教 育 学 - 河合塾の大学入試情報サイト Kei-Net...60 Kawaijuku Guideline...

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58 Kawaijuku Guideline 2012.45 17 注目の 学部 学科 教育学は、人を育て成長させる営みについて、学校における授業や指導の問題にとど まらず、広く社会や文化の問題として考える学問だ。そのため、哲学や心理学、言語学、 社会学、政治学、経済学、歴史学、法学など人文科学、社会科学のほとんどの学問領域 に加え、教科教育に関しては自然科学とも関わりの深い総合科学といえる。 また、教育の内容は社会や文化の価値観を強く反映するため、教育を研究対象とする 教育学も、社会や時代の動きに合わせて絶え間なく変化しつづけている。 今回は、教育学の大きな枠組みと、研究動向などを概観した上で、教育学の幅広さを 実感できるような、魅力ある研究や教育を紹介する。 [シリーズ] 教 育 学 済的自由などを手にした。子 どもが教育を受ける権利も基 礎的な人権のひとつとして保 障されたが、これは同時に子 どもの学習を保障する親や社 会の義務としての側面も持っ ていた。ここに現代の教育学の原点がある。 その後、18 世紀から 19 世紀にかけて西欧で国民国家 が形成される中で、国家単位での教育の整備が進んだ。 共通の教育によって、言語や歴史認識を共有することは 市民社会の成立と深く関わり 産業社会に寄り添って発展した教育学 教育には、文化の伝承を通して人間を自立させ、社会 に参加させるという働きがあり、人類が社会生活を始め て以来の長い歴史がある。教育を意識的に取り組む対象 としはじめたのは古代ギリシャ時代であり、当時の教育 学は、貴族階級における弁論術の教授を目的としていた。 現在の教育学の成立は 17 世紀の近代市民社会の出現 と深く関わっている。近代市民社会の多くは民主主義社 会の成立を目的に掲げ、市民は参政権や言論、信仰、経 C ONTENTS ………………………………………………p58 …………………………………………p62 ……………………………………p64 ………………………………………p66 ………………………………………p68 …………………………………p70 …………………………………p72 …………………………p73 概説 21 世紀の教育課題を解決する 新たな教育学のあり方を模索 東京大学 佐藤学教授 入試情報 教育心理学 滋賀大学 若松養亮教授 学校経営学 兵庫教育大学 大野裕己准教授 教育社会学 群馬大学 結城恵教授 授業・ゼミ紹介 大阪大学 西森年寿准教授 卒業後の進路 卒業生インタビュー 21世紀の教育課題を解決する 新たな教育学のあり方を模索 概説 東京大学大学院教育学研究科 佐藤 学 教授

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58 Kawaijuku Guideline 2012.4・5

第 17 回

注目の学部・学科

 教育学は、人を育て成長させる営みについて、学校における授業や指導の問題にとどまらず、広く社会や文化の問題として考える学問だ。そのため、哲学や心理学、言語学、社会学、政治学、経済学、歴史学、法学など人文科学、社会科学のほとんどの学問領域に加え、教科教育に関しては自然科学とも関わりの深い総合科学といえる。 また、教育の内容は社会や文化の価値観を強く反映するため、教育を研究対象とする教育学も、社会や時代の動きに合わせて絶え間なく変化しつづけている。 今回は、教育学の大きな枠組みと、研究動向などを概観した上で、教育学の幅広さを実感できるような、魅力ある研究や教育を紹介する。

[シリーズ]

教 育 学

済的自由などを手にした。子

どもが教育を受ける権利も基

礎的な人権のひとつとして保

障されたが、これは同時に子

どもの学習を保障する親や社

会の義務としての側面も持っ

ていた。ここに現代の教育学の原点がある。

 その後、18 世紀から 19 世紀にかけて西欧で国民国家

が形成される中で、国家単位での教育の整備が進んだ。

共通の教育によって、言語や歴史認識を共有することは

 市民社会の成立と深く関わり 産業社会に寄り添って発展した教育学

 教育には、文化の伝承を通して人間を自立させ、社会

に参加させるという働きがあり、人類が社会生活を始め

て以来の長い歴史がある。教育を意識的に取り組む対象

としはじめたのは古代ギリシャ時代であり、当時の教育

学は、貴族階級における弁論術の教授を目的としていた。

 現在の教育学の成立は 17 世紀の近代市民社会の出現

と深く関わっている。近代市民社会の多くは民主主義社

会の成立を目的に掲げ、市民は参政権や言論、信仰、経

CONTENTS

………………………………………………p58

…………………………………………p62

……………………………………p64

………………………………………p66

………………………………………p68

…………………………………p70

…………………………………p72

…………………………p73

◆概説21世紀の教育課題を解決する新たな教育学のあり方を模索東京大学 佐藤学教授

◆入試情報

◆教育心理学  滋賀大学 若松養亮教授

◆学校経営学  兵庫教育大学 大野裕己准教授

◆教育社会学  群馬大学 結城恵教授

◆授業・ゼミ紹介  大阪大学 西森年寿准教授

◆卒業後の進路

◆卒業生インタビュー

21世紀の教育課題を解決する新たな教育学のあり方を模索概説

東京大学大学院教育学研究科佐藤 学 教授

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Kawaijuku Guideline 2012.4・5 59

国家という共同体を作り上げるために不可欠だ。その実

行のために各国で、学校設置や教員養成、カリキュラム

開発などが体系的に行われるようになった。

 さらに 20 世紀に入り、大量生産システムを中心とす

る産業主義の時代に入ると、教育学は大きく変化する。

東京大学大学院教育学研究科の佐藤学教授によれば、

1911 年に発表された「テーラーシステム」(注)と呼ばれ

る科学的な労務管理システムが、教育学に色濃く反映さ

れるようになったという。「教育の場面において、生産

目標を教育目標、流れ作業のラインを系統化・効率化し

たカリキュラム、クオリティ・コントロールをテストに

よる評価へと、それぞれ置き換えて導入したことで、

1910 年代には、今日馴染んでいるような、教科による

段階的な教育課程の編成や、経済効率性を高める一斉授

業、達成度を測るテストなどで学校を管理する学校教育

システムが成立したと考えています。教育が社会の影響

を受けたと同時に、こうした社会システムに対応できる

人材が求められていた結果でもあるでしょう」

 このように近代の教育は、①市民社会を形成するため

の人権(学習権の保証)としての教育、②国民国家を成

立させるための国民教育、③産業社会を進展させるため

の教育という3つの性質を持っていた。それを支えたの

が、行動主義の心理学やシステムの社会学、教育効果を

高める経済学、教育史学、教育哲学、教授学、カリキュ

ラム研究などの多くの学問分野であり、教育学はそれら

の知見の総合科学として発展してきた。

 より高度な学びが求められる 「知識基盤社会」に対応した教育へ

 こうして成立した近代型の教育は、現在大きな転換点

を迎えている。その要因は大きく3つある。

 第 1 は、義務教育がほぼ 100%普及したことによって、

教育を施す対象が大きく変化したことである。日本では

1872 年の学制発布からわずか 30 年ほどで義務教育の就

学率は 90%を超えた。また戦後の学制改革以降は中等

教育、高等教育が急速に普及し、1980 年には高校進学

率が 94%を超え、大学進学率も約 37%と世界最高水準

に達した。

 「1980 年頃を境に学校教育の普及が完了し、生涯学習

という概念が国内でも受容され始めます。学校卒業後も

キャリア開発や社会貢献・参加を目指して、より自律的

に人々が学び続ける、またその必要性がある社会が到来

したといえます。こうした学びの場や形式、参加する人

の多様化と拡大を受けて、教育学が扱う対象も、学校か

ら社会へと広がってきました」(佐藤教授)

 第2は、グローバリゼーションの急速な浸透により、

教育の目的が大きく変化したことである。先述の通り、

近代教育の大きな目的のひとつは、所属する国家の構成

員を育成することだった。しかし、人や物の移動が活発

化し、国境が希薄になった現代では、環境問題をはじめ、

世界的に取り組むべき問題も増えている。そこで国家の

単位を超え、グローバルな視点を持つ市民を育成するこ

との重要性が大きくなってきた。佐藤教授によれば、「地

球市民」だけではなく、旧来からの「日本社会の市民」「地

域共同体の市民」を加えた3つの側面を備えた市民の育

成が必要だという。「think globally act locally」、もしく

は逆に「think locally act globally」とも言われるように、

地球、国家、地域などの複数の共同体に同時に所属する

構成員として、柔軟に問題解決に取り組むことができる

人材の育成が求められるようになっている。

 第3は、産業社会の終焉により、教育が立脚する基盤

としての社会が変化したことだ。すでに、大量生産・大

量消費による、物の生産と消費が市場経済の中心をなす

産業社会の時代から、知識や情報、対人サービス(医療・

福祉・教育)などが市場経済の中心を占める知識基盤社

会への時代へと移行しつつある。社会が変わると、仕事

の内容も変わる。日本では 1970 年代までは労働市場の

7割を工場労働者が占めていたが、現在は約 16%、10

年後には数パーセントになり、産業・雇用の中心が移行

していくと予想される。こうした社会では知識や情報を

用いて、新しい価値を創出できる人材が評価される。各

人に求められる能力がより複合化、高度化し、教育の重

要性が上がると考えられる。そうした変化に合わせて教

育内容も変化しているのだ。

 社会構造の変化を受けて、研究手法・領域も変化 質的研究の台頭を経て、新たな模索が始まる

 このように産業社会から、知識基盤社会への変化を受

けて始まった教育学の転換は、研究手法や研究領域にも

変化をもたらした。 

 研究手法は「数量的研究」(行動科学的研究)から「質

的研究」(解釈的研究)へ大きく変化した。それまでの

(注)テーラーシステム…従来の経験や勘による管理を排し、時間測定や動作改善により科学的に各労働者の標準作業量(課業)を定め、それに基づいて生産を計画的に進行させる工場管理の方式。専門化された現場管理組織の設定と、課業の達成を刺激する賃金制度を柱とする。

21世紀の教育課題を解決する新たな教育学のあり方を模索

概説

入試情報

教育心理学

滋賀大学

学校経営学

兵庫教育大学

授業・ゼミ紹介

大阪大学

教育社会学

群馬大学

卒業後の進路

卒業生インタビュー

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60 Kawaijuku Guideline 2012.4・5

注目の学部・学科 教 育 学

教育学は、産業社会に呼応するように、教育の生産性や

効率性に価値を見出す実証科学や行動科学などを基盤と

した研究が中心だった。しかし、知識基盤社会への移行

に伴い、従来の研究手法から脱却するためにいろいろな

実験が行われた。研究者が長期間にわたり教育現場を観

察、あるいは構成員として参加した体験からデータを得

て、分析する研究方法はそのひとつだ。その具体的な研

究手法としては、現場で起こっていることをその過程や、

同時進行的な複数の事象との関連などを含めて、総合的

に解釈していく「エスノグラフィー」と呼ばれる文化人

類学的な研究手法や、会話や身振りを分析することで、

現場で認識されていない隠れた秩序を見出したり、既に

日常的に行われている物事が成立する要因を明らかにし

ようとしたりする「エスノメソドロジー」と呼ばれる社

会学的な研究手法が挙げられる。また、言語学、精神分

析学、認知科学などの新しい研究モデルを用いて、教育

の現象やプロセスを明らかにする研究への転換も急速に

進んだ。

 「数量的な分析が必要な場面もあります。ただし仮説

の正誤を確認することが主目的の研究は、少なくとも教

育学の最前線では通用しなくなっています。原因と結果

を1対1の構図で見ずに、データから生まれた問いを実

際の生徒の事例と照らし合わせるなどして、どんな要素

が絡んで起きている現象かを総合的、複合的に見ようと

する、質的な視点が必要です。しかし、こうした研究手

法の変化があまりにも劇的に普及したために、現在では

質的研究自体が保守的になってしまい、新たな研究手法

の模索が始まっています」(佐藤教授)

 研究領域や研究内容も多様化している。例えば、大学

の大衆化や、知識の商品化を背景に、従来の教育学では

あまり扱ってこなかった高等教育が新たな研究領域とし

て浮上してきた。

 また、学校の在り方についても、市場競争が教育の質

を高めるという議論と、教師の専門性と自律性を高め学

校の民主主義を発展させることが教育の活性化を導くと

いう議論が激突している。

 初等・中等教育の研究も新たな局面を迎えている。こ

れまでの「量」を問う時代から、学びの質や教育内容の

<図表>教育学構造図

<教育実践・政策研究の領域>

<学校教育学>

 教師研究 カリキュラム研究 授業研究 教科研究 情報教育 保育研究 特別支援教育研究

<生涯学習研究>

 社会教育学 生涯学習論 図書館学 博物館学

<教育行政研究>

 学校行政研究 教育財政研究 教育経営研究 教育法学

<高等教育研究>

 大学教育研究 大学経営研究 高等教育政策研究

<教育学基礎研究の領域>

教育哲学 教育史学日本教育史東洋教育史西洋教育史

教育社会学学校社会学教育計画教育政策

教育心理学発達心理学学習心理学臨床心理学

比較教育学地域研究開発教育

身体教育学スポーツ科学保健教育

(佐藤先生提供)

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質、教師の質などの「質」が問われる時代への変化にど

う対応していくかを考える必要がある。同時にそうした

質の高い教育をすべての人に保障する「平等」も追求し

ていかなくてはならない。

 「一人残らず社会参加できるようにすることが大きな

課題になっています。質と平等を同時に追求するために

どのような教育を進めるべきか。これは 21 世紀の教育

改革の中心問題であると考えています」(佐藤教授)

 今後の教育学は「学びの科学」として発展 教養教育は最重要テーマの1つに

 教育学はさまざまな関連諸科学を包括した総合科学で

あるため、研究テーマは多岐にわたるが、中でも、最近

教育学で注目されている研究テーマをいくつか紹介す

る。

 まずは、教師の専門性に関する研究である。過去 20

年間の教育改革の中心は、教師教育改革でもあった。産

業社会から知識基盤社会へ変化する中で、新たな教育を

切り開いていく中心になるのが教師であり、その専門能

力と職業倫理を高めていくことが、最重要課題になって

いる。キーワードは専門職化と高度化であり、よく知ら

れているように、先進諸国はすでに大学院レベルで教師

教育を行っている。また教師には、教育の専門家として

の能力に加え、持続可能な社会や平和な社会、貧困を克

服できる社会へのグローバルな視野も求められており、

教師教育に関する研究は、今後も大きな研究テーマであ

る。

 学習の研究も、重要な研究テーマとして認識されつつ

ある。これまでの教育学では、教育を「教える制度」と

して議論してきた。しかし 21 世紀の教育学では「学ぶ

制度」と捉える考え方が中心になる。すなわち、教える

ことを中心に研究する教育学から、学びを促進する、あ

るいは支援する教育学への転換だ。佐藤教授は「教育と

学習は切り離すことはできませんが、今後は学ぶという

行為を機軸にして、制度やシステム、内容を考える方向

に向かうはずです。学問の名称が変わることはないと思

いますが、教育学は『学習科学』あるいは『学びの科学』

として展開されることになるでしょう」という。

 また、これまでは個人を単位として考えることが多

かった学習の研究も、現在は、他者と共に課題に取り組

む、発見を共有するなど、他者とのかかわりの中で学び

を考えるようになってきている。こうした新しい学習観

も今後の教育学では重要になってくる。

 教養教育も 21 世紀における教育学の重要なテーマで

ある。佐藤教授は、現在の社会の最大の病は「教養の崩

壊と解体」だと指摘する。「社会を身体とすれば、教養

は血液。知識は商品化され、消費されているだけであり、

教養こそが、人と人を結びつけ、賢くし、自立させ、共

同で創造的に社会をつくっていく基盤となります。です

から小学校から高等教育まで含め、教養教育をどう構築

していくかということは、山積する課題の影に隠れてい

るものの、実は最重要テーマだと考えています。しかも、

これは教育学者だけで追究することは不可能ですから、

幅広い学問と連携しながら、今後の社会の在り方を問う

ような、新しい展開になるはずです」

 「現在の若者は、こうした新しい教育学の胎動を実感

として理解している気がします。教育学を目指す学生に

は、個別の狭い学問領域にとどまらず、広い視野で新し

い教育の在り方を追い求めていってくれることを願って

います」(佐藤教授)

概説

入試情報

教育心理学

滋賀大学

学校経営学

兵庫教育大学

授業・ゼミ紹介

大阪大学

教育社会学

群馬大学

卒業後の進路

卒業生インタビュー

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62 Kawaijuku Guideline 2012.4・5

 ここでは、教育学が学べる大学の入試について見てい

くが、河合塾の国公立大の学部系統分類では、学問とし

て教育学を学ぶ人文系の学科と、教員養成課程にある教

育学、教育科学、学校教育学、教育心理学、発達教育、

臨床教育、教育実践学等のコース・専攻を区別している。

ここでは前者を「人文系教育学」、後者を「教員養成系

教育学」と区別して分析した。(私立大は区別なし)

 近年は資格志向により人気上昇

 はじめに、近年の志願者数の推移について簡単に触れ

ておく。

 2008 年のリーマンショック以降の不況を背景として、

近年の大学入試は、理系人気、資格系学科人気が続いて

いる。今回のテーマである「教育学」は必ずしも教師に

なるための学科ではないが、卒業後の進路として「教師」

を意識している生徒が多いためか、「人文系教育学」「教

員養成系教育学」「私立大」とも同様の人気傾向を示し

ており、2010 年以降は志願者数、倍率とも上昇している。

 センター試験科目は 国公立大は7科目、私立大は2~3科目が中心

 次に入試科目の特徴を見ていこう。<図表 1 >は国

公立大のセンター試験科目数別の募集区分件数を集計し

たものである。人文系教育学の前期日程では文型を中心

に7科目を課す大学が7割を超えている。理型は京都大

(教育-教育科学)の理系入試、選択型は福島大(人文

社会-人間-人間発達)と神戸大(発達科学-人間形成)

である。6科目以下の大学は、5教科5科目を課す筑波

大(人間-教育)を除く4大学は全て公立大である。後

期日程は半数強の大学で行われる。ほとんどの大学が前

期日程と同じ入試科目で行うが、東京大は前期日程を文

科三類として募集するため文型 7科目を課すが、後期日

程は理科三類以外の一括募集で行うため5教科6科目に

変わる。

 教員養成系教育学の前期日程に目を移すと、ほとんど

の大学が7科目を課しており、その中でも選択型の比率

が高いことがわかる。全体の約 65%が選択型であり、

唯一の理型は東京学芸大(教育-初等-情報教育)で、

6教科6科目の茨城大(教育-学校-教育基礎)、5教

科5科目の山口大(教育-学校-国際理解教育)の2大

学のみが6科目以下の出題である。後期日程でも大勢は

変わらないが、6科目以下の大学がやや多くなる。信州

大(教育-学校-現代教育)と富山大(人間発達科学-

発達教育)が5教科6科目に、奈良教育大(教育-教育

-教育学、教育-教育-心理学)と佐賀大(文化教育-

学校-教育学・教育心理学)が5教科5科目に、福井大

(教育地域科学-学校-臨床教育科学)が3教科3科目

に、いずれも前期日程の選択型から科目数を減らしてい

る。

 <図表 2 >は私立大のセンター試験利用入試の科目

数の集計である。2~3科目を課す入試が全体の8割を

占めている。センター試験1科目で受験できる入試が

23区分あるが、そのうち 18区分はセンター試験とは別

に大学独自試験で1~2科目の試験を課しているので、

最低2科目は必要と考えるべきだろう。6科目を課すの

は関西大(文-総合人文-前期5教科)と西南学院大(人

注目の学部・学科 教 育 学

入試情報

<図表 2>私立大      センター試験利用入試の科目数

※ 選択する免許によって試験科目が異なる愛知教育大-中等-教育科学を除いて集計

<図表 1>国公立大     センター試験の科目数

センター科目数人文系教育学 教員養成系教育学前期 後期 前期 後期

文型(5(6)教科 7 科目) 10 5 17 12理型(5 教科 7 科目) 1 1 1選択型(5(6)教科 7 科目) 2 2 37 255(6)教科 6 科目 1 1 1 35 教科 5 科目 2 1 1 34 教科 4 科目 1 13 教科 3 科目 1 1合計 18 10 57 45

センター科目数

大学独自試験合計

課さない課す

1 科目 2 科目 3 科目1 科目 5 6 12 232 科目 97 8 5 1 1113 科目 122 1224 科目 11 115 科目 12 126 科目 2 2合計 249 14 17 1 281

※ 英・数・国・理・地・公の主要6教科を教科数としてカウント

教科数 教科パターン 前期 後期

4 教科英、数、国、地2 1英、数、国、地 1英、数、国、理 1

3 教科英、数、国 4英、国(数、地→1) 2 1英、数(国、理→1) 1

2 教科英、国 3英(数、国、地公→1) 1

1教科(英、数→1) 1(英、数、国→1) 1

教科なし小論文 3 5総合問題 2課さない 1

合計 18 10

<図表 3 >国公立大2次試験      人文系教育学の教科パターン

※2011 年度入試科目で集計※2011 年度入試科目で集計

※2011 年度入試科目で集計

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Kawaijuku Guideline 2012.4・5 63

ボーダー得点率(%)

国公立大私立大人文系教育学 教員養成系教育学

前期 後期 前期 後期90.0 ~ 1 1 285.0 ~ 89.9 2 980.0 ~ 84.9 6 3 3675.0 ~ 79.9 5 3 3 11 4970.0 ~ 74.9 1 2 19 21 4665.0 ~ 69.9 1 1 27 9 3160.0 ~ 64.9 2 6 4 3355.0 ~ 59.9 3 2250.0 ~ 54.9 2145.0 ~ 49.9 1640.0 ~ 44.9 16

合計 18 10 58 45 281

ボーダー偏差値

国公立大私立大人文系教育学 教員養成系教育学

前期 後期 前期 後期70.0 ~ 167.5 ~ 69.9 265.0 ~ 67.4 762.5 ~ 64.9 4 260.0 ~ 62.4 3 1 557.5 ~ 59.9 2 1 1 2 2355.0 ~ 57.4 1 4 2652.5 ~ 54.9 16 2950.0 ~ 52.4 2 9 3047.5 ~ 49.9 1 4245.0 ~ 47.4 1842.5 ~ 44.9 2840.0 ~ 42.4 3737.5 ~ 39.9 3035.0 ~ 37.4 52

BF(ボーダーフリー) 24

ランクなし(教科試験を課さない) 3 8 27 43 6

合計 18 10 58 45 359

間科学-児童教育-前期)である。

 教員養成系教育学では面接を課す大学も

 続いて、国公立大2次試験と私立大の一般入試の特徴

を見ていく。<図表 3 ~ 5 >は人文系教育学、教員養

成系教育学、私立大の2次・私立大一般入試の教科パター

ン別件数の集計である。人文系教育学の前期日程で 4教

科を課すのは東京大、京都大であるが、それ以外でも2

~3教科を課すのが主流であり、科目負担は比較的重い。

これに対し教員養成系教育学は3教科以上課す大学はな

く、1~2教科または小論文入試が主流となっている。

後期日程では教科試験を課す大学は少なく、人文系教育

学では小論文、総合問題が主流、教員養成系教育学では

面接を課す入試が主流となっている。人文系教育学で面

接を課す大学はない。なお、教科試験で課す数学、国語

の範囲については、ほとんどの大学が、数学は数学Ⅱ・

数学Bまで、国語は古文・漢文を含む全範囲としている。

私立大一般入試では、英語・国語を中心とした2~3教

科入試を行うところが圧倒的に多い。また、他系統に比

べ面接を課す大学が多く、教科数が減るほどその傾向は

強まる。2教科入試では 15%、1教科以下の入試では

64%が面接を課している。数学を課す場合の範囲は、

67%が数学Ⅰ・数学Aまで、16%が数学Ⅱ・数学Aまで、

11%が数学Ⅱ・数学Bまで、5%が数学Ⅰのみである。

国語については、73%が現代文のみ、22%が古文まで、

5%が漢文まで出題する。

 入試難易度は人文系教育学で高い傾向 私立大は幅広く分布

 最後に入試難易度を確認しよう。<図表 6 ~ 7 >は

センター試験のボーダー得点率と、国公立大2次試験・

私立大一般入試のボーダー偏差値別の募集区分件数の集

計である。人文系教育学はボーダー得点率 75.0 ~

84.9%、2次偏差値 60.0 ~ 64.9 近辺が最も多くなって

おり、教員養成系教育学はそれより低めでボーダー得点

率 65.0 ~ 74.9%、2次偏差値 50.0 ~ 55.0 となっている。

一方私立大はセンター入試、一般入試ともに、難関大か

ら比較的合格しやすい大学まで万遍なく分布している。

<図表 6>教育学系センター試験の     ボーダーライン別募集区分数

<図表 7>教育学系      国公立大 2 次試験・私立大一般入試の      ボーダー偏差値別募集区分数

※ 英・数・国・理・地・公の主要6教科を教科数としてカウント※( )内の数は面接を課す(内数)※ 選択する免許によって試験科目が異なる愛知教育大-中等-教  育科学を除いて集計

<図表 4 >国公立大2次試験     教員養成系教育学の教科パターン

教科数 教科パターン 前期 後期

2 教科(英、数、国→2) 10英、国 4数、国 3 (1)

1教科

(英、数、国→1) 5 2英 5 (1)国 2 (1)数 1

教科なし

小論文 25 (1) 12 (4)総合問題 1実技 1面接 1 (1) 23(23)課さない 7

合計 57 (5) 45(27)

教科数 教科パターン 募集区分

3 教科

英、国(数、地公→1) 52英、国(数、理、地→1) 18英、国(数、理、地公→2) 13

(英、数、国、理、地公→3) 12英、国(数、地→1) 9 (2)英、国、地公 7英、国、地 6上記以外 32

2 教科

英、国 55 (5)(英、数、国、理、地→2) 13(英、数、国→2) 12 (3)英(数、国→1) 9

(英、数、国、理、地公→2) 9 (1)国(英、数、地→1) 8 (8)上記以外 79(10)

1 教科(英、国→1) 6 (3)(英、数、国→1) 4 (2)上記以外 9 (6)

教科なし 小論文、プレゼンなど 6 (5)合計 359(45)

※ 英・数・国・理・地・公の主要6教科を教科数としてカウント※( )内の数は面接を課す(内数)

<図表 5 >私立大一般入試の教科パターン

※2011 年度入試科目で集計

※2011 年度入試科目で集計

※ 図表 6、7 のボーダーラインは 2012 年 3 月現在※ 図表 6、7 は愛知教育大ー中等ー教育科学を含む

概説

入試情報

教育心理学

滋賀大学

学校経営学

兵庫教育大学

授業・ゼミ紹介

大阪大学

教育社会学

群馬大学

卒業後の進路

卒業生インタビュー

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64 Kawaijuku Guideline 2012.4・5

 教育は新しい知識や技術などを修得させるのと同時に、心身の健全な成長を支援する営みだ。学習も心の働きと無縁ではない。教育心理学では、そうした教育のさまざまな場面における心の問題を扱う。また、心のメカニズムを解明するだけでなく、問題解決の実践活動まで視野に入れることも多い。近年話題になっている、若者のコミュニケーション能力や、教員のメンタルヘルスなども新しい研究分野として注目されている。

滋賀大学教育学部若松 養亮 教授

注目の学部・学科 教 育 学

 教育上の問題を主たる関心に据え 実験・調査を通して解決への糸口も探る

 心理学はデータや事実をもとに、人の心の動きや行動などに法則を見出していく学問です。教育心理学もまた、データに基づいて教育の諸相に横たわる法則性を解き明かしていく学問です。 教育心理学には大きく2つの立場があります。心理学のテーマに主な関心があり、それを追究するために教育問題を題材に選ぶ立場と、教育の問題に主な関心があり、その解明や解決のために心理学を用いる立場です。例えば前者は、記憶のメカニズムの解明のために教育現場を研究対象に選びます。それに対して後者は、学習につまずく子どもの支援方法を考えるために、記憶のメカニズムを利用しようとして心理学の分野からアプローチしていきます。 教育心理学の研究対象は主に学校教育段階の子どもや若者で、「実験」または「調査」でデータを集めます。「実験」は、ある集団に対して、教え方などの条件を操作し、それによって生じる結果の違いを比較検討することで、現象の因果関係を明らかにします。しかし物理的、倫理的な制約があり、例えば戦争や虐待の影響などは実験で確かめることはできません。一方、「調査」は、経験者と未経験者など、既に存在する条件の違う複数の群を研究対象とします。主に観察、面接、質問紙(アンケート)の3種類の手法を併用してデータを集めます。調査は条件を操作しないことから、影響する因子が多くなるため、実験のように因果関係は特定できません。データを検討

して継続的に仮説を検証していくことで、少しずつ法則の解明に近づくことを目指します。

 現代の進路選択の難しさを分析し その要因を解き明かす

 教育心理学の研究領域は多岐にわたりますが、私はキャリア教育や進路支援などの場面で生じる問題を中心に研究を行っています。その中から、2つの研究を紹介します。 1つ目は学生が進路希望を定められない要因についての研究です。就職活動が本格化する大学3年次の秋(注1)

に、年度や学部の異なる学生を対象に複数回の調査を行ったところ、進路希望を定められない学生の特性が見えてきました<図表>。 まず、背景として、進路選択には選択肢が無限で、かつ選択基準が一人ひとり違う状況での決断が必要である、という難しさがあります。進路選択では、就職説明会に行っても、ここに来ていない企業でもっと合う企業があるかもしれないなどと考え始めると、具体的に分野を絞り込み、就職後のイメージを持つなどの次の段階に進むことができなくなります。また現代においては、企業の規模や収入の多さといった、かつての「よい進路」の基準は必ずしも一般的ではなくなっています。その中で自分なりに情報を取捨選択して、考え方の軸になる、進路選択の基準を決める力が必要になっています。 また、近年の学生は自分の「興味」を重視して、生き方を選ぶ傾向が強いことも分かりました。かつての若者は社会や企業などの、自分の外側の世界の規範に自分を

心理学の理論や手法を用いたアプローチで教育上の課題に取り組み、解決を目指す教育心理学

(注1)3年次の秋…2010 年度までは 10 月に就職サイトがオープンしていたが、学業の妨げになるとの理由で 2011 年度から 12 月になった。就職サイトのオープンと同時に実質的な就職活動が始まる。

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合わせようとしましたが、現在の若者は逆に自分の興味や望みを外側の世界で実現しようとします。かつてのような画一的な価値基準がないがゆえの現象とも言えるかもしれませんが、強硬にその姿勢を貫こうとすると就職先は見つからないか、あるいは実現しません。 さらに、進路未決定の学生ほど、就職説明会に行くなどの進路探索行動が少ないことも明らかになりました。探さないのですから、決まらないのは当然です。しかも模索を重ねて悩み続ける「決めたいけれど決まらない」タイプだけでなく、そもそも「急いで決めようとしない」学生もいます。こうしたタイプの学生は、いつか自分に合った職業や企業が見つかるだろうと受動的な態度のままで、自分から積極的に進路を決定しようとしません。 2つ目は、希望進路を確定する要因についての研究です。教員養成学部の学生は、入学時には教員志望だったのに入学後に非志望に転換する学生とその逆、および一貫して志望または非志望の4パターンに分類できます。こうした意思決定がどんな要素で決まるかを調査しました。一貫して教職志望の学生は、途中で非志望に変えた学生に比べ、「責任の重大さ」などの教員の仕事のネガティブに見える面を、より強く認識しているにもかかわらず、それを「やりがい」とポジティブな要因として捉えていることがわかりました。 進路志望先についてネガティブな要素を含め、総合的な知識を得ていること、同時にネガティブな要素をポジティブに捉えられるための自信と強い興味を感じていることが、希望する進路を確定する要素となっているのです。

 実践的な問題解決に寄与することを狙う 教員志望者以外にも有用な専門分野

 進路選択にかかわる、教育心理学のこうした研究成果は、様々な形で実際の支援に応用されています。私は大学での進路ガイダンスや就職支援などに生かしています。個別指導に加えて、自分の考えをワークシートにまとめて学生同士で話し合う「ピアレビュー」の方法を使った集団指導も行い、支援効果を高めています。 しかし一方で、学校や教師の熱心さは、ともすれば学生に「やらされ感」を感じさせます。進路支援では、学生に自分で決めたという意識を持たせる工夫が必要です。伝えるべきことを正面から伝えるだけでなく、「やらされ感」を感じることによる学生の反発を、うまくか

わすような指導の在り方がないかと考えているところです。進路支援の事例ではありませんが、例えばA、Bともに取り組ませたい課題があるときに、「AとBをしなさい」ではなく「AとBのどちらを先にやりたいか」と問うと自分で選んだという意識づけができます。こうした小さな仕掛けの中に、進路支援の際の声かけに利用できるものもあるのではないかと考えています。このように教育心理学は、現実の問題をきめ細かく分析し、これまでに蓄積された知識や方法論を利用しながら、実践的な問題解決に役立つことが求められている学問だと思います。 近年の教育心理学の傾向としては、子どもや若者のコミュニケーション能力など、社会的スキルに関する研究や、学力、学習意欲低下に対応するための指導方法が喫緊の課題として注目されています。また、より協働的な指導が求められるなど教育環境の多様な変化の中、教員のメンタルヘルス、中でも援助要請行動(注2)やストレスなどを中心に、教育現場の環境と個人のかかわりについても研究が進められていくでしょう。 教育心理学を志す高校生に伝えたいのは、教育心理学は文系学部に置かれていることが多いのですが、統計学が重要な要素だということです。進学する上で数学的な物の考え方に親しんでおくことはプラスになります。就職との関連でいえば、子どもや若者の成長を促す効果的な支援方法を学べるので、教師にとっては重要かつ実用的な学問分野であることは間違いありません。また、教育心理学はいかに相手に情報を伝え、納得させるかという説得の技術を扱ってもいます。これは一般企業でも十分生きる素養になるはずです。

(注2)援助要請行動…他者に直接助けを求める行動。相手との関係性や、自尊感情の高低などが行動の有無や内容にかかわっているとされる。

<図表>進路希望を定められない学生の特性

入学前

入学までに探索機会や知識が少ない

入学時点で見通しが持てていない

大学3年間

未決定のまま

大学では楽しみたい遊びたい

サークルやバイトで忙しい

進路は何から手をつけていいかわからない

出会えた人は能力などに不安があっても決めてしまえる

手持ちの選択肢は現実性がないか、逆にありすぎ(夢がない) ・未知の選択肢がまだあるという期待

・「いい進路とは」の基準が曖昧

興味を強く惹かれる選択肢に出会えない

探索行動は内省による自己分析が中心出会えない人は自分の興味や好みに合う進路を探すが…

「もうこれでよし( enough )としよう」という判断ができないでいる

(若松先生提供)

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注目の学部・学科 教 育 学

 学校も1つの組織である以上、その活動は経営の観点から捉えることができるが、利潤を追求する企業と同様に考えることは難しい。学校は国家や自治体の施策として行われる教育行政の一翼を担っており、またそこで行われる教育という営みも、一定の指標で簡単に善し悪しを判断できるものではないからだ。こうした特質を考慮に入れながら、より良い学校の在り方を考えようというのが学校経営学の研究だ。

兵庫教育大学大学院学校教育研究科教育実践高度化専攻学校経営コース大野 裕己 准教授

 教育行政と一体になった学校の在り方を 経営学のアプローチを援用しながら探究する

 学校経営学は比較的新しい学問といえます。アメリカでは、工場管理や労務管理の手法を学校に応用しようという動きが 20 世紀初頭から見られましたが、日本で学校経営の考え方が活発化したのは戦後でした。戦前の教育制度は中央集権的な色彩が強く、「学校経営」よりも「学校管理」の考え方が優勢だったからです。戦後の一連の教育改革、とりわけ地方教育行政改革によって教育の地方分権や、学校の自律の在り方が問われるようになったことが、学問としての学校経営学の発展を促しました。そして、それまでに学校に蓄積されていた組織管理の経験的なノウハウを科学的に検証し、行動科学の成果などを導入しながら研究を本格化させていきました。学校経営学では、学校を維持・発展させていくための組織や財政などの在り方を考えます。経営学のアプローチは有効ですが、独特の難しさもあります。例えば、企業なら、自ら目標を定め、そこに向けて内外の資源を効率的に投入することができますが、学校は単独で目標を設定することはできません。民意をもとに国家や自治体が立案する政策に沿って、経営を考える必要があるからです。子どもはこうした制約の中で就学しますし、学校も自分たちの意図にそぐわない子どもを拒むことはできません。また、企業と異なり、コストや利益といった明確な指標ではなく「教師の子どもに対する教育作用」という極めて不確定なものを評価しなければなりません。

 研究が始まった当初は、校長と教員の関係やリーダーシップなど、内部経営論が議論の中心でした。しかし、1970 年代頃からは、保護者や企業などを含む地域との連携の中で教育効果を高める学校経営の在り方も重要な研究領域になっています。東日本大震災後は、学校が地域の資源を活用するだけではなく、学校が地域の活動拠点となり、地域の一体感を高めるような取り組みの在り方など、従来の学校と地域の関係を捉え直すような視点での研究も始まっています。

 学校と企業との効果的な連携のためには 2つの組織間の関わりを深めることが重要

 学校経営学の研究事例として、私の研究を2点紹介します。1つ目は、学校と企業の連携についてです。先述した通り、学校と地域の関係は少しずつ変化してきました。かつては、基礎的な能力を全員に平等に身につけさせることが基本だったため、学校間に大きな差がないことが求められました。しかし、1987 年の臨時教育審議会第4次(最終)答申で「個性尊重」が打ち出された後は、それぞれの学校に独自の特色が求められています。その方策の1つとして、地域の企業との連携が求められるようになりましたが、うまくいかない事例も見られました。 そこで私は、学校と民間企業の連携を先行して行っていたアメリカの事例から連携の阻害要因の抽出を試みました。日本における連携のヒントを探るためです。アメリカでは 1980 年代に「学校と企業のパートナーシップ」

学校の維持・発展に資する組織や財政のあり方を教育の本質に照らして考える学校経営学

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というプログラムが行われました。企業が、人や資金を学校に注入するだけでなく、社会問題の解決のためにどのような教育が必要かなどを企業が学校に意見したり、それを踏まえ、学校が適宜、カリキュラムや経営方式の改善を行うことも目的とされました。具体的にはコーディネーターが介在して、実験やコンテスト、専門家によるゼミの提供や、教育プログラムの共同開発などが行われ、表面的には成功しているように見えます。しかし内容を調べてみると、子どもを1日企業見学に行かせた、企業の担当者が一度学校で講義をしたという程度の活動も、かなりの割合に上ることが分かりました。企業文化と学校文化の融合や、企業の意見を生かしたカリキュラムや経営方式の改善までに至らず、単発のイベントで終わる例が多かったのです。 それらの実態を詳しく調べると、異なる文化を持つ組織が連携して活動を行うときには、互いに相手に深く関わらないようにするメカニズムが働くことが見えてきました。ある点ではメリットがあっても、あまり変化がない点が別に見つかると、これ以上注力する価値はあるのかという消極的な議論にすぐに陥ってしまうのです。充実した連携活動を行うには、お互いが関わりあおうとしないメカニズムを断つ仕組みを作ることが重要なのです。その仕組みとして、アメリカでは学校と企業が共同の組織を作って目標を設定したり、企業職員にチューターなどの学校職員としての役割を与えて人材交流をはかるなど、多様な方法が模索されていました。また、単発の活動から継続的なプログラム構築への段階的な道筋を描き、学校と企業でイメージを共有することが求められるということも分かりました。

 校長の1日の行動や言動を詳細に記録し リーダーシップ行動の実態を解析

 2つ目は校長のリーダーシップに関する研究です。これは学校経営学では、旧来から関心を持たれてきた領域です。1990 年代から学校現場への研究者の受け入れが盛んになったことで、さまざまな研究が行われるようになっています。 私が取り組んだのは、校長が自らの教育理念をどのように教員に浸透させようとするかについての研究です。これは民間企業ではシンボリック・リーダーシップ(注1)

と呼ばれているものです。エスノグラフィー(注2)の手法

を用い、ある学校の校長に複数回、丸一日張りついて、全ての行動と会話を記録しました。そこからどんな行動をし、誰とどんな内容の会話をしたかなどを複合的、多角的に分析しました<図表>。さらに事前・事後の質問紙調査やインタビューなどを加えて、その校長の1年間の行動を解析しました。その結果、対話行動を自らの価値観を浸透させるために活用する、校長のリーダーシップ行動の具体的な内容を明らかにすることができました。 この校長は、教頭はじめ教職員と頻繁に対話を行い、雑談の中にも自らのビジョンや計画を少しずつ盛り込んでいます。また、修学旅行先は自ら決定した面があるものの、補習授業については、教員の意見を取り入れて現状を維持するなど、硬軟取り交ぜた意思決定を行っていました。さらに、教員と気軽に話せるような関係作りに腐心していることなども解析結果から分かりました。  学校経営学の研究テーマは、政策や時代背景の影響を大きく受けます。今後の情報技術の進展によっては、学校という集合的な形態で学ぶこと自体が議論される可能性もあるでしょう。そうした今後の教育の在り方を、教育を提供する組織の運営という視点から考える点で、今後も重要な研究分野であると思います。 学校経営学を学ぶ意義としては、教員になる場合は、施策を正確に読み取り、それに対して自分が何をすべきかわかるようになることや、一人の教員として何ができるかという視点だけでなく学校という組織として何ができるかという視点で問題の対処法を考えられることで、学校に貢献できるでしょう。行政や教育関連産業、その他の民間企業に進む人も、組織の中で活躍することになるので、こうした視点を持つことは有用だと思います。

(注1)シンボリック・リーダーシップ…環境の変化に応じて、新たなビジョンを組織内に提示し、象徴的(シンボリック)な行動をとりながら、自らの意思を伝え、行動することで、ビジョン実現へと組織を導いていくリーダーシップの1つの類型。

(注2)エスノグラフィーについては概説の 60 ページもご参照ください。

<図表>校長のコミュニケーションの意味

デスクワーク36.6%

その他 4.3%

コミュニケーション58.3%

雑談36.9%企画・

立案13.6%

確認9.4%

連絡・調整 6.1%

相談 5.5%

報告 4.5%指示 4.5%

指導・助言 1.9%激励 1.0%承認 1.0%

該当なし15.5%

移動 1.1%

コミュニケーション58.3%

(大野先生提供)

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68 Kawaijuku Guideline 2012.4・5

 当たり前のことを当たり前とせず 教育をシステムとして読み解く

 教育社会学という学問には大きく3つの特色がありま

す。第1は、社会現象としての教育を研究対象にすることです。教育社会学では、教育の「あるべき理想の形」が存在するとは考えません。教育の成果が社会に反映されるのと同時に、経済や政治、少子高齢化など社会状況から教育も影響を受けます。教育は変化するものだという認識に立っていることは特徴の1つです。 第2は、すべての前提を疑う立場で研究を進めることです。例えば現在の教育制度は、誰もが学校で学ぶ権利を保障されていることで、平等な社会の実現に寄与しているとされます。しかし現実には、その目的通りにいかず、結果として教育によって格差が助長されるなど、不平等を生み出す装置として働くこともあります。定説を鵜呑みにせずに、実際の現象を詳細に観察、分析して、これまで見えなかった仕組みを明らかにしていきます。 第3は、教育を俯瞰的に捉える視点を持っていることです。教育現場で問題が起こると、どうしても当事者やその周辺に注意が向かいがちです。しかし実際には教育は多様な要素から成っています。自治体や教育委員会、学校、学年、クラスなど多くの教育組織があり、校長や学年主任、クラス担任など複数の人間が、法令やカリキュラムに従って教育を行います。また、子どもたちが塾や自然教室など学校外の教育に関わることも増えています。こうした複数の要素や、その関係のどこかに、表面化した問題の、根本

的な原因が隠れていることがあります。教育社会学は、調査を通して、教育に関わる場面を総合的、俯瞰的に見渡します。そこで抽出した要素を体系立てて整理することで、問題解決の糸口を見出そうとする学問だといえます。

 集団教育のメカニズムを 現場での長期的な研究で究明

 私は教育現場で長期の観察を行うエスノグラフィーという手法(注)で、その現場に起こる現象の原理を理解することを目的とした研究を行ってきました。 ここでは幼稚園における教師の技術に関する研究を紹介します。入園時にはまったく教師の言うことを聞かない子どもも、ある時から進んで聞くようになります。そのメカニズムを知ることが目的でした。そこで、ある幼稚園に 10 カ月間毎日通い、観察や聞き取りが可能なデータをできる限り記録しました。そして、それらの膨大なデータをカテゴリー化し、要素を分類、整理することで、幼稚園で行われる教育の仕組みを明らかにしようとしました。 その結果、幼稚園の教師は、「目に見える集団」と「目に見えない集団」によって、子どもたちを適宜グループ分けすることで、巧みに集団をコントロールしていることがわかりました。 子どもたちは全員、同じルールを守る1つの「目に見える集団」の一員です。教師は全員を平等に扱います。その中で逸脱行動をとる子どもに対しては、教師は、例えば「先生がお話しているときに、おしゃべりしているお友だちは誰かな」などと注意します。この声かけは個人を特定しないので、

現象を総合的、懐疑的な視点から観察して教育の背後にある見えざるメカニズムを解明教育社会学

 教育社会学は、教育を社会的な現象の1つとして捉え、主に社会学の研究アプローチを通して、それらの現象が起こるメカニズムや原因を明らかにする学問だ。これまでは、数量的研究が中心だったが、近年は文化人類学の領域でよく使われるエスノグラフィーという手法を用いた研究も盛んに行われるようになっている。

群馬大学教育学部附属学校教育臨床総合センター文部科学省科学技術戦略推進費「地域再生人材創出拠点の形成」群馬大学・群馬県「多文化共生推進士」養成ユニット企画・運営責任者結城 恵 教授

(注)エスノグラフィーについては概説の 60 ページもご参照ください。

注目の学部・学科 教 育 学

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Kawaijuku Guideline 2012.4・5 69

子どもたちは、周りの全員を間違いなく「おしゃべりをしているお友だち」かそうでないか分類することはできません。これは「目に見える集団」を子どもたち自身に分断させない声かけなのです。しかし、おしゃべりをした子ども本人は、

「おしゃべりをしているお友だち」の集団、すなわち「目には境目が見えなくとも多数派の子どもたちと区別された別の集団」、に自分が入れられていること、自分の振る舞いが間違っていたこと、の2点に気づきます。おしゃべりをした子どもは多数派の子どもたちと違う分類をされることに不安を覚え、行動を正します。直接的な注意はせず、本人に危機感を持たせることで、複数の子どもに同時に、自発的に行動修正を促します。 こうした集団操作は、子どもたちに平等に気づきの機会を与え、成長させるメリットがある一方で、いじめを誘発する遠因になるデメリットがあることもわかりました。教師は、教育的な配慮から集団操作を行います。しかし子どもたちにはそうした目的は伝わらないため、自分たちの所属する集団を、基準を設けてグルーピングできるという表面的な事実だけを吸収してしまいます。こうして身についた一部の子を分離する行為は、学校におけるいじめの原体験になります。 こうしたまだ認識されていない物事の仕組みを明らかにすることが教育社会学の役割です。

 差異が当然のグローバル社会での 教育と人材育成のあり方を模索

 また、私は近年、グローバル社会における教育に強い関心を抱いて研究を進めています。きっかけは、先述したような集団操作のメカニズムがまったく通用しない教育現場の存在を知ったことです。群馬県邑楽郡の大泉町は、人口の 15.2%が在住外国人です(2011 年末現在)。私が関わり始めた 15 年前には、大泉町のある小学校ではクラスの4分の1が外国籍で、その半数が日本語を理解できませんでした。    力のある先生は子ども個別への対応と同時に、クラス全体の雰囲気を醸成して子どもを動かす集団操作の技術を持っています。しかし集団操作は、子どもたちが共通した文化背景や価値観を持っていることが前提にあるため、大泉町の事例では通用しません。集団操作の力のある先生の学級ほど学級崩壊が進むという矛盾した状況にありました。こうした状況に直面して、私の研究は大きく2つの方向へ発展していきました。

 1点目は、学校に限らず、外国籍の子どもたちがいる現場では、どんな葛藤や問題があり、その問題が日本の社会とどうつながっているか整理することです。そこで人口動態学、日本語教育、教育制度研究などの研究者とチームを組み、実態調査を行いました。その結果、景気によって親の仕事が左右されるために本国と日本を頻繁に行き来して学校になじめない場合や、高校進学率は高まる傾向にあるものの<図表>、高校卒業時の進路選択を考える時期になって、親子の間にいつ帰国するかなどの将来展望やそのための進路希望にズレがあることがわかり、家庭内のトラブルに発展する場合があることなど、問題の内容が具体的に見えてきました。  2005 年からは群馬県庁職員も併任し、学校に行けない子どもたちが学んだり、健康診断を受けられる場所を設けるなど具体的な解決策の提案と実行を行いました。 2点目は、こうした文化的な差異を受け入れる社会づくりに貢献する人材育成を行うことです。当初は研究者と行政が中心になって行っていた支援に、少しずつ地域住民や学生ボランティアが参加するようになりました。2009 年からは文部科学省科学技術戦略推進費「地域再生人材創出拠点の形成」に採択され、「多文化共生推進士」の養成も始めました。地域で働く社会人を主な対象に3段階・各 70時間以上のカリキュラムを設けています。企業内のよりよい共生の在り方を考えようとしている人や行政関係者など、多様な立場の人が受講しています。   当たり前だと思っていることが他人にとってはそうでないこともあると理解し、対話しながら物事を進める姿勢を持つことは、このカリキュラムの目的であると同時に、教育社会学研究の根幹にも通じ、教養としての側面も持つ、とても大きなテーマだと思います。

<図表>太田市の外国人生徒の高校進学率の推移

100

90

80

70

60

50

40

30

20

10

02002 年度 2003 年度 2004 年度 2005 年度 2006 年度 2007 年度 2008 年度

◆ ◆ ◆

(%)

(結城先生提供)※ 太田市は大泉町に隣接する地域。大泉町における高校   進学率は 93%とさらに高く、定住化傾向が進んでいる。

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注目の学部・学科 教 育 学

(西森先生提供)

授業回数             内容

1 ガイダンス:授業の方針とスケジュールの決定

2 講義:教材作成理論(インストラクショナルデザイン)概説課題分析の方法を学ぶ

3 紙教材設計案の作成と発表

4 ~ 6 紙教材制作(個別作業およびグループでの中間検討会)<6 回目授業終了後、他の学生から紙教材について評価を受ける>

7 評価結果の分析と修正方針についての議論

8 講義:デジタル教材制作の基本技術の解説デジタル教材の設計案作成

9 デジタル教材設計案の発表

10 ~ 14 デジタル教材制作(個別作業およびグループでの中間検討会)<14 回目授業終了後、他の学生からデジタル教材について評価を受ける>

15 評価結果の分析

 常に新しい技術に対応しながら 教育方法の改善を志向する教育工学

 授業を紹介する前に、教育工学の概要を見ておこう。西森年寿准教授によれば、教育学は大きく「教育科学」と「教育実践学」に分けられるという。教育科学は教育現場の諸現象を分析して因果関係を探るなど研究としての色彩が強い分野で、教育実践学は、教師など教育に携わる人々の能力育成や、教育の方法などを考える実践的な研究分野だ。教育工学は教育実践学に属しており、特に技術との関連を中心的なテーマとする、教育方法学の一分野といえる。 「日本で教育工学という言葉が使われ始めたのは 1960 年代からです。きっかけは行動主義心理学の学習理論から生まれた『ティーチングマシン』でした。あらかじめ教えるべき内容を段階別に並べた教材群を、個々のスピードや理解度に合わせて解いていくという学習形式が発案されたのです。

<図表1>「教育工学演習Ⅰ」の概要(2011 年度)

15分間で独習できるデジタル教材の制作を通して教育工学の基礎理論と教育実践との融合を目指す授業・

ゼミ紹介

 小学生に1人1台ノートパソコンを持たせ、デジタル教科書を使って授業を行う「フューチャースクール」という試みが総務省主導で開始されるなど、教育現場にもデジタル化の波が押し寄せている。デジタル技術をより良い教育実践に結びつけることを目的とする教育工学への期待もますます高まっているといえよう。ここでは、デジタル技術を教材開発に結びつける方法を実践的に学ぶ、大阪大学人間科学部の「教育工学演習Ⅰ」を紹介する。

大阪大学大学院人間科学研究科臨床教育学講座教育工学西森 年寿 准教授

これが学校に普及すれば、一斉授業から個別学習へと教育の在り方が劇的に変わるのではないかという大きな期待が込められていました」(西森准教授) 当初は単純な反復学習が主だったが、その後はデジタル技術の発展によって、アニメーションや動画を組み込んだものや、複数人で課題に取り組む形式のものなどより多様な教材が作られていった。こうして最新の技術を用いて、より教育効果の高い教材を作成することが、教育工学の大きなテーマの1つになっていく。そしてよりよい教授法を検討してきた教育方法学の流れと一緒になって発展していった。 ティーチングマシンが目指す個別学習は、子ども一人ひとりの力や個性に対応した教育への可能性を開くことを本来の目的としている。しかし一面では、技術の利用は効率性を追求しているのも事実であり、個別学習とはいえ、あらかじめ設定された内容を生徒が一方的に解くだけの機械による学習は、教師による対応とは比べようがないという批判もある。 「教育工学は、技術や機械のもたらす効率性と、人間的な個別対応性という相反する価値観を内包しており、この二つのバランスをどう取れば実践的で有益な教育方法になるかを、ずっと考え続けてきた学問だといえます」(西森准教授)

 理論を理解し、紙教材とデジタル教材を製作  この教育工学を大学ではどのように学ぶのだろうか。大

阪大学人間科学部の場合、「教育工学Ⅰ・Ⅱ」(2年次秋・3年次春)、「教育工学演習Ⅰ・Ⅱ」(3年次春・秋)、「実験実習」(2年次秋〜3年次秋)の5科目が開設されている。「教

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(注)オープンコースウェア…大学が社会貢献として行う、正規の講義やその関連情報を無償でウェブに公開する活動。2003 年にマサチューセッツ工科大学で始まり、国内でも大阪大学をはじめ現在 24 大学で実施中。

(西森先生提供)

育工学Ⅰ」は、デジタル教科書やフューチャースクール、オープンコースウェア(注)など旬の話題をオムニバス形式で紹介して教育工学へと誘う入門講義であり、「教育工学Ⅱ」は、教育心理学などから生まれた学習理論の進化と、技術の進化に対応して次々と登場してきた教材や開発物を辿りながら、教育工学の歴史的な流れと今後の展開を考える講義だ。

「教育工学演習Ⅰ」ではデジタル教材の開発、「教育工学演習Ⅱ」では教育ワークショップの制作を行う実践的な内容になっている。「実験実習」は、論文講読や研究方法の紹介、データの分析方法の体験などを行う研究入門的な位置づけだ。 ここでは「教育工学演習Ⅰ」の内容を紹介する。理論と実践、紙教材とデジタル教材の関係性をより深く理解できるように授業が3段階で構成されている<図表1>。 第1段階では、教育理論や学習理論など、教材開発に必要な知識を吸収する。例えば、教材を、それを利用して身につく能力を基準に、クリアすべき課題をカテゴリー化し、どんな順番で処理していけばいいかを考える「課題分析」と呼ばれる手法などを学ぶ。さらに、具体的な教材開発に使われる「インストラクショナルデザイン」<図表2>を学びながら、実際の開発に使えるノウハウも吸収する。 第2段階では、1人1テーマで紙教材を制作する。教材は15 分程度で独習できるものであればテーマは問わない。2011 年度のテーマは「ドイツ語入門-挨拶を覚えよう-」、

「野球スコアブックの書き方入門」、「ミサンガの編み方」など多岐にわたった。制作期間は約1カ月。企画書を書いた上で制作を進め、途中で進行状況を発表し、ディスカッションを通して推敲を重ねる。できあがった教材は、別の学年の学生が実際に使って評価する。 第3段階は、その教材のデジタル化だ。紙教材に対する評価をもとに、同様にグループでディスカッションを行いながら1カ月半程度で制作し、評価を受ける。紙教材をデジタル化する際の難しさについて、西森准教授は次のように語る。 「紙教材と異なるのは、デジタル教材は表現の自由度が格段に上がる点です。学生の作った教材は説明不足であることが多く、解説画面を作成したのに、操作方法が利用者に伝わらず利用されなかったりします。表現の手段が多くて複雑だからこそ、それを精査し、利用者の誘導を丁寧に行い、最上の教育効果を得られるような設計を行う必要があります」

 教材デザインの難しさと楽しさを理解 次年度の課題はデジタルスキルの習得

 授業の意義について、西森准教授は次のように語る。 「数々の教材を使って勉強してきた学生は、優れた教材かどうかは直感的に判断できますが、実際に作ってみるとうまくいきません。実際に使ってもらい、想定外の使い方をされたり、意外な観点から評価される経験を通して、学習教材をデザインすることの難しさや楽しさを味わいます。教育学の中でも、教えるべき内容を整理し、教材化するという、最も『教える』という実践に近い部分を体験し、深く思考できる良さがあります」 この授業では当初、iPadなどのタブレット端末で使えるデジタル教材の開発を想定していたが、先端技術を使う学生は少数派で、最終的にはスライドショーをベースにしたパワーポイントの教材に落ち着くことも多かった。 「デジタルスキルの訓練を受けていないため、教材作りとデジタルスキルの両方を1コマで学ぶのはやや負荷が高かったようです。次年度からは、一部を書き換えるだけで使えるような、先端技術を含んだ雛形を用意するなどして、技術面の支援を強化したいと思います。学生がより多様なデジタル教材を作り、学びが深まるように授業内容を整備していきたいと考えています」(西森准教授) 今や、オープンコースウェアなど、学校外で学べる教育プログラムも増えている。 「質の高い教育プログラムが手軽に使えるようになると、学校教育の在り方そのものも問い直されることになります。授業の内外でこうした教育プログラムを併用した教育方法が広まると、現在の学校の役割も変わっていくのかもしれません。学校現場と、技術の発展の両方を見据えた上で、両者のバランスのよい教材や教育環境を提案することは非常に重要な課題で、教育工学は大きく貢献できるはずです」(西森准教授)

<図表 2 >インストラクショナルデザイン理論の      教材開発プロセスを体験する授業の流れ

設計案 制作

実施

評価

課題分析修正

概説

入試情報

教育心理学

滋賀大学

学校経営学

兵庫教育大学

授業・ゼミ紹介

大阪大学

教育社会学

群馬大学

卒業後の進路

卒業生インタビュー

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「教育」卒業者の過半数は「教育、学習支援業」へ

 次に、学校基本調査の職業別就職者数、産業別就職者数を見てみよう。職業別、産業別は教員養成系も含む「教育」全体の数値である(注 2)。 職業別就職者の割合を見ると、学部卒業者で「教員」の職に就いている割合は 47.9%と半数近くにのぼる<図

表2>。 このように教員の割合が高いため、人文科学や社会科学でそれぞれ半数近い「事務従事者」や、3割近い「販売従事者」の割合が、「教育」では低くなっている。 産業別就職者の割合を見ても、「教育」卒業者は、「教育、学習支援業」の割合が半数を超える<図表3>。次いで保育士が分類される「医療・福祉」、国家公務員や地方公務員などの「公務」が続くが、人文・社会科学系で目立つ「卸売業、小売業」「製造業」「金融業、保険業」などへの就職は少ない。

注目の学部・学科 教 育 学

学部で学んだことを生かせる職業への就職が半数以上卒業後の

進路

<図表2>職業別就職者の割合

<図表 1 >卒業後の状況(学部卒業者)

(注1)学校基本調査の学科系統分類表の「教育」のうち、教育学、教育心理学などが含まれる「教育学関係」と、主に学校教員養成課程にある初等教育学や総合科学課程、保育学などが含まれる「その他」の合計。「小学校課程」「中学校課程」など教員養成課程は含まれない。

(注2)学校基本調査の学科系統分類表の「教育」全体の数。「小学校課程」「中学校課程」なども含んでいる。(注3)鉱業には採石業、砂利採取業を含む。

人文科学・社会科学と比べて進学率も就職率も高い

 文部科学省の 2011 年度の学校基本調査によれば、「教

育」(注 1)からの大学院等への進学率は 7.6%である<図表

1>。大学院等への進学率は、理工系を含む学部全体では 12.8%であるが、文系では、人文科学の 5.9%、社会科学の 3.8%を上回っている。 就職率に関しては、学部全体 61.6%、人文科学 62.0%、社会科学 68.5%に対して、74.2%となっており、いずれと比べても高い。

区分 教育(注 2) 人文科学 社会科学 全体

農業、林業、漁業、鉱業(注 3) 0.1% 0.2% 0.2% 0.4%

建設業 0.7% 1.9% 2.9% 4.2%

製造業 3.3% 11.0% 12.5% 13.5%

電気・ガス・熱供給・水道業 0.2% 0.3% 0.6% 0.5%

情報通信業 2.2% 6.8% 6.6% 6.9%

運輸業、郵便業 1.2% 5.0% 3.8% 3.1%

卸売業、小売業 6.2% 20.6% 19.9% 15.5%

金融業、保険業 3.1% 9.9% 14.1% 8.6%

不動産業、物品賃貸業 0.8% 2.4% 3.2% 2.2%

学術研究、専門・技術サービス業 0.7% 2.6% 2.7% 3.0%

宿泊業、飲食サービス業 1.3% 4.0% 2.7% 2.7%

生活関連サービス業、娯楽業 3.2% 4.7% 3.3% 3.1%

教育、学習支援業 51.7% 9.8% 2.6% 8.9%

医療、福祉 13.9% 5.7% 8.4% 13.2%

複合サービス事業 0.9% 1.8% 2.0% 1.6%

サービス業(他に分類されないもの) 2.8% 6.3% 4.3% 4.5%

公務(他に分類されるものを除く) 7.1% 5.4% 8.2% 6.6%

上記以外のもの 0.8% 1.6% 1.9% 1.6%

<図表 3 >産業別就職者の割合

 (2011 年度 学校基本調査より) (2011 年度 学校基本調査より)

 (2011 年度 学校基本調査より)

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

7.6% 74.2% 18.2%

5.9% 62.0% 32.1%

3.8% 68.5% 27.7%

12.8% 61.6% 25.7%全  体

社会科学

人文科学

教  育(注 1)

大学院等への進学者  就職者  その他(%)

区分 教育(注 2)人文科学 社会科学 全体

専門的・技術的職業従事者の合計 66.4% 13.4% 10.1% 33.5%

(内訳)教員 47.9% 5.6% 1.0% 6.5%

その他 18.5% 7.8% 9.1% 27.0%

管理的職業従事者 0.3% 0.7% 0.8% 0.6%

事務従事者 15.1% 45.0% 45.4% 32.2%

販売従事者 8.2% 26.9% 29.1% 21.3%

サービス職業従事者 5.1% 8.9% 7.0% 6.2%

上記以外のもの 4.9% 5.0% 7.4% 6.2%

 学校基本調査によれば、「教育」(注1)の卒業者は、人文科学や社会科学の卒業者に比べて大学院進学率と就職率が高い。就職先を見ると、職業別では教員が 47.9%と半数近くに上り、産業別では「教育、学習支援業」への就職が 51.7%と半数を超えている。大学で学んだことを生かせる学部系統と言えそうだ。

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コンサルティング会社勤務 伊藤 寛 さん 2008年、大阪大学人間科学部教育工学分野卒業。システムエンジニアを経て2011年より現職。ITコンサルタントとしてシステム設計・開発のアウトソーシングを担当。

 ここでは大学で教育学を学んだ卒業生を2名紹介する。教育学を学ぼうと思った経緯や、ゼミや就職先を選んだ決め手、大学で学んだことが現在の職場でどう役立っているかを聞いた。

――教育系の専攻がある学部に進学したのはなぜですか。

 現役時に進路をあまり深く考えずに受験して失敗したため、浪人して将来何をしたいのか真剣に考えました。浪人中に、勉強すれば自分の学力が上がっていくうれしさや、人に教えてその人が変わっていくことの楽しさに触れ、人を教える仕事に就きたいと思うようになりました。教育に関わる仕事の中でも、自分の理想とする教育を、総合的に作り上げていくには教師より校長の方がよいと考え、校長になるために教育学を学ぼうと思いました。大阪大学人間科学部は、教育学に行動学、社会学、グローバル人間学を加えた4つの分野で構成され、人間を理解するための学問が幅広く学べる点が魅力でした。――教育工学を専攻したのはなぜですか。

 大学で学ぶ内に、自分の夢が「校長になりたい」から「学校をつくりたい」に変化してきました。自分がつくる学校には最新の教育設備を用いた、最高の環境を整えたいと思います。そこで、学びの環境や方法を探究して教育現場への応用を考える学問である、教育工学を選びました。ゼミには現職教員を含む社会人の大学院生が多く、特にそこで学んでいたアーティストが、学校内外で行っていたワークショップに強い興味を持ちました。子どもを対象としたワークショップは、楽しく遊んでいるようで、実はきちんとした教育の原理に基づいています。しかし、学校教育の一環として行う場合は、そこに時間や評価などの制約が加わります。そこで、両方のワークショップの具体的な違いや、学校でのワークショップの難しさなどを卒業論文のテーマに取り上げました。――なぜ民間企業へ就職したのですか。

 学校をつくる以上、生徒や保護者にそこで行う教育に価値があると思わせる必要があります。特に教育費を負担する保護者の大多数は民間企業に勤めています。彼らの価値観やニーズを知るために、いきなり教職に就くの

ではなく、民間企業での勤務を経験しておきたいと思いました。システムエンジニアとして約3年間働いた後、より多くの人と関わることができる現在の会社に転職しました。この間に民間企業で働くこと自体が面白くなってきたのも事実ですが、現在も学校をつくりたいという夢は変わっていません。ただ最近では、当初思い描いていたような中学校や高校でなくてもよいのではないかと思い始めています。例えば社会人向けの講座を開講しているNPO法人のシブヤ大学などのように、教えるものを持った人と、学びたい人が自由に集い、学び合う場を創造することでもよいと思いますし、あるいは現在の業務の中で互いに学び合う場をつくることができれば、それも面白いのではないかとも思うようになりました。――大学での学びは、現在の仕事に役立っていますか。

 現在は金融関係の IT コンサルタントとして活動しており、海外に開発業務を発注することもよくあります。異なる文化の中で育った人に必要な知識や技術を伝える際には、教育学を学んだことが非常に役立っています。例えば、先生と生徒という関係ではなく、ある集団の活動に参加することで、その構成員全員が学んでいくという「正統的周辺参加」の理論や、新しいことに挑む際に自分 1 人では無理でも、誰かの手助けによって達成できるようになる「最近接領域」の考え方は、まさに日々の業務で生きている実感があります。この他にも、どういった声かけやプレゼンテーションをすればより説得力があり、うまく仕事が進むかなど、大学での学びをヒントにして実践していることがたくさんあります。 教育学は、人や物をどう組み合わせ、関係づけると人が成長していくかについて研究している学問だと思います。そのことを意識して学べば、教員はもちろん、どのような分野の仕事に就いても、大学で学んだことを実践に結びつけられると思います。

学校をつくる夢を実現するために民間企業へ

卒業生インタビュー①

概説

入試情報

教育心理学

滋賀大学

学校経営学

兵庫教育大学

授業・ゼミ紹介

大阪大学

教育社会学

群馬大学

卒業後の進路

卒業生インタビュー

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74 Kawaijuku Guideline 2012.4・5

――なぜ大阪教育大学に進学しようと思ったのですか。

 当初は法律関係の職業に興味があり、家庭裁判所調査官を希望していました。しかし、具体的な仕事内容を知る内に、そもそも非行や犯罪を起こし、家庭裁判所が支援する必要がないよう、子どもたちを育てることの方が重要だと考えるようになり、教育への関心が高まっていきました。中でも高校時代にチャータースクール(注)に関する本を読んで教育行政や学校経営に興味を持っていたので、教師になることを前提にした専攻だけではない、学校教育について広く学べる専攻のある教育学部に進学したいと思いました。そうした専攻があり、教育について学ぶ環境が充実している大阪教育大学を選びました。――学校経営に関するゼミを選択し、現在の進路に決めた経

緯を教えてください。

 大学で授業を受ける内に、教育史にも興味が出てきて、ゼミ選択の際は迷いました。しかし、教育にかかわる仕事に直接的に結びついた研究がしたいと思い、学校経営のゼミを選びました。3年次の最初にゼミを見学して、所属先を決めるのですが、学校経営学担当の先生が、学生の指導に熱心だと感じたことも選択理由の1つです。 そうして選んだ学校経営学のゼミでは海外の教育制度を調べて発表するなどの能動的な授業を通じて、関心はさらに深まっていきました。しかし、行政と子どもたちの両方に身近に関わることのできる具体的な職業は、なかなか見つかりませんでした。研究は楽しかったので、大学院進学も考えましたが、学校現場を知らずに研究を続けることには迷いがありましたし、大学院の先輩たちが就職で悩んでいる姿を見ていると、問題を先送りにしているだけのような気もして、やはり就職しようと心を決めました。こうした状況をゼミの先生に相談していく中で、現在の職業に辿りつきました。学校事務職員は、行政に近い立場から教師の仕事の手助けができ、子ども

たちの成長にも身近に接することができます。それらの点に魅力を感じて、採用試験に応募したのです。――仕事をしていて、大学時代に学んだことが役立っている

と感じる場面はありますか。

 学校事務職員は、企業でいえば総務のような役割を持ち、予算管理、先生方の給与や出張費の事務手続きなど仕事は多岐にわたります。こうした仕事の基礎になる教育関係の法律や、専門的な語彙や概念を大学で学んだことは、業務をよく理解する上で役立っていると感じます。 知識的な面以外では、学校で働く職員の一人という意識を持って仕事をする、という視点は大学で得たものだと思います。学校事務職員の仕事の1つに教具の購入や管理がありますが、それだけにとどまらず、教育効果が高いと思われる教具は先生方に紹介したりもします。授業を見せてもらう機会もあるので、そうした中で、あの教具が活用できるのでは、などと気づいたことを伝えることもあります。そのほか、学校のホームページ作りにも大きくかかわっています。これらが学校事務職員の本務かどうかは別として、自分のできる範囲で、先生方の本来の教育活動以外の業務を軽減し、子どもたちの成長の手助けができることはとてもうれしく思います。 大阪教育大学では教育学を学べる専攻が教員養成課程の中に設置されていたため、私も教員免許を持っています。教師になる勉強をした経験は、先生方の仕事を理解すること、学校の教育活動に一緒に参加しているという意識を持つことに役立っていると思います。学校事務職員の仕事の幅はとても広いので、新たな業務を始めたり、現在の仕事の内容を深めていく場面ごとに、教育行政や学校経営学の授業で学んだことが少しずつ、生かされるようになるのではないかと感じています。将来的には先生方がより一層力を発揮できる環境づくりや組織づくりができる学校事務職員になりたいと考えています。

注目の学部・学科 教 育 学

(注)チャータースクール…アメリカで 1992 年に誕生した公立学校の一種。保護者や教員、地域住民などが自分たちの理想とする教育計画を地方教育委員会に提出し、認可されると期限つきで公費で学校が運営できる。アメリカでは 2008 年時点で全米の公立学校の約5% を占める。

大阪府豊能郡豊能町立東能勢小学校主事 越智 希 さん 2006年、大阪教育大学教育学部中学校教員養成課程教育科学専攻卒業。同年より学校事務職員として小学校に勤務。

教育行政と子どもたちの両方に近い仕事を実現

卒業生インタビュー②