ドイツ公法学における「距離」概念について板垣　勝彦日本公法学会（ H24.10.6）

距離（ Distanz）• H-H=トゥルーテ「法治国とは、距離の国家である。」Der Rechtsstaat ist ein Staat der Distanz.

しかし、全体として非常に難解である・・・

二極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政

私人侵害を及ぼしている

二極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政

私人距離が近づきすぎる＝基本権侵害！

二極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政私人

距離が遠ざかりすぎる＝基本権保護義務の懈怠たすけて !ＤＶ被害ストーカー

二極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政

私人適度な距離を保つ必要がある＝比例原則・侵害留保法治国的「距離」

二極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政

私人＝主権者適度な距離を保つ必要がある＝比例原則・侵害留保

民主的正統化の要請！民主政的「距離」

二極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政

私人＝主権者適度な距離を保つ必要がある＝比例原則・侵害留保

民主的正統化の要請！

民主的正統化の局面における「距離」には、特定の利害（宗教団体、職能組合、特定地域…）との癒着を防ぎ、意思決定の中立性を確保するという意味が込められている！

二極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政

私人給付を提供する

二極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政私人

距離が遠ざかりすぎる＝生存配慮（ Daseinsvorsorge）の懈怠

たすけて！窮乏

十分な給付

二極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政

私人距離が近づきすぎる＝癒着！例、生活保護の不正受給、過大給付

二極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政

私人＝主権者適度な距離を保つ必要がある＝比例原則・社会留保

民主的正統化の要請！

比例原則は、限りある行政資源の最適配分として捉え直される。

ここでの「距離」にも、特定の利害（宗教団体、職能組合、特定地域…）との癒着を防ぎ、意思決定の中立性を確保するという意味が込められている。＝特に給付行政の場合、この要請は重要である！

多極関係における「距離」• これまでの二極関係と比較して、多極関係では、私人の役割が複雑になっているので、「距離」の取り方にも工夫が求められるようになる。

多極関係における「距離」公私協働により、私人は、「公的任務の担い手となる私人 A」　　　　　　　　　　　　　　と「公的任務の名宛人となる私人 B」　　　　　　　　と　に分解される。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政

私人侵害を及ぼしている私人 A

私人 B

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

Bからみれば、国家行政も Aも、ともに侵害主体であることには変わりない。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

Bからみれば、国家行政も Aも、ともに侵害主体であることには変わりない。

そこで、（国家行政＋私人 A）と、私人 Bとの間に、適度な「距離」が要請されることになる。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

私人 Aと私人 Bとの間に適度な「距離」が保たれるように、国家行政は私人 Aに対して適切な指示・監督を及ぼす必要がある。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

国家行政の有する「保障責任（ Gewährleistungsverantwortung）」！ その根拠は、国家行政が私人

Bに対して有する基本権保護義務に求められる。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

私人 Bは主権者として、国家行政が私人 Aと私人 Bとの間の距離を保つべく指示・監督を及ぼすように働きかける

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政

私人給付を提供する

私人 A

私人 B

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政給付を提供する

私人 A

私人 B

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政給付を提供する

私人 A

私人 B

過少給付や癒着を防ぐために、（国家行政＋私人A）と、私人 Bとの間に、適度な「距離」が要請されることになる。

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政給付を提供する

私人 A

私人 B

私人 Aと私人 Bとの間に適度な「距離」が保たれるように、国家行政は私人 Aに対して適切な指示・監督を及ぼす必要がある。

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政給付を提供する

私人 A

私人 B

国家行政の有する「保障責任（ Gewährleistungsverantwortung）」！ その根拠は、国家行政が私人

Bに対して有する生存配慮の義務に求められる。

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政給付を提供する

私人 A

私人 B

私人 Bは主権者として、国家行政が私人 Aと私人 Bとの間の距離を保つべく指示・監督を及ぼすように働きかける

多極関係における「距離」•ここまでは、国家行政ー私人の二極関係の場合と基本的に変わらない。•ところが、多極関係の場合は、決定的に異なる要素がある。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

私人 Aは、国家行政の分肢でありながら、同時にほんらい行動の自由を享受すべき私人である！！

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

つまり・・・ 指示・監督確かに、私人 Bの基本権保護の観点だけみれば、がんじがらめに私人 Aの行動の自由をしばりつけた方が望ましいのであるが。。。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

指示・監督私人 Aも基本権享有主体である以上、そのような束縛は新たな基本権侵害になってしまう。（給付行政の場合も同様）

国家責任の「間引き」指示・監督

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

また、「距離」の視点からみると、国家行政と私人 Aが近づきすぎることは、両者の癒着にほからならない。

国家行政と私人Aとを、適度な距離まで遠ざける必要がある。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政侵害を及ぼしている

私人 A

私人 B

国家行政と私人 Aとの間に適度な「距離」が保たれるべく監視するのが、主権者である私人 Bの役割となる。情報公開行政手続

補足①　「距離」概念を用いる際の　注意点• 「私人 A」と「私人 B」に具体的にどのようなアクターをあてはめるかについては、注意が必要である。• 場合によっては、私人 A ・ B以外のところに、「具体的な消費者」とでもいうべき存在を置いて考える必要のある局面がある。

多極関係における「距離」• 規制行政の局面

国家行政私人 A

私人 B

指定確認検査機関マンション建設会社マンションの購入者（被害者）

多極関係における「距離」• 給付行政の局面（民間委託とは若干異なる） 国家行政

私人 A

私人 B

介護保険組合デイサービスセンター

要介護者

補足②　民主的正統化と自律的正統化• 民主的正統化＝主権者（多くは私人Ｂ）の意思を国家行政に反映させること。• しかし、この民主的正統化の要請が、私人Ａの自治（Ｓｅｌｂｓｔｖｅｒｗａｌｔｕｎｇ）の要請と衝突するケースがある。

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政給付を提供する

私人 A

私人 B

私人 Bは主権者として、国家行政が私人 Aと私人 Bとの間の距離を保つべく指示・監督を及ぼすように働きかける民主的正統化の要請から求められるのは、あくまで主権者全体（ここでは私人Ｂ）の意思を国家行政に反映させること！

多極関係における「距離」• 給付行政の局面

国家行政給付を提供する

私人 A

私人 B

労働組合職能団体

俺たちはこうしたい！

まとめ• ドイツ公法学で用いられる「距離」概念は、法治国原理と民主政原理について、感覚的に理解することに役立つ。• 特に国家行政／私人の二極関係だけでなく、公私協働により従来の私人の役割が分化した多極関係の説明においても、「距離」概念は有益である。

今後の課題• ここで挙げた「私人 A」「私人 B」について、具体的な局面ではいかなるアクターが対応するか、精査・検討することが、今後の課題である。• 具体的な「距離の取り方」、つまり①国家行政による私人Ａのコントロール、②私人Ｂによる国家行政ー私人Ａ間の癒着の監視など、その制度設計の検討も、今後の課題である。

今後の課題• 民主的正統化と自律的正統化の関係は、機能的自治（地方自治もその一種として理解される。）の理解とも相まって、法的な難問を突き付けている。　　　　　　　　 cf.　 BVerfGE 107,59.

詳しくは…• 山本隆司『行政上の主観法と法関係』（ 2000）• 毛利透「行政法学における「距離」についての覚書」ジュリスト 1212号、 1213号（ 2000）• 太田匡彦「ドイツ連邦憲法裁判所における民主政的正統化思考の展開」樋口古稀（ 2004）• シュミット‐アスマン（太田、大橋、山本訳）『行政法理論の基礎と課題』（ 2006）• 板垣勝彦「保障行政の法理論 (5)」法学協会雑誌 128巻 5号（ 2011）