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■画期的なゲノム編集技術の登場

画期的なゲノム編集技術であるクリスパー・キャス 9(CRISPR/Cas9)システムが 2013 年**1 に登場した。これにより、ゲノム編集技術が熟練技術者から一般技術者のツールへと一気に進化した。ゲノム編集技術を活用すると、標的とした遺伝子領域に新しい遺伝子変異を迅速かつ精密に創生できることや、形質を導入したい品種に直接ゲノム編集技術を施すことで、通常の交雑育種で必要な戻し交雑が不要となるなどの利点がある。そのため、放射線照射や化学薬剤処理によりゲノム中にランダムに遺伝子変異を創生する従来の突然変異育種技術に比べ、育種時間を大幅に短縮できることから、新しい育種技術、いわゆる「植物デザイン技術」として期待が高まっている。本稿では、トマトを事例とし、ゲノム編集技術を活用した農作物の品種改良の最前線について紹介する。

■なぜトマトか

トマトは世界で最も多く生産されている野菜である。トマトの起源はアンデス山脈地域とされ、メキシコに持ち込まれ栽培化と食用化が始まったとされている。その後、新大陸発見の戦利品として 16世紀に欧州に持ち込まれ、初めは観賞用として栽培されていた。欧州では、18世紀になって食用栽培が始まったとされている。わが国には 17世紀半ばに伝来し、しばらくは観賞用に栽培されていた。その後 20 世紀(明治時代後期)に入り、農作物として栽培が始まった。トマトは農作物の栽培の歴史を考えれば、新しい品目といえる。なぜ短期間に世界中に栽培が広がったかについては諸説あるが、「トマトが赤くなると医者が青くなる」という言い伝えがあるように健康機能性が高いこと、グルタミン酸やアスパラギン酸など「うまみ成分」が豊富なことなどが理由として考えられる。一方、トマトは世界中のさまざまな地域の環境で栽培されるようになったことから、多様な特性を持った品種が必要となっており、高速育種技術の潜在的ニーズが極めて高い品目である。

■トマトの変異体研究から何が分かったか

トマトは、潜在的な育種ニーズのため、耐病性、果実形、収量性、糖度、あるいはアミノ酸やカロテノイドなどの代謝産物についての育種研究が精力的に行わ

トマトの果実デザイン研究最前線

江面 浩えづら  ひろし

筑波大学 生命環境系 教授/つくば機能植物イノベーション研究センター長

** 1  Cong L. et al., Multiplex genome eng ineer ing u s i n g C R I S P R / C a s systems. Science. 2013, vol. 339, p. 819–823.

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れている。とりわけ2012年にトマトの全ゲノムDNA配列が解読されて以降**2、重要な育種形質(性質)に関する遺伝子の機能解明が急速に進んでおり、産業研究においてもその活用が期待される作物でもある。われわれの研究室では、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が実施する「ナショナルバイオリソースプロジェクト」の支援の下、これらの遺伝子研究を加速するため、トマトの大規模変異体集団を開発し、世界中に変異体の提供を行うとともに、自らも重要育種形質に関わる遺伝子研究に取り組んでいる**3。その結果、特定の遺伝子に生じた一塩基置換など、小さな遺伝子変異がトマトの重要育種形質の改良に寄与できることが明らかになってきた。例えば、エチレン受容体遺伝子の特定領域に一塩基置換が入ることで果実の日持ち性が大幅に向上すること**4(図 1)、機能性成分の生合成遺伝子に一塩基置換が入ることで当該機能性成分が大幅に増加すること**5 などである。そのほかの重要育種形質についても、同様の知見が集積している。

■ SIP が農作物へのゲノム編集技術の利用を加速

内閣府は、画期的なゲノム編集技術の登場や重要育種形質をつかさどる遺伝子情報の集積を背景に、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の中で、主要な農林水産物を対象にゲノム編集技術を活用した次世代育種技術の開発と、その技術を活用した「ものづくり」の研究開発に取り組んだ。技術開発では、広範囲の標的遺伝子領域に変異導入可能な技術**6や、切らずにゲノム編集を行う技術**7など、国産の改良型CRISPR/Cas9 システムの開発に成功した。「ものづくり」では、超多収イネ、高付加価値トマト、毒のないジャガイモ、養殖しやすいマグロなどの開発に取り組んだ。その結果、後述するGABA高蓄積トマトなど社会実装を目指すことのできる作物の開発にも成功している**8。わが国は、ゲノム編集技術の基盤技術開発では欧米諸国の後じんを拝したが、SIP による集中的研究開発

図 1  トマトのエチレン受容体遺伝子(SlETR1)の膜貫通領域に一塩基置換変異が生じる(A)と 果実の日持ち性が向上する (B)

** 2  The Tomato Genome Consortium. The tomato g e n o m e s e q u e n c e provides insights into fleshy fruit evolution. Nature. 2012, vol. 485, p. 635–641.

** 3  S a i t o , T . e t a l . , T O M A T O M A : A Novel Tomato Mutant Database Distributing M i c r o - T o m M u t a n t Collections. Plant and Cell Physiology. 2011. vol. 52, p. 283-296.

** 4  Okabe, Y. et al., Tomato T ILL ING Technology : D e v e l o p m e n t o f a Reverse Genetics Tool for the Efficient Isolation of Mutants from Micro-Tom Mutant Libraries. Plant and Cell Physiology. 2011, vol. 52, p. 1994-2005.

** 5  Takayama, M. et a l . , Act ivat ing g lutamate decarboxylase activity b y r e m o v i n g t h e autoinhibitory domain l e a d s t o h y p e r γ- a m i n o b u t y r i c a c i d (GABA) accumulation in tomato fruit. Plant Cell Reports. 2017, vol. 36, p. 103-116.

** 6  Nish imasu, H . et a l . , Engineered CRISPR-Cas9 nuclease with expanded targeting space. Science, 2018, vol. 361, p. 1259-1262.

** 7  Sh imatan i , Z . e t a l . , Targeted base editing in rice and tomato using a CRISPR-Cas9 cytidine deaminase fusion. Nature Biotechnology. 2017, vol. 35, p. 441-443.

** 8  Nonaka, S. et al., Efficient increase of ɣ-aminobutyric acid (GABA) content in tomato fruits by targeted mutagenesis. Scientific Reports. 2017, vol. 7, Article number: 7057.

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により、ゲノム編集技術を活用した「ものづくり」という点では、世界のトップグループに立つことができた。この優位性を維持するためにも官民合わせたさらなる研究開発投資を期待したい。

■ゲノム編集トマトの事例:GABA 高蓄積トマトの開発

ゲノム編集作物の開発事例として、GABA 高蓄積トマトを紹介する。GABA(γ‐アミノ酪酸 ) は、非タンパク質構成アミノ酸であり、脊椎動物では抑制性の神経伝達物質として働くことが報告されており、ヒトへの効果としては、経口摂取による血圧上昇抑制効果が報告されている**9。トマト果実もGABAを含んでいるが、通常の摂取量ではこの効果を期待するには十分ではない。われわれは、トマト果実でのGABA蓄積の鍵酵素遺伝子に CRISPR/Cas9 システムを使って突然変異を導入し、この遺伝子から作られる酵素の活性を向上させ、さらに果実特異的にGABAを高蓄積することに成功した** 8(写真 1)。このトマト果実は、通常品種の4~5倍のGABAを含有しており、通常の摂取量でその健康機能性が期待できるレベルに達しており社会実装が期待されている。

■ゲノム編集トマトの社会実装に向けての道のり

開発したゲノム編集トマトの社会実装に向けて、1)取り扱いルールが明確になること、2)CRISPR/Cas9 システムの基盤特許への対応、3)社会受容の促進が必要となる。1)については、現在、環境省の諮問機関・中央環境審議会および厚生労働省の薬事・食品衛生審議会での審議が進んでおり、近々に取り扱いルールが明確になると考えている。2)については、基盤特許を有する開発者たちがオープンイノベーションを標榜(ひょうぼう)していることから通常の特許と同じように利用可能と考えている。3)については、開発者や関係者が一層の情報発信を行っていくことが重要である。ゲノム編集技術は、農作物の品種改良において有用な次世代育種技術であり、社会が一体となって育てていってほしい。

写真 1  ゲノム編集技術で開発した GABA 高蓄積トマト (スケールバー:1cm)

** 9  Owens DF and Kriegstein AR, Is there more to GABA than synapt i c i n h i b i t i o n ? N a t u r e Reviews Neuroscience. 2002, vol. 3, p.715-27.

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■エディットフォース株式会社について

エディットフォース株式会社(EditForce Inc.、以下「当社」)は 2015 年 5月に福岡市にて設立された九州大学発のベンチャー企業である。

主要株主として、事業会社である KISCO 株式会社のほか、株式会社東京大学エッジキャピタルおよび QB キャピタル合同会社より出資を受けて活動している。

私たちの使命は、さまざまな生物種のゲノムの改変や研究において新規のDNA/RNA 操 作 ツ ー ル を 提 供 す る こ と を 通 じ、PPR(Pentatricopeptide repeat)技術を医療、産業、農業などの分野を含む広範囲なバイオ産業に応用することである。

このため、「New Tools Lead to a New World」をビジョンに掲げ、既存の技術では不可能なことが可能になる、困っていたことが困らなくなる、「ヒラメキ」が形になる、そのような世界の実現に向け、新たな世界標準となる技術開発に日々まい進している。

■新規の国産技術を利用

PPR は植物に非常に多く含まれるタンパク質遺伝子として発見され(植物で500 個)、ヒトや酵母にも存在している。PPR タンパク質は 35 アミノ酸からなる PPR モチーフが複数連結した構造をしている。そしてそれぞれの PPR モチーフ内の特定位置の 3 アミノ酸が、特定の塩基に結合することにより、標的 DNAまたは RNA に対する多様な機能を担っている(図 1)。

日本発の新規DNA/RNA操作技術の開発

中村 崇裕なかむら  たかひろ

エディットフォース株式会社 代表取締役社長/九州大学 農学研究院 准教授

図 1  PPR の構造と核酸認識コード

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さまざまな生物種を対象としたゲノム編集は、ゲノム中の狙った一つの遺伝子を破壊(ノックアウト)、あるいは外来遺伝子を狙ったゲノム位置に導入(ノックイン)する技術を指す。このゲノム編集により、遺伝子組み換え技術を含む従来の技術の制限を乗り越え、迅速かつ効率よい遺伝子改変が可能になった。

現在ジンク・フィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN:Zinc-Finger Nuclease)、 タ レ ン(TALEN:Transcription Activator-Like Effector Nuclease)、クリスパー・キャス 9(CRISPR/Cas9)というツールを利用した海外技術が確立しており、すでに動物、魚、家畜、植物、微生物などの遺伝子改変に利用されている。

これらの技術に対し、当社の PPR タンパク質工学技術は、以下の 2 種類により構成されている新規の国産技術である。

1)任意の DNA/RNA 配列に対して結合する PPRタンパク質の効率的な作製が可能である。

2)さらに作製した PPR タンパク質と機能タンパク質と融合させることで、さまざまな目的に応じた DNA/RNA の操作、加工機能の付加が可能である。

この技術を利用することにより、既存の DNA/RNA 編集のみならず、スプライシング制御、翻訳制御、生細胞内での核酸の可視化、標的配列を持つ核酸の検出などが可能な DNA/RNA 操作ツールの作製が可能である(図 2)。

■開発のきっかけ

九州大学で八木祐介博士らと、PPR の配列特異的な核酸との融合メカニズムを世界に先駆けて解明するとともに、目的とする DNA/RNA 配列に結合する人工 PPR タンパク質分子を設計する技術を確立した* 1、2。

この中核技術を基に、当社の挑戦が始まった。その後、2016 年には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機

構(NEDO)「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」、および国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」の「ゲノム編集」産学共創コンソーシアムに参画機関として採択され、PPR タンパク質工学技術の効率的な作製法や評価法などの

図 2  PPR タンパク質工学技術の概要

* 1 PPR モ チ ー フ を 利 用 し たRNA 結合性タンパク質の設計方法及びその利用

[PCT/JP2012/077274; 九州大学]

* 2 PPR モ チ ー フ を 利 用 し たDNA 結合性タンパク質およびその利用

[PCT/JP2014/061329; 九州大学、広島大学]

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基礎データを積み重ねるとともに、複数の産業利用を視野に入れた DNA/RNA操作の POC(Proof Of Concept)を得ることができた。

■今後の展望

私たち人類の歴史は常に遺伝子を構成する DNA の改変と共にあり、農業における植物の改良は 6 千年前から続いている。1960 年ごろ、制限酵素というDNA を切るツールの発見により、現代分子生物学が大きく発展した。

2010 年ごろに、ゲノム編集という革新的な技術が確立し、ほとんど全ての生物に対して狙った遺伝子(DNA)の理論的な改変が可能になった。それらを使用することにより、生物学および生物系産業の大きな変革が期待されている。

しかし、RNA の大規模解析から今まで、遺伝情報の中心と考えられていたタンパク質になる遺伝子は、ヒトには極めて少量(全体の約 1.5%)しか含まれていないにも関わらず、ゲノムの大部分(全体の約 60%)が転写されていることが分かった。

このタンパク質を生成しない RNA(ncRNA)がヒトのヒトたるゆえんの謎を秘めていると考えられている。

当社では、ncRNA を含めた標的 DNA/RNA に配列特異的に結合する PPRを設計・作製するノウハウを蓄積しており、このノウハウを生かし、医療分野をはじめ、工業や化学などさまざまな産業分野への応用を目指している。

これまでに医療分野(創薬、創薬支援)を中核にして事業展開を図っており、2018 年 7 月には、日本革新創薬株式会社と加齢黄斑変性治療薬の医薬品創製を目的とした共同研究契約を締結した。

加齢黄斑変性は、加齢により網膜の中心部である黄斑に障害が生じ、視力が低下し失明を引き起こす病気である。欧米では成人の失明原因の第 1 位となっており、超高齢社会に突入した日本において、今後、本疾病に罹患(りかん)する患者が増加すると予想されている。今回の共同研究では、日本革新創薬株式会社の加齢黄斑変性に関する知見・ノウハウをもとに、当社が有する PPR タンパク質を用いた独自の RNA 操作技術を活用し、患者の QOL(生活の質)向上につながる新たな治療アプローチの可能性を探っていく。

今後も当社は RNA の理解と利用を進めるため、全く新しい日本発の独自DNA/RNA 操作技術を提供していく。

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特 集 天使となるか 日本のゲノム編集最前線

■切らないゲノム編集®

株式会社バイオパレット(神戸市灘区、代表取締役 村瀬祥子氏、以下「同社」)は、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の西田敬二教授が、同研究科長の近藤昭彦教授のラボで研究開発した DNA を切らずに置き換える新しいゲノム編集技術を応用した事業展開を見据え、2017 年 2 月に設立された。アントレプレナーシップ教育にも力を入れる科学技術イノベーション研究科(2016 年新設)から誕生した第1 号のバイオベンチャーだ(写真 1)。

ゲノム編集は CRISPR/Cas9 が知られているが、これはゲノム配列上の特定部位を標的とし、ヌクレアーゼによる DNA の二本鎖切断によって目的の遺伝子を改変する技術だ。それに対して同社の技術は、ヌクレアーゼ活性を失活させた CRISPR システムに塩基変換酵素を付加した人工酵素複合体を使用することで、DNA を切らずに DNA の構成要素の塩基をピンポイントに置き換えて遺伝子改変を行うのが大きな特徴で、「切らないゲノム編集®」と呼ばれている(図 1)。

「切らないゲノム編集®」技術 神戸大学発ベンチャー バイオパレット

クリスパー・キャス 9(CRISPR/Cas9)を代表とするゲノム編集技術は、DNAの二本鎖を切ることで目的の遺伝子を改変する技術だが、神戸大学は「切らないゲノム編集®」技術を確立し、神戸大学発ベンチャーのバイオパレットがその事業化をもくろむ。従来のゲノム編集技術との違いは。そして事業化の道筋は。

写真 1  バイオパレットのラボ

GA GT C A GT C

A GT C A GT CA GT C GT C

A GT CC A GT C

配列認識モジュール

塩基変換酵素

“切らない”ゲノム編集®“切る”ゲノム編集

既存技術(ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9)

バイオパレット技術(Target-AID®、Target-G® )

A GTAT C

AG CGT C

G TCA GC

配列認識モジュールDNA 二重鎖切断(ヌクレアーゼ)

図 1  切らないゲノム編集 ® の概要

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■ Target-AID® と Target-G®

同社が保有する「切らないゲノム編集®」技術には、「Target-AID®」と「Target-G®」の二つがある(表 1)。

Target-AID® は、ピンポイントで 1 塩基だけを特定のパターンで正確に置き換える技術だ。DNA を切らないことで、不確実な欠失や挿入が起こる確率が極めて低いという。Target-G® は、ある一定領域の塩基をランダムに置き換える技術である。

CRISPR/Cas9 やタレン(TALEN:Transcription Activator-Like Effector Nuclease)、ジンク・フィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN:Zinc Finger Nucleases)などの「切るゲノム編集」は、DNA の二本鎖を切断する。切断しても、細胞の有する修復機能によって DNA は元に戻るが、それを繰り返すと、ある一定確率で DNA 塩基の欠失や挿入といった修復エラーが起こる。そのエラーを利用して標的遺伝子に変異を誘導することが「切るゲノム編集」の第一のコンセプトである。もしくは、標的 DNA 配列の二本鎖切断と共に、相同な配列を有する鋳型 DNAをゲノム中へ供給することによって、DNA 配列を入れ替えることもできるが、この場合も欠失・挿入は起こり得る。すなわち、「切るゲノム編集」による編集効果は一定の不確実性のもとで得られるものである。また、DNA の切断は細胞にとってストレスとなる場合がある。例えばある種の微生物などでは、DNA 二本鎖を切断すると、それを修復できずに細胞が死んでしまうこともある。さらに、マルチターゲット(1 ヵ所だけでなく複数箇所を同時編集すること)については、切断する箇所が多くなるとより毒性も高くなるため、「切るゲノム編集」によって同時編集できる箇所の数には限りがある。

このように「切るゲノム編集」は、DNA の切断によって誘発される細胞機構を生かしつつ、反面ではその特性による制限も存在する。「切らないゲノム編集®」はDNA を切断しないため、切断に起因する制限を受けることはない。すなわち、意図しない欠失や挿入はほとんど起こらず、細胞に対して毒性が低い編集を実現で

ZFN/TALEN/Cas9 Target-AID® Target-G®

触媒酵素 ヌクレアーゼ デアミナーゼ グリコシラーゼ

DNAへの作用 二重鎖切断 脱アミノ化 脱塩基

変異効果 不確実な欠損あるいは挿入

狭い領域(5塩基以内)のCにのみ変異

広い領域(1kb程度)に多様な点変異

利用法 遺伝子破壊、相同組換 ピンポイント点変異 バリエーション化

低低高性毒胞細

マルチターゲット 可能だが高リスク 可能 可能

一塩基多型(SNP)操作 DNA断片の挿入が必要 可能 バリエーション化が可能

疾患治療遺伝子破壊のみ

(修復にはDNA断片の挿入が必要)

遺伝子破壊および修復が可能 非適用

進化工学的利用 不適 狭い領域に有効 広い領域に有効

表 1  切らないゲノム編集 ® の技術的特徴

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き、マルチターゲットでは数十ヵ所の同時編集にも成功している。一方で、新たなDNA 断片の挿入などにおいては、「切るゲノム編集」が実績豊富である(図 2)。

■「切るゲノム編集」の課題を解決できる分野に商機

ゲノム編集技術の医療関連での応用では、意図しない変異を起こさずに正確に遺伝子の編集を行うことが要求される。CRISPR/Cas9 等の「切るゲノム編集」では、特に体内で遺伝子の編集を行う場合(in vivo 療法)、意図しない変異をいかに抑制するかが課題となっている。そのため、体外に細胞を取り出して編集を行った後に正確な編集が起こった細胞のみを選別して体内へ戻す方法(ex vivo 療法)の開発が先行している疾患もある。「切らないゲノム編集®」は、より正確・精密な編集が期待できることから、医療応用における「切るゲノム編集」技術の課題を解決できる可能性を持つ。

また、ゲノム編集技術は植物や微生物の育種においても応用が期待されており、多くの植物を対象として CRISPR/Cas9 による品種改良の研究が進んでいる。「切るゲノム編集」では、標的 DNA 配列を切断することで特定の遺伝子の機能を削除したり、DNA 断片を挿入することで新たな機能を付加することが試みられている。それに対して、Target-AID® および Target-G® では、もともと生物の有していた機能を伸長させる使い方が適している。また、育種において重要となる多様な変異体を効率よく作製することにおいても、細胞毒性の低い「切

** 1  N i s h i d a , K . e t a l . , Targeted nuc leot ide ed i t ing us ing hybr id p r o k a r y o t i c a n d ve r teb ra te adap t i ve i m m u n e s y s t e m s . Science. 2016, vol.353, issue 6305, aaf8729.

0.1

0.3

0.5

0.7

0.9

0.1

0.3

0.5

0.7

0.9

0.1

0.3

0.5

0.7

0.9SNV Deletion Insertion

Cas

9

GGGTTTCTCCAATAACGGAATCCAACTGGGCCGGTAACCCC01+03- 0

GGGTTTCTCCAATAACGGAATCCAACTGGGCCGGTAACCCC01+03- 0

GGGTTTCTCCAATAACGGAATCCAACTGGGCCGGTAACCCC01+03- 0

mutation rate

Cas9

gRNA

dCas9

gRNA

CRISPR/Cas9では意図しない変異が多数導入される。

0.1

0.3

0.5

0.7

0.9

0.1

0.3

0.5

0.7

0.9

0.1

0.3

0.5

0.7

0.9

dCas

9-C

DA

GGGTTTCTCCAATAACGGAATCCAACTGGGCCGGTAACCCC01+03- 0

GGGTTTCTCCAATAACGGAATCCAACTGGGCCGGTAACCCC01+03- 0

GGGTTTCTCCAATAACGGAATCCAACTGGGCCGGTAACCCC01+03- 0

Target-AID®を用いると、ピンポイントに点変異を導入できる。

意図しない多数の変異

ピンポイントな点変異

既存技術

神戸大学技術 “切らない”ゲノム編集®

“切る”ゲノム編集

図 2  切らないゲノム編集 ® の技術的特徴** 1

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らないゲノム編集®」は強みを発揮することが期待できる。「『切るゲノム編集』『切らないゲノム編集®』は明確に特徴の異なる技術であり、

それぞれに適した使い道があります。これらは目的に応じて使い分けられる技術なのです。一方で、倫理面や規制などは、ゲノム編集全体として、常に意識しなくてはなりません」と村瀬氏が語るように、どちらにも一長一短があるとともに、事業化においては両者を切り離さずに考えるべき課題もあるようだ。

同社の「切らないゲノム編集®」技術が新たな市場を切り開くには、「切るゲノム編集」とは異なるニーズを見いだしていく必要があるが、上述の通り、医療・創薬分野、農水産分野、微生物分野など幅広い分野で新たな可能性があるという(表 2)。

日本発のゲノム編集基幹技術として注目が集まる中、法整備を見ながらの事業展開という長期的視野にも立ち、難しいかじ取りが迫られそうだ。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)

従来のゲノム編集における課題

従来技術の課題に対する切らないゲノム編集®の技術的特徴

切らないゲノム編集®の技術的特徴が市場優位性を発揮する分野

• 切断の修復エラーに伴う意図しない変異導入

• 意図しない変異導入頻度の低さ(Science誌への投稿論文にデータあり)

• 正確な遺伝子編集が求められる医療、創薬分野

ゲノムの切断がダメージとなり• 使えない微生物種あり• 同時編集も限界あり

• 細胞毒性の低さによる使用可能な微生物の幅広さ

• 複数箇所の同時編集

• 多様な変異体の作成が求められる農業植物や有用微生物の育種分野

• 複数遺伝子が関与する疾患メカニズム解明などの創薬分野

• 広範囲なランダムな塩基置換は不可

• Target-Gによる進化工学的変異誘導(Target-AIDを組み合わせることでより効果的な進化誘導)

• 多様な変異体の作成が求められる農業植物や有用微生物の育種分野

表 2  切らないゲノム編集 ® の市場優位性

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特 集 天使となるか 日本のゲノム編集最前線

■セツロテックの誕生

株式会社セツロテック(以下「当社」)は、2017 年 2 月に設立した徳島大学発ベンチャー企業(認定番号 12)である。徳島大学の助教(設立当時)であり、発生生物学を専門にする竹本龍也は、2015 年にマウスの受精卵を対象に高効率にゲノム編集受精卵を作出する受精卵エレクトロポレーション法(GEEP 法)を開発** 1 し、特許出願した。従来、ゲノム編集を個体レベルで導入する際には、マイクロインジェクション法という、受精卵にガラスキャピラリーでゲノム編集因子を含んだ溶液を注入する方法が取られていたが、高解像度の顕微鏡下での操作を要し、受精卵 1 個 1 個に注入する操作のため熟練と時間を要していた。GEEP 法では、1㎜の溝を電極で挟んで、その溝にゲノム編集因子を含んだ溶液を満たして受精卵を数十個並べることができ、通電することでゲノム編集因子を受精卵に導入することができる。

本法は、一定のノウハウはあるものの、担当者の熟練によらずに安定的にゲノム編集技術を活用できるようになり、受託サービスに適用しやすい技術と言える。また、将来的にはシンプルな手法の特徴を生かし、自動装置に発展可能であると考えられる(図 1)。これらの特徴を訴え、2016 年に NEDO * 1 Technology Commercialization Program に応募したところ、最優秀賞を受賞した。また、同時期に NEDO スタートアップイノベーター(SUI)にも採択され、初年度の研究費が確保されたことで、スムーズな会社設立につながった。

ゲノム編集産業を開拓するセツロテック

竹澤 慎一郎たけざわ  しんいちろう

株式会社セツロテック 代表取締役社長

セツロテックの技術基盤の優位性

必要

可能→ 多品種生産・大量生産が可能

熟練 不要

受精卵の取扱時間(150コ)

15分以内120分以上

自動化 難しい

従来法

マイクロインジェクション法 受精卵エレクトロポレーション法

図 1  従来法と GEEP 法の比較

** 1  Hashimoto, M.; Yamashita, Y . ; T a k e m o t o , T * . Electroporation of Cas9 p r o t e i n / s g R N A i n t o early pronuclear zygotes generates non-mosaic mutants in the mouse. Dev. Biol Developmental biology. 2016, 418: 1-9.

* 1 NEDO:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構

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■ゲノム編集とは

ゲノム編集は、2012 年にクリスパー・キャス 9(CRISPR/Cas9)システムが発明されて以来、分子生物学の基本ツールとして多くの研究室で利用されるようになった。CRISPR/Cas9 は、細菌や古細菌において外来性ウイルスやプラスミドへの獲得免疫を与える適応免疫システムであるが、ヌクレアーゼである Cas9 と tracrRNA、crRNA の 3 分子を真核生物の核内に到達させることで、crRNA に設計した相補的 DNA 配列部分を切断する反応を惹起(じゃっき)し、精度の高い二本鎖切断を産生する。二本鎖切断(DSB)は、その後、非相同性末端結合(NHEJ)と相同組換え型修復(HDR)という、細胞内在性の 2種の修復機能のいずれかによって修復される。NHEJ による修復では、修復において誤りが生じやすいことが知られており、この過程でしばしば二本鎖切断

(DSB)部位に挿入欠損(InDel)変異が生じるため、フレームシフトや終止コドンを誘発し、標的遺伝子の機能を破壊することが可能である。一方、Cas9、tracrRNA、crRNA に加え、一本鎖オリゴ DNA を導入することで、HDR の経路により一本鎖オリゴ DNA を鋳型として、ゲノム DNA に点変異や任意の外来遺伝子の挿入が可能となる。以上から、ゲノム編集により遺伝子の欠損、点変異導入、外来遺伝子の挿入が可能となる(図 2)。

■当社の研究支援事業の特徴

当社では、「ゲノム編集産業を開拓する」というビジョンを掲げ、ゲノム編集技術を活用したサービスや商品を開発する。その最初の事業として、研究支援事業を立ち上げた。研究現場で利用される実験動物や培養細胞をゲノム編集するサービスである。当サービスを立ち上げるに当たり、従来のノックアウトマウス作製サービスとの違いを分かりやすくすることが重要と考えた。そこで、1)ゲ

ゲノム編集革命!「CRISPR/Cas9システム」

ガイドRNAタンパク質Cas9ゲノムDNA

狙い通りにゲノム編集

• 遺伝子欠損• 点変異• 長鎖DNA挿入

図 2  ゲノム編集は遺伝子欠損、点変異導入、長鎖 DNA 挿入が可能

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特 集

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ノム編集効率を重視した技術開発、2)短納期安価のサービス設計の 2 点を重視した。受精卵に、エレクトロポレーションによりゲノム編集が可能であることは竹本らの研究で分かっていたが、さらに高効率で安定的に実施できる条件を検討した。

また、従来は点変異導入や長鎖 DNA 挿入は効率が低いことが課題であった。NEDO の SUI での研究などにより、点変異については改善できる条件が検討できた。また、従来ノックアウトマウスの作製は年単位の作業工数がかかっていたが、当社のゲノム編集サービスでは最速 2 週間での納品が可能である。これは、ゲノム編集受精卵を納品し、顧客側で卵管への移植をしてもらうようなサービスであり、胚操作の技術を要するが、ゲノム編集のノウハウをゼロから構築する時間のない研究室に利用してもらっている。また、当社のゲノム編集マウスはモザイク性が低く、F0 世代でも納品が可能である。

遺伝子改変マウスを作製するとき、遺伝子改変マウスの系統を確立する必要がある。そのためには生殖系列の細胞群がゲノム編集されている必要があり、受精卵が分裂する前にゲノム編集により遺伝子改変されていることが必要となる。

当社では、体外受精直後にゲノム編集因子の導入を実施しており、Cas9 はタンパク質で導入しているため、導入直後から機能することが推定される。当社の検証では、Cas9mRNA を導入したときにはゲノムの切断様式は 4 種類程度であったが、Cas9 タンパク質の導入により 2 種類程度のモザイク性に調整することができ、F0 世代でも納品できる受精卵サービスやゲノム編集マウス作製サービスが実現した。

■ゲノム編集動物事業の未来

当社が掲げる「ゲノム編集産業を開拓する」というビジョンは、必ずしも研究支援分野だけをフォーカスしたものではない。現状ではゲノム編集技術は研究現場の実験方法でしかないが、同技術は適切に活用することで、農業・畜産・水産などの生物資源を活用したあらゆる分野で利用可能な技術である。

当社では、マウス以外の哺乳類の事例として、ブタのゲノム編集に着手している** 2。ゲノム編集ブタが自在に扱えるようになることで、病気への耐性、生産性の向上、肉質や風味が独特なブタを作出できると考えられる。一方で食用のブタのゲノム編集が社会で受け入れられるかは、文化の問題があり必ずしも容易ではない。

ところで、ブタは人間の臓器とサイズが似ていることから、従前より医療手技の訓練に使われていたり、医療機器の開発に利用される機会もあった。そこで、ゲノム編集により疾患モデルブタを作出し、医療現場や医療機器開発に利用されるブタの開発も視野に入れ研究を進めている。

以上のように、当社では研究支援事業によりゲノム編集の基本技術を高めつつ、ブタやそのほかの動物のゲノム編集により生物資源を活用した産業を、ゲノム編集により再定義することを目指し、事業展開を加速しているところである。

** 2  Tanihara, F.; Takemoto, T*.; Kitagawa, E.; Rao, S. ; Do, L. ; Onishi , A. ; Yamashita, Y.; Kosugi, C.; Suzuki, H.; Sembon, S.; Suzuki, S.; Nakai, M.; Hashimoto, M.; Yasue, A.; Matsuhisa, M.; Noji, N.; Fujimura, T.; Fuchimoto, Di. ; Otoi, T*. Somatic cell reprogramming-free generation of genetically modified pigs. Science Advances. 2016, Vol. 2, no. 9, e1600803.

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特 集 天使となるか 日本のゲノム編集最前線

■はじめに

「ゲノム編集(Genome Editing)」は、4 文字(AGCT)でコードされる遺伝子を狙った位置で切り、自由に改変することを可能にする夢の技術である。ジンク・フィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN:Zinc Finger Nucleases)、タレン

(TALEN:Transcription Activator-Like Effector Nuclease)、クリスパー・キャス(CRISPR-Cas)など、さまざまなゲノム編集ツールが開発される中(図 1)、産

「ゲノム編集」の産学連携を広島から世界へ!

奥原 啓輔おくはら  けいすけ

広島大学 産学・地域連携センター 共同研究部門 准教授

微生物による有用物質生産

生命現象の解明

農水畜産物の品種改良

疾患モデル細胞・動物の作製

創薬細胞医療遺伝子治療

ゲノム編集の応用分野

RNA誘導型ヌクレアーゼ

人工ヌクレアーゼ(人工制限酵素)

図 2  ゲノム編集の限りない可能性

図 1  さまざまなゲノム編集ツール

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業界から使いやすいゲノム編集ツール、編集に必要な基盤技術への強いニーズが広島大学に寄せられている。ゲノム編集の可能性は限りなく、微生物による有用物質生産、細胞医療・創薬、農畜産物の育種への応用が期待されている(図 2)。

広島大学では、越智光夫学長の強力なリーダーシップの下、一般社団法人日本ゲノム編集学会* 1 会長を務め、日本のゲノム編集研究のフロントランナーである山本卓教授(広島大学大学院理学研究科)を中心に、学内に組織した「ゲノム編集研究拠点」* 2 を核として、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(オペラ:OPERA)* 3 の採択を受け、オールジャパン体制の「ゲノム編集」産学共創コンソーシアム* 4 を構築している。

本稿では、その特徴や内容、今後の展望について紹介する。

■産学連携の基盤となるアカデミアの取り組み

広島大学は、2013 年に文部科学省「研究大学強化促進事業」の研究大学に選定され、研究戦略を担うリサーチ・アドミニストレーター(URA)を活用し、競争力のある研究の加速化、先駆的な研究分野の創出、国際水準の研究環境の整備に取り組んでいる。その中で、世界トップレベルの研究活動を展開する自立型研究拠点として、学内のゲノム編集研究者を結集した「ゲノム編集研究拠点」を形成し、全学の支援体制を構築している。

また、ゲノム編集の最新情報の共有と技術の普及を行うため、2012 年に山本教授が代表となり、国内外の研究グループと立ち上げたゲノム編集コンソーシアムを発展的に移行して、2016 年 4 月に日本ゲノム編集学会が設立され、その初代会長に山本教授が就任した。本学会は、国内の基礎研究者や産業研究者の情報交換や人材育成の場として発展するとともに、ゲノム編集により遺伝子を改変した生物に対する規制や、生命倫理の問題にも取り組み、産学連携と社会受容を推進する組織として機能している。

■「ゲノム編集」産学共創コンソーシアムの構築

JST が 2016 年度から公募を開始した OPERA は、新たな基幹産業の育成の核となる革新的技術の創出を目指すとともに、新たな基幹産業の育成が図れる持続的な研究開発環境、研究開発体制、人材育成システムを持つプラットフォームを形成することを目的とする事業である。

広島大学は、学内のゲノム編集研究拠点を核として、日本ゲノム編集学会と密接に連携し、ゲノム編集技術によってバイオ産業、動植物の品種改良、健康・安全、生命科学研究などの分野で革新的な価値創造を行うため、「ゲノム編集」産学共創コンソーシアムの構築を提案し、採択された。

本コンソーシアムの構築において最も苦労した点は、OPERA のマッチング

* 1 一般社団法人日本ゲノム編集学会h t t p : / / j s g e d i t . j p / (accessed2019-02-15)

* 2 広島大学「ゲノム編集研究拠点」ht tp : / /www.m l s . s c i .hiroshima-u.ac.jp/smg/center -ge/ index.html (accessed2019-02-15)

* 3 JST 産 学 共 創 プ ラ ッ トフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)https://www.jst.go.jp/ opera/ (accessed2019- 02-15)

* 4 「ゲノム編集」産学共創コンソーシアムht tp : / /www.m l s . s c i .h i r o s h i m a - u . a c . j p /smg/opera/index.html (accessed2019-02-15)

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ファンドの対象となる民間資金をいかに集めるかということだった。当初、JSTから求められた要件は、「単年度 1,000 万円以上の研究開発課題を 10 件以上」というものだった。当時、民間企業との共同研究経費の全国平均が約 220 万円であったことを鑑みると、非常に高いハードルだった。毎週、領域統括の山本教授とミーティングを重ね、新規の共同研究の開拓、参画機関への勧誘など、さまざまな戦略を練り実行した。領域統括と共に、多様な事業分野にわたる共同研究の候補企業や連携研究機関へ足を運んだ。

こうした努力の結果、2 年目の 2017 年度には、領域全体でマッチングファンドの上限となる 1 億 5000 万円程度の民間資金を集めることができた。参画機関も順調に増加し、2019 年 1 月現在、33 機関(大学等 10 機関、民間企業 23 社:図 3)となり、ゲノム編集という革新的な技術への期待の高まりを肌で感じている。

■ OPERA と連動した産学連携の推進

広島大学では、OPERA 採択により、2016 年 12 月に文部科学省と経済産業省が策定した「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」に沿った大学改革の取り組みが強力に後押しされることになった。「資金の好循環」では、共同研究経費の見える化を推進し、従来、一律 10%と

していた共同研究における間接経費の見直し、その算定方法をアワーレート方式に変更した。特筆すべきは、その適用範囲を OPERA 関連の共同研究のみならず、全ての共同研究としたことである。2017 年度の新規契約分から運用を開始し、2018 年 11 月現在、その適用実績は共同研究全体の約 81%にのぼる。「知の好循環」では、大学と企業双方に合理的で柔軟な知的財産(知財)の取

り扱いと運用のため、コンソーシアムにおける知財に関するガイドラインや契約ひな型を整備する一方で、学生参加における技術流出防止の仕組みを整備するな

バイオ素材・エネルギー産出

植物や動物の品種改良

医薬品開発用の細胞やモデル動物作製

国産ゲノム編集ツールの開発

ゲノム編集をめぐる社会動向調査

【研究テーマ】

○JST産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)【平成28年度採択領域】ゲノム編集による革新的な有用細胞・生物作成技術の創出(領域統括:山本卓)

http://www.jst.go.jp/opera/ryoiki.html

【民間企業:23社】

【大学等:10機関】

「ゲノム編集研究拠点」

図 3  「ゲノム編集」産学共創コンソーシアムの概要図

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特 集

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ど、リスク管理を徹底した。「人材の好循環」では、企業との共同研究に参加する学生のインセンティブを

高めるため、新たな給与制度(ジュニア・リサーチャー)を導入した。これらの取り組みが前述の共同研究の増加につながった。

■産業界で求められる人材の育成に向けた卓越大学院プログラム

2018 年度から公募開始した文部科学省の新規事業「卓越大学院プログラム」* 5 では、あらゆるセクターをけん引する卓越した博士人材を養成するとともに、人材育成・交流および新たな共同研究が持続的に展開される拠点を創出し、大学院全体の改革を推進することを目的としている。

広島大学では、OPERA における人材育成の取り組みをベースにした「ゲノム編集先端人材育成プログラム」* 6 を提案し、採択された。本プログラムでは、OPERA と密接に連携して、国内外のトップクラスのゲノム編集研究者が実施するカリキュラムによって、新たなバイオ産業の構造変化や、それに対する社会動向の変化にも柔軟に対応できる人材を育成することが期待される。

今後も OPERA と卓越大学院、二つの大型プロジェクトを両輪として、広島がゲノム編集の研究・教育の中心となるよう、さまざまな取り組みを進めていきたい。

■今後の展望

広島大学社会産学連携のビジョン* 7 では、広島リサーチコンプレックスの構築と地方創生への貢献を掲げている。

広島リサーチコンプレックスとは、広島大学が中心となった異分野融合による最先端の複合型イノベーション推進基盤であり、世界の注目を集める教育・研究を産学官が一体となって推進し、人財の集積と育成・還流、産業の集積と新ビジネス創出により、広島地域内外のネットワークを発展・成長させ、地方創生に貢献するという壮大な構想である。

この中でも、ゲノム編集は重要なキーワードとなっており、広島県や東広島市をはじめとする自治体とも連携して、「ゲノム編集」の産学連携を広島から世界へ!をキャッチコピーに、バイオ産業の未来を担う民間企業や研究機関の誘致、イノベーションの担い手となるゲノム編集ベンチャーの立ち上げ、ベンチャー支援ファンドの準備など、広島から新たなイノベーションの創出を目指す取り組みをスタートさせる。今後の展開に大いに期待されたい。

* 5 文部科学省「卓越大学院プログラム」http://www.mext.go.jp/ a_menu/koutou/kaikaku/t a k u e t u d a i g a k u i n /index .htm (accessed 2019-02-15)

* 6 広島大学「ゲノム編集先端人材育成プログラム」https://genome.hiroshima -u.ac.jp/ (accessed2019- 02-15)

* 7 広島大学社会産学連携のビジョンhttps://www.hiroshima- u.ac.jp/iagcc/organization/ vision (accessed2019-02- 15)

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特 集 天使となるか 日本のゲノム編集最前線

■ゲノム編集の現状

ゲノム編集とは、あらかじめ定義した配列を有する特定ゲノム DNA 領域を切断し編集する技術のことである。これまでに、ジンク・フィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN:Zinc Finger Nucleases)やタレン(TALEN:Transcription Activator-Like Effector Nuclease)そして、クリスパー・キャス 9(CRISPR-Cas9)が開発されてきた。誰もが使用できるとのことから、CRISPR-Cas9 システムの登場はゲノム編集をより一般的なものにし、現在さまざまな研究で使用されている。この CRISPR-Cas9 システムは、DNA 切断酵素である Cas9 タンパク質と Cas9 タンパク質を標的 DNA 配列に誘導するガイド RNA(sgRNA)により構成されている。sgRNA によって標的 DNA に誘導された Cas9 タンパク質は、その酵素活性により DNA の 2 本鎖切断を引き起こす。これにより宿主自身の持つ DNA 修復機構が活性化しゲノム変異が誘発される** 1、2。

このゲノム編集技術において懸念されていることは、意図しない遺伝子や細胞のゲノムが編集されることである。これは、遺伝子治療(ヒトの個体に直接ゲノム編集ツールを導入する場合)においては予期せぬ副作用を生じる危険性がある。そのため、ゲノム編集技術を適切に制御し、より安全な技術にすることが必要である。

■研究の概要

本研究では、CRISPR-Cas9 システムを細胞種特異的に制御する技術の開発を行った。そして、さまざまな細胞が混在する中で、狙った細胞のみのゲノムを編集することを試みた。

標的細胞のゲノムを編入するには、まず個々の細胞を識別する必要がある。そこで生体内分子の一つであるマイクロ RNA(miRNA)に着目した。これは、21 ~ 25 塩基程度の短鎖 RNA であり、アルゴノート(Argonaute)などのタンパク質と RNA induced silencing complex(RISC)と呼ばれる複合体を形成する。この複合体は、メッセンジャー RNA(mRNA)上にある miRNA の標的配列に結合することで、結合した mRNA からのタンパク質発現を抑制する。ヒト細胞においては 2,500 種類以上の miRNA が存在することが報告され、細胞の種類によりその活性はさまざまであり、これら miRNA の活性の違いが個々の細胞を特徴付けている** 3。

われわれの研究室では、細胞内で活性のある miRNA を検知することで、外

マイクロ RNAを利用した細胞種特異的なゲノム編集法

弘澤 萌ひろさわ  もえ

京都大学大学院医学研究科・医学部医科学専攻 博士後期課程(3 回生)

** 1  Cong, L. et al., Multiplex Genome Eng ineer ing U s i n g C R I S P R / C a s Systems . Science. 2013, vol. 339, issue 6121, p. 819-823.

** 2  Ma l i , P . e t a l . , RNA-Guided Human Genome Engineering via Cas9. Science. 2013, vol. 339, issue 6121, p. 823-826.

** 3  Kozomara, A.; Griffiths-J o n e s , S . m i R B a s e : a n n o t a t i n g h i g h confidence microRNAs using deep sequencing da ta . Nuc le i c Ac ids Research. 2014, vol. 42, issue D1, p. D68-D73.

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25

特 集

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来遺伝子の発現を制御可能にする「miRNA スイッチ」の開発に成功していた。この miRNA スイッチとは、試験管内で合成した人工 mRNA の 5’非翻訳領域

(5’UTR)に標的とする miRNA に対して完全相補的な配列を挿入したものである。これにより、内在性の miRNA の活性に基づいた標的細胞の検出や選別が可能となった** 4。

そこでこの技術を CRISPR-Cas9 システムと組み合わせることにより、細胞種特異的な miRNA を指標とすることで、細胞種特異的なゲノム編集が可能になるという仮説のもと本技術の開発を行った** 5。

■特徴や内容

Cas9 mRNA の 5’UTR に標的 miRNA に対する完全相補的な配列を組み込むことで内在性の miRNA により Cas9 タンパク質の発現が制御される(図 1A)。つまり、標的 miRNA の活性が低いときは、Cas9 mRNA から Cas9 タンパク質が発現するのでゲノムが編集される(図 1B、左)。一方、標的 miRNA の活性が高いときは、標的 miRNA が Cas9 mRNA からの Cas9 タンパク質の発現を抑制するのでゲノムが編集されない(図 1B、右)。つまり、標的 miRNA の活性が低いときはゲノムが編集され(ON)、高いときはゲノムが編集されなくなる(OFF)。

** 4  Miki, K. et al ., Efficient D e t e c t i o n a n d P u r i f i c a t i o n o f C e l l P o p u l a t i o n s U s i n g Syn the t i c M i c roRNA Switches. Cell Stem Cell. 2015, vol. 16, issue 6, p. 699-711.

** 5  Hirosawa, M. et al., Cell-type-specif ic genome editing with a microRNA-responsive CRISPR-Cas9 switch. Nucleic Acids Research. 2017, vol. 45, p. e118.

図 1  細胞種特異的なゲノム編集法の原理A)�Cas9�mRNAの構造。左から、キャップ構造・miRNAの相補配列を含む 5’UTR・Cas9 遺伝子・3’UTR・poly(A)となっている。

B)�miRNA活性が低いと、Cas9�mRNAからCas9が翻訳される。したがって、ゲノムが編集される(ON、左)。miRNA活性が高いと、miRNAがCas9�mRNAからのCas9の発現を抑制する。したがって、ゲノムが編集されない(OFF、右)。**5

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miRNA の活性に基づいて Cas9 を制御できるので、HeLa 細胞と hiPS 細胞を混合培養し、HeLa 細胞のゲノムのみを特異的に編集することを試みた。hiPS 細胞では、miR-302a-5p(miR-302a)の活性が高いことが知られている** 6。一方で、このmiR-302a の活性は HeLa 細胞において低いことが知られている** 6。つまり、miR-302a に応答する Cas9 mRNA を用いることにより HeLa 細胞のゲノムのみが編集されることが予測された。このことを実証するため、蛍光タンパク質である EGFP 遺伝子をゲノム上に組み込んだ HeLa 細胞とhiPS 細胞を用いて、EGFP のノックアウトを行うことによる評価を行った。つまり、ゲノムが編集されれば EGFP の蛍光強度が低くなる(EGFP 陰性集団が多くなる)。また、HeLa 細胞と hiPS 細胞を区別するために TRA-1-60(hiPS 細胞で特異的に発現している細胞表面マーカーの一つ)の抗体を用いた。実際に行った実験の結果が図 2 である。miR-302a に応答する Cas9 mRNA に注目すると、HeLa 細胞では EGFP 陰性集団が多い(ゲノムが編集された)のに対して、hiPS 細胞では EGFP 陰性集団が少ない(ゲノムが編集されなかった)のが分かる。このように、適切な miRNA を選択することにより標的細胞のゲノムを編集できることが明らかとなった。

■今後の展望

標的細胞のゲノムのみを編集することで非標的細胞のゲノムの編集を避けることができる。これは、例えばがん治療においてがん細胞以外のゲノムを編集しないという観点から副作用を低減できる可能性がある。また、細胞特異的にゲノムを編集し、その編集された遺伝子の細胞特異的な機能の解析をするツールに使用できる可能性がある。

今回開発した技術は、標的 miRNA の活性が高いときにゲノムが編集されないものである。そのため、標的細胞のゲノムを編集するときに必要な miRNAの選択が煩雑である。つまり、標的 miRNA の活性が高いときにゲノムが編集される技術の開発もまた必要であると考えられたので、その開発も行った。詳細は、参考文献 5 ** 5 に譲るとして、今後は、これら本技術をさらに発展させていきたい。

図 2  選択的ゲノム編集の実施例HeLa細胞(Q1とQ4)とhiPS細胞 (Q2とQ3)が混在する中、ここでは、miR-302aに応答するCas9�mRNAを用いることで、HeLa細胞のみのゲノムを編集した。ゲノムが編集されたHeLa細胞ではEGFPの蛍光強度が低くなっている(Q4の割合が多くなっている)。**5

** 6  P a r r , C J . e t a l . , MicroRNA-302 switch to identify and eliminate undifferentiated human pluripotent stem cells. S c i e n c e R e p o r t s 6 . 09 September 2016. h t tps : //www.nature .com/articles/srep32532, (accessed 2019-02-15).

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■はじめに

今、地方の国立大学* 1 は殊の外強く冷たい風を受けている。大学は、産業界から大きな資金を呼び込むために企業との「組織」対「組織」

の「本格的な産学連携」が求められている。地方大学にとって厳しいのは、組織対組織の掛け声と、競争的資金プログラムの大型化(競争的資金における選択と集中)が共鳴していることだ。

例えば、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の大型競争的資金のセンター・オブ・イノベーションプログラム(COI)。「拠点もの」と呼ばれる超大型プログラムだ。2013 年度は公的な研究開発資金を 100 とした場合、企業が投入した資金は 30 だった。2017 年度は公的資金 100 に対して民間資金は 71 にまで拡大している。コンソーシアムに参画し手応えがあるからこそ企業は投資を増やしている。

競争的資金が介在しない産学共同研究でも、大学間の経営資源の差の影響がかつてないほど顕在化している* 2。企業との共同研究費受入額、特許権実施等収入などでもトップ 10 大学のシェアが全体の 3 分の 2 を超える(図 1、2)。

格闘技に例えると、一昔前までは体重別階級制度で、さまざまな地方大会があったので、軽量でもそれなりに入賞賞金が得られた。今は、体重無差別、しかも東京で開かれる大きな大会だけという状況だ。

しかし、厳しい環境でも企業からの資金導入やイノベーション創出に向けて健闘している地方国立大学は少なくない。本稿ではその取り組みをスケッチし、示唆を得たいと思う。

筆者は 2015 年春までの 8 年間、本誌の編集長を務めた。この間約 1,500 本の記事を企画・編集。自らも全国の現場や研究者などを取材した。3 年余り前、群馬大学に着任した後も、各地の大学発イノベーション、大学のガバナンスなど

登坂 和洋とさか  かずひろ

群馬大学 研究・産学連携推進機構 特任教授

地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか

第 1 回研究分野の重点化と「研究経営」

連 載

* 1 国立大学 3 類型の一つ「地域貢献型(55 大学)」を念頭に置いているが、限定はしていない。

* 2 大阪大学が 2006 年に創設した「共同研究講座」制度は新しい産学共同研究の仕組みで、同様の取り組みは他大学に広がっているが、3年間で 1 億円規模の講座が常に数十稼働している東京大学、大阪大学などと地方国立大学とでは大きな隔たりがある。

* 3 2016 年度の文部科学省「大学等における産学連携等実施状況について」の情報を基に筆者作成。

図 1  国立大学の民間企業との共同研究の研究費受入額* 3 トップ 10 大学のシェア(2016 年度)

トップ10大学の合計 11位以下の合計

図 2  国立大学の特許権実施等収入* 3 トップ 10 大学のシェア(2016 年度)

トップ10大学の合計 11位以下の合計

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を取材している。本稿は筆者の個人的な立場で執筆するものである。誤解を招かないために基本的に公開情報によって記述する。

■「稼ぐ力」が求められる大学

2018 年 10 月 29 日の日本経済新聞(日経)に「大学、求められる『稼ぐ力』」という記事が掲載された。文部科学省に取材し、産学官連携、大学発イノベーションに関わる政策の背景、施策のトレンドを解説しながら、それに対応すべく大学が模索している姿を紹介している。

いかにも日経的な記事だったが、朝日新聞が、科学技術政策の「選択と集中」を批判的に捉える記事を繰り返し掲載した後だけに、新鮮ではあった。

日経の記事で詳しく書かれていたのは山形大学の取り組み。同大学が 2016 年度に企業から受け入れた共同研究費は 8 億 6000 万円で、過去 5 年間で約 4 倍に増加。年平均の伸び率約 40%は全国の大学でトップ、というのが取り上げた理由だ* 5(図 3)。

同大学に関する話題をもう一つ。その 2 カ月前の 8 月 30 日、東京ビッグサイトで文部科学省主催「オープンイノベーション共創シンポジウム~世界で最もイノベーションに適した国へ~」が開催された* 6。第 1 部は講演と同省の政策報告。第 2 部は「イノベーションシステムの最適化に向けたアクション」と題したパネルディスカッションで、パネリストの中に山形大学の大場好弘理事・副学長の姿があった。

一般的に研究開発は非競争領域→競争領域→事業領域と進む。大場理事は「有機エレクトロニクスシステムイノベーション戦略では競争領域で実績を出したい。それが大学の戦略」と明快に語った。主に競争領域を担うのが、学長に直結した「オープンイノベーション機構(機構長:大場理事)」で、ここが企業と組織対組織の本格的共同研究を進める戦略だ。

このシンポジウムや日経の記事から読み取れるのは、同省が山形大学を、組織対組織の産学連携の成功例として捉え、他大学に奮起を促そうとしていることである。

■重点研究対象は有機エレクトロニクス

山形大学がこのように「稼げる」大学になったのはなぜか。筆者は、2007 年 9 月~ 2014 年 3 月に同大学の学長だった結城章夫氏にイン

タビューを行ったことがある。本誌 2015 年 1 月号に掲載した記事(「山形大学の有機エレクトロニクス研究 伝統の強み生かし世界と戦う拠点整備」)でその時代を振り返ってみる** 1。

* 4 2012 ~ 2016 各年度の文部科学省「大学等における産学連携等実施状況について」のデータから作成。

* 5 記事には「共同研究費の受け入れ額の伸び率ランキング(年平均)」のグラフが付いていて、山形大学から順に筑波大学、長崎大学、豊橋技術科学大学、名古屋大学の名前が並ぶ。記事にはないが、2016 年度に山形大学が企業から受け入れた共同研究費 8 億 6000 万円は、大学別の順位では 11位である。1 ~ 10 位と 12位は、すべてトップ大学のRU11(旧帝大と早稲田、慶應義塾、筑波、東京工業の11 大学で構成するコンソーシアム。正式名称:学術研究懇談会)である。

* 6 同じ会場の同時開催イベントには「イノベーション・ジャパン」(JST と新エネルギー・産業技術総合開発機構

(NEDO)共催)、「JST フェア」(JST 主催)があり、全体として大学の産学官連携部門の最大のお祭りである。

図 3 山形大学の民間企業との共同研究費受入額* 4

0100,000200,000300,000400,000500,000600,000700,000800,000900,000

1,000,000(千円)

2012年度 2013年度 2014年度 2015年度 2016年度

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研究についてどのような方針で臨んだのか。「国立大学であれば、この分野はここでしかやっていない、この分野では日本一だ、日本を代表して世界と戦うという研究分野を幾つか持っていなければいけない」。結城氏は学長として着任してこう考えたという。

浮かび上がったのが、有機エレクトロルミネッセンス(有機 EL)をはじめとする有機エレクトロニクスというテーマだった。

同大学工学部は伝統的に繊維、高分子、プラスチックなどが強い。そして、何より城戸淳二教授がいる。1993 年、城戸教授(当時は高分子化学科助手)の研究チームが、世界で初めて白色有機 EL の開発に成功して以来、有機 EL は「山形大学工学部の看板研究」* 7 になり、世界をリードしていた。

また、山形県は 2003 年、米沢市の工業団地に、城戸教授を所長に迎えて有機 EL の研究所を開設し、巨費を投じて照明用有機 EL の開発に取り組んでいた。有機 EL 関連産業の集積を目指す山形有機エレクトロニクスバレー構想だ。

こうしたことから結城氏は、この分野が山形大学の強みだと思った。着想が光っていたのは重点的な研究対象を「有機 EL」だけでなく、「有機エレクトロニクス」に広げたことである。有機化合物に電気を通して光らせるのが有機 EL だが、逆に有機化合物に光を当てて電気を起こすのが有機太陽電池、また、シリコンの代わりに有機化合物を使った半導体もある。有機化合物を使ったエレクトロニクス全般という構えにして、総合的、相乗的に取り組むようにしたのだ。

2009 年 1 月につくった「結城プラン 2009」の「研究」項目のトップに「有機エレクトロニクスに関する世界的な研究拠点を整備する」と掲げて、宣言した* 8。

■有機 EL、有機太陽電池、有機トランジスタの 3 部門

こうして、有機エレクトロニクスの世界的な拠点整備に向けた同大学の取り組みがスタートし、次々と具体化していった。結城氏によると、一つは 2009 年度に JST の「地域卓越研究者戦略的結集プログラム」に採択され(2013 年度まで)、研究が加速したこと。もう一つは 2009 年の夏、国の大型補正予算があり、文部科学省から「有機エレクトロニクス研究センター」という新しい建物の建設に 16 億円ほどの予算を付けてもらったことだという。

基礎研究の中核を担う有機エレクトロニクス研究センターは 2011 年 4 月、米沢キャンパスに開設された。有機 EL、有機太陽電池、有機トランジスタの 3 部門を柱としてスタートした。有機 EL の城戸教授に加え、他の部門には国内外から著名な研究者を招いたドリームチームとした* 9。

同センターが稼働したあたりから好循環し始め、人と資金が集まり、研究設備も充実していった。同センターのサイトには、取り組んだプロジェクト(獲得した競争的資金等)の一覧が掲載されている* 10。途切れることなく、毎年相当の数のプロジェクトが平行して進んできたことが分かる。

こうした好循環が COI への参画につながり、今日の隆盛をもたらした。COIには現在 18 拠点あり、山形大学の「フロンティア有機システムイノベーション拠点(山形大学 COI)」はその一つ。2013 ~ 2014 年度はトライアル課題だっ

** 1  結城章夫.山形大学の有機エレクトロニクス研究 伝統の強み生かし世界と戦う拠点整備.産学官連携ジャーナル 2015 年 1 月号.https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_c o n t e n t s / 2 0 1 5 / 0 1 /a r t i c l e s / 1 5 0 1 - 0 2 / 1501-02_article.html,(accessed 2019-02-15).

* 7 山形大学広報誌「みどり樹」2009 年春号の特集「世界が一目をおく有機 EL 研究第一人者のホーム、山大工学部。」

* 8 「地方国立大学としてどこまでできるか、選択と集中によってどこまでやれるかという一大実験に挑戦してみようというような気持ちでした」と結城氏は回想している** 1。

* 9 「みどり樹」2011 年夏号の特集「有機エレクトロニクスで世界へ。ノーベル賞級の教授陣が米沢に集結し、

“ドリームチーム”始動。」で、有機エレクトロニクス研究センターについて「有機 EL、有機太陽電池、有機トランジスタの主要 3 部門からなる有機エレクトロニクス分野全体をカバーする国際的研究拠点の形成に向けて動き出した」と述べている。

* 10 JST「地域卓越研究者戦略的結集プログラム」(プロジェクト名:先端有機エレクトロニクス国際研究拠点形成)をはじめ JST、文部科学省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)など、13 の中~大型のプログラム名が並ぶ。

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たが、小山清人氏が学長になった 2014 年 4 月以降も着実に成果を挙げ「拠点」への昇格を勝ち取っている。

■「選択と集中」の波に乗れた

重点研究対象を定め、その研究基盤整備に乗り出した時期は、結城氏が学長に就任した 2007 年秋から 2 年余り。このタイミングが、「稼げる」大学になり得るカギを握っていた。なぜか。理由は二つある。

第一に、科学技術政策の「選択と集中」、競争的資金の大型化が本格化する前に、その受け皿になり得るシーズ育成、体制整備ができたことである。結果的に、「選択と集中」の波に乗れたのである。

2009 年度からの JST「地域卓越研究者戦略的結集プログラム」に採択されたことは幸運だった。ここでの研究がなければ COI につながらなかったかもしれない。研究拠点の有機エレクトロニクス研究センターの建物の建設費のめどが立ったのも 2009 年夏だ。

第二の理由は、大学と県の連携の問題である。山形県は 2003 年から推進してきた山形有機エレクトロニクスバレー構想を 2009 年度末で打ち切り、県の研究所を閉鎖した。研究開発に 7 年間で約 48 億円が投じられた* 11。

同構想が打ち切られた 2010 年春は、山形大学の有機エレクトロニクス重点化の取り組みが軌道に乗っていたので、城戸教授らの研究は途切れることなく続けられた。県が研究所を閉じた公式の理由は、「事業化の段階を迎えている」* 12 というものだが、実際にはまだ基礎研究を続けなければならない状況だった。

■マネジメントの成果

山形大学の研究分野重点化の背景と、産業界から多額の資金を導入できるようになるまでの推移を述べてきた。大学トップ主導で研究分野の選択と集中を行えば、ほかの大学でもブランド力が高まり「稼げる」ようになるのだろうか。そうなるとは限らないと思う。なぜなら、計画を立て組織を立ち上げ拠点を整備しても、思うように進まないのが「大学」であるからだ。

山形大学のすごさは、結城学長、そして 2014 年春以降は小山学長のリーダーシップの下、目指すものを一つ一つ実現してきたことだろう。求心力があるから大胆な改革を行える。「学術研究院」(教員 900 人。分野を分けないで一括管理。院長:学長)* 13 という仕組みもその表れだ。

COI などをベースとした多額の資金導入は、小山学長、大場理事ら現経営陣の手綱さばきによるところが大きいだろう。優れたマネジメント、「研究経営」によるものなのである(図 4)。

(次号に続く)

* 11 廃止になった県の研究所の設備などは、山形大学の当時 の も う 一 つ の 研 究 施 設

「有機エレクトロニクスイノベーションセンター」に引き取った。同センターの建物は大学の外のビジネスパークに建設。用地は米沢市が無償で提供。建設費 15億円のうち 10 億は経済産業省の補助、2.5 億円は県が出し、残り 2.5 億円は大学が自力で用意した** 1。

* 12 2009 年秋に、同構想打ち切りの方針が新聞等で報じられて以降、「県へのご意見」に研究所閉鎖への疑問、研究所再開の要望などが寄せられている。現在も県庁のホームページで見られる。

* 13 「オープンイノベーション共創シンポジウム」講演資料

図 4 「研究経営」を意識した企画・事務と成果管理

企画・マネジメント機能構築に向けた取組の視点

●シーズ情報、共同研究情報・権限等を本部へ集約して共同研究提案力を向上させ、ワンストップで提供

●本部での共同研究のリソース管理や柔軟な契約の締結

●共同研究の遅延リスクを踏まえたプロセス改善

「研究経営」を意識した企画・事務と成果管理

文部科学省・経済産業省『「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」概要』から

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シリーズ 人(ひと)

届きにくい看護師のニーズを形に目白大学 人間学部子ども学科 西山里利准教授

■私費で看護用品を改良

臨床看護の現場で使用される用具や用品。「こうなっていたら使いやすいのに」と、手作りで改良したものを見かけることはないだろうか。目白大学人間学部子ども学科の西山里利(にしやま・さとり)准教授は、看護などの用具・用品開発に向けた臨床と企業連携をテーマに研究を続けてきた。西山准教授は、1987 年に国立善通寺病院附属看護学校(香川県善通寺市、現在の独立行政法人国立病院機構四国こどもとおとなの医療センター附属善通寺看護学校)を卒業。慶應義塾大学病院の脳神経外科、整形外科の混合病棟で看護師として働いていた経験から、医療現場、特に看護師の声が企業に届きにくいと感じていた。現場の「困った」という声を企業に届けて製品に生かすことができれば、企業にも、ケアを提供する看護師にもメリットがあり、最終的にはケアの向上にもつながる。そんな思いから、西山准教授は休日に手芸店やおもちゃ屋などに出向き、材料として利用できそうなものを私費で買い求め、素人ながらも工夫を重ね改良を加えていたという。入院加療する子どものケアを通して幼児教育に関心を持ち、看護に生かそうと、1990年に青山学院大学文学部第二部教育学科に入学した。看護師の仕事の傍ら、夜は学びの時間に費やした。旺盛な探求心はとどまらず、1995年には聖路加看護大学(現聖路加国際大学)大学院看護学研究科に入学し、2年で修士号を取得する。当時勤務していた慶應義塾大学病院に「大学院に行きたい」と退職の相談をしたところ、看護師として大学院で学ぶためであれば辞めることはないと、2年間休職扱いにしてくれたという。大学院修了後、慶應義塾看護短期大学助手(現助教)、聖路加看護大学助手(現助教)を経て、慶應義塾大学看護医療部小児看護領域の助手(現助教)として着任した時、学内のプロジェクトを補助する名目の研究費助成制度があることを知ると、環境情報学部と総合政策学部、看護医療学部の特性を生かした研究として助成を得るため、3学部連携でできる研究を考え、2003 年ごろから、ライフワークともいえる現在の研究を始めることになる。 西山里利准教授 目白大学の研究室で

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■看護師の声を形に

ユーザーからの情報を吸い上げ、企業側で製品化する過程で、時に費用や素材、構造上の問題、そして情報の分断などが原因で、ニーズに合わず使いにくくなってしまうこともある。これまでは実体験がベースだったため、「ほかの看護師や病院はどう考えているのだろう」という疑問から、研究の手始めに全国の看護師に広くアンケートで実態を調査した。すると「日ごろから用具や用品の改善経験がある」という問いに、およそ半数が「経験あり」という回答だった。そして企業との共同研究は、この半数の中の 1割ほどだったという。既存の用具・用品は、なぜか現場では不都合なものが多いと言わざるを得ないようだ。「病院は、病院の都合で用具や用品を導入するので、現場はごく当たり前にそれらを使います。そのため、使い勝手が悪くても我慢して使うか、誰も使わなくなり倉庫行きになることもあります。そもそも、看護師は患者の看護が最優先なので、企業と用品に関する意見交換をする機会はありませんし、共同研究についても、知識や情報がないので企業の選択が難しく、意見を求められても看護部長で止まってしまいます。医師の意見は届いても、看護師の声は企業に届きにくいのです。仮に試作品に意見が反映されたとしても、実現するのは数年後になるのが当たり前なのです」と西山准教授は指摘する。病院や企業にもよるだろうが、実際に使う看護師や患者といった「現場ニーズ」を形にするには、組織的な課題もありそうだ。試行錯誤は続き、用具・用品に関する課題を持つ看護師、患者(一般)、企業に広く呼び掛けるため、まずインターネット上に企業と看護師が意見交換できるサイトを立ち上げ、看護師の声を形にし、現場のニーズを企業に届けるサービスを作ってみた。ユーザー志向の看護用具・用品開発について研究する「NMC-Cubeプロジェクト」というサイトだ。しかし、患者の個人情報の取り扱い上の問題や、仕事中は看護記録やケアなどの業務が手いっぱいで、看護師からの書き込みが少なく活性化しなかったこと、研究期間が終了したことから、現在は閉鎖している。そんな悪戦苦闘の末、フェース・トゥ・フェースで、しかも濃密な意見交換を行うワークショップ中心に転換し、インクルーシブデザインワークショップ(IDWS)という手法にたどり着く。それからはアンケートやブレーンストーミング、モニター調査では伝わらない背景部分や製品開発をワークショップ手法で改善することにこだわっている。今後は、患者参加や、必要な情報がより抽出されるワークショップ手法を開発していく。ニーズとシーズをつないでケアの向上に貢献するとともに、保育者養成校の教員として、幼児にとってのより良い健康教育も創出できるよう、研究に没頭する西山准教授の日々は続く。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)

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オピニオン 「所論」

産学官連携は結婚と心得て —「産」の立場で感じていること—

島津製作所は 2015 年にオープンイノベーションの一環として大阪大学工学研究科に共同研究講座を開設した。研究成果を基にした製品が出るなど、講座の運営に従事する者として一定の手応えも感じている。さらなる発展を模索している段階ではあるが、「組織対組織」型産学官連携を検討されている方に対して、事例の一つとして、今感じていることをお伝えしたい。読者の方からフィードバックを頂くことができれば、非常にありがたいと思う。

■委託型から協働へ

島津製作所は、1875 年の創業当初から、「学」「官」との共同研究・協業に積極的だった。1896 年にはレントゲン博士のX線発見から 11カ月後に、第三高等学校(現・京都大学)と共にX線写真の撮影に成功している。筆者自身、20年近く、国内外の多くの大学、公的研究所、企業との共同研究に携わってきた。これまでの共同研究は、2018年7月号の本コラム**1で、「あるテーマを解決可能な大学教員を企業が探索し、研究者と協議」「新しい研究領域を進めている研究者情報の取得」などを目的とする、と書かれている通りである。いわば、「人」対「組織」の、委託型の連携である。一方、島津製作所でも1990 年ごろから、「組織対組織」型産学官連携が始まったが、研究支援のための連携講座、寄附講座などの形だった。

■対等の立場で

筆者が担当する「大阪大学・島津分析イノベーション共同研究講座」は、メタボロミクス*1 という新技術を核として、オミクス(omics)*2 関連技術およびその応用の研究開発を進めている。大阪大学の「共同研究講座」は「大学の教員と出資企業からの研究者とが共通の課題について対等の立場で共同研究を行う」と定められている**2。「対等の立場」が強調された「組織対組織」型産学官連携は、新鮮であった。講座設置決定後に、准教授の交代といった想定外の出来事もあったが、大阪大学工学研究科や産学共創本部の支援を得て、共同研究講座は大阪大学と島津製作所の「つなぎ目」として、さまざまな研究開発テーマが動く場に育った。4年目の今年度は、複数の論文発表と研究成果を基にした二つ目の製品化にこぎ着けられそうだ。

飯田 順子いいだ  じゅんこ

株式会社島津製作所 分析計測事業部 ライフサイエンス事業統括部シニアマネージャー/大阪大学大学院工学研究科「大阪大学・島津分析イノベーション共同研究講座」招聘教授

** 1  正城敏博.「共同研究」をやめませんか?.産学官連携ジャーナル 2018 年 7 月号.https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_c o n t e n t s / 2 0 1 8 / 0 7 /a r t i c l e s / 1 8 0 7 - 1 0 / 1807-10_article.html,(accessed 2019-02-15).

* 1 生体内の代謝産物を網羅的に検出・解析し、その挙動を精密に捉えることによって細胞の生命活動を包括的に調べる技術。

* 2 生体中に存在する分子全体を網羅的に研究する学問。

** 2  共同研究講座・協働研究所の開設.大阪大学.http://www.osaka-u .ac.jp/ja/research/i_on_c/co l laborat i ve_ lab,(accessed 2019-02-15).

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■「恋人」から「結婚」へ 企業側もマインドセットを

「組織対組織」型産学官連携では大学と企業の接点が多くなる。従来型の「人対組織」共同研究が「友だち」から一歩進んだ「恋人」状態だとすれば、「組織対組織」型はさらに進んだ「結婚」に近いように思う。恋人同士であれば都合の良い面だけを見ていることができる。他方、結婚生活においては育ちや家(所属機関)のしきたりの違いにも直面する。戸惑いを覚えると同時に、相互理解も深まり日常の会話など意外なところで新しい研究テーマや課題、解決策などに気付く。大阪大学で感じることはないが、「予算獲得のために企業と付き合おう」「企業は金を出して当然」のような意識を感じることもゼロではない。企業側も、「教えてもらう」だけではなく、「課題と解決策を自ら提案する」「研究をリードする」くらいのマインドセットが必要である。配偶者同士が互いを尊重しつつ本音でぶつかり合ってこそ、結婚生活もうまくいくのだ。

■今後取り組もうとする方へ

オープンイノベーションの要諦については、多くの書籍で触れられているが、次の二つに特に共感を覚えている。1.法務・知財部門の支援2.経営トップの継続的なコミットメント・支援と関心「組織対組織」型産学官連携では、プロジェクトと関係部署が多岐にわたる。知的財産(知財)を含む各種契約数が増加するとともに、社内で前例のない新規技術やビジネスモデル開発の機会もある。これらを効率的に進めるため法務・知財部門の支援が不可欠だ。「10年以上先の未来を見据え、オープンイノベーションを進めたい」と考える経営トップは多い。「組織対組織」型は、包括契約の下、新しいアイデアの創出や実行を行いやすく、オープンイノベーションに適している。ただ、大学に設置される共同講座などの組織では、企業から派遣される常駐研究員の数が限られている。おのずと出身企業を巻き込んでプロジェクトを推進することになる。しかし、企業側でも事業部門・研究部門の管理職は多忙で、手を差し伸べる余裕がない。経営トップが、継続的な支援を表明して常駐研究員のやる気を高めたり、本社の協力を引き出したりすることが、連携プロジェクトの成功につながると考える。最後に、「組織対組織」型産学官連携は、「結婚する前は両目を大きく開いて見よ。結婚してからは片目を閉じよ」の格言が生きると思う。考え方や規則など多くの相違が出てくるだろうが、相互理解と信頼を深め、ともにゴールを目指すことが重要だからだ。

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産学官連携ジャーナル(月刊)2019 年 2月号2019 年 2 月 15 日発行

PRINT  ISSN 2186 - 2621ONLINE ISSN 1880 - 4128

Copyright ©2019 JST. All Rights Reserved.

編集・発行国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)産学連携展開部産学連携プロモーショングループ

編集責任者野長瀬 裕二 摂南大学 経済学部 教授 

問い合わせ先「産学官連携ジャーナル」編集部編集長 山口泰博、萱野かおり

〒 102-0076東京都千代田区五番町 7

K’s 五番町TEL:(03)5214-7993FAX:(03)5214-8399

地域資源循環産業

青森県蓬田村(よもぎたむら)では、2015 年から主要産業のホタテ養殖付着残渣(ざんさ)に鶏糞(けいふん)、籾殻(もみがら)を加え、北海道企業の特許技術を用い、堆肥化する施設を建設した。施設稼働と同時期に、役場からこの堆肥活用の相談があった。本学農学生命科学部・蔬菜(そさい)専門の前田教授に相談したところ、「既に蓬田村でタマネギの青森県産地化研究に着手しており、お手伝いできます」と快諾を得た。青森県は、日本一の生産量を誇る農産品が多い中、タマネギ生産量が全国最下位の現状に、前田教授が水田転作作物として、生産者と一緒に研究が進行していた。特に、国内流通量が減る7~9月の高値取引に期待を寄せている。蓬田村では、生産量確保と同時に、タマネギを用いたカレーなどの商品化の検討も始まっている。ホタテ養殖の厄介者の付着残渣(ざんさ)から堆

肥が生まれ、堆肥を用いタマネギ生産を加速させ、加工品を産地で商品開発し、地域外からの収入を得る。今までなかったタマネギを中心として新たな産業循環が生まれていく。さまざまな知見を投入し、地域資源再検討で、新

事業を地域に興していく。まさに、地方における、産学連携・社会貢献活動の重要な役割である。

上平 好弘 弘前大学 研究推進部 地域連携コーディネーター

新国富指標と社会関係資本

社会が豊かであるとはどういうことなのか? 豊かさの指標とはどういうものなのか?国や行政は社会資本投資としてインフラを整備し

てきた。しかし、予算制約から必要性の高いものに優先して投資する現実がある。東京オリンピックを控え、全国でインフラの再整備が進もうとしている。今、インフラの新規投資の際に、人工物だけでなく人や自然など総合的に考え、地域が持続可能になるために包括的富を評価する「新国富指標」が注目されている。新国富指標は人工資本、人的資本、自然資本で構

成され、地域の多面的な豊かさを総合的に金銭単位で示すものだ。国内総生産(GDP)のような経済活動による所得の流れ、フローのみを計測する方法と違い、自然資源や人的資本といったストックをも把握して総合的に富の評価をするものだ。社会の豊かさを示す点では市民や地域全体のつながりを重視する考えもあろう。地域組織や団体での活動の頻度、投票率、ボランティア活動、友人や知人とのつながり、社会への信頼度なども社会関係資本の豊かさを示す指標だろう。金銭的な貧困のみを議論するのではなく、社会関

係資本や自然の豊かさをも含め多面的に追求することが、持続的豊かさの実現につながるのではないだろうか。

山本 外茂男 北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携本部 地域連携推進センター長/          産学官連携推進センター 知的財産部門長、教授

昨年末、東京工業大学からお誘いを受け、知財研究会に参加した。翌日から世間は休みに入ると思えないほど、大学や研究機関、企業の担当者も足を運び熱心に耳を傾ける。ゲストの株式会社東京大学TLO・山本貴史社長は冒頭で「東京五輪・パラリンピックの関連事業の利用に限って、東大の知財を無償で提供しています」と PRを忘れない。そういえば、もう来年が五輪イヤーだと気付かされ、いよいよ現実味を帯びてきた。56年ぶりの日本開催は、あらゆる側面で商機の可能性を秘めている。無償ライセンスを武器に、五輪というビッグイベントに乗じ、世界へ発信する好機となるかもしれない。 本誌編集長 山口 泰博

編 集後記

視 点

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