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114 人事マネジメント 2016.12www.busi-pub.com

1 週休3日や副業奨励で優秀な人材を確保する動き

 人材が不足していくことと,優秀な人材が確保できない・引き止められないことは,似ているようでいて違う。この違いを最近のトピックから考えてみたい。 先般,ヤフーは週休 3日制を試験的に導入する方針を明らかにした。また,働き方改革の一環として導入している「どこでもオフィス」(通勤せず,パソコンやテレビ電話で仕事する制度)を月 2日から 5日に増やしたほか,すでに新卒の一括採用も廃止している。 会社が社員の副業を認める「副業解禁」のニュースも世間を賑わせている。直近ではロート製薬が副業を容認すると公表して話題となった。実は,日産,富士通,花王などの大企業も以前から副業を認めている。また,副業を“容認”ではなく“奨励”している会社もある。その代表格はリクルートやサイボウズだ。さらには,専業を禁止するベンチャー企業もある。オンラインショッピング事業を営むエンファクトリーは,専業禁止を謳うことで,「会社の仕事だけ

をしていてはいけない」というユニークなメッセージを社員に発信している。 だが,このような取り組みは,現状の日本企業においては非常にレアケースだ。実際,就業規則などで副業を禁止している企業は多い。『平成 26年度 兼業・副業に係る取組み実態調査事業報告書』(中小企業庁がリクルートキャリアに委託した事業の報告書)によれば,4,513社中,兼業・副業を容認する回答は3.8%に過ぎなかった では,副業を容認・推奨する企業は何を狙いとしているのだろうか。それはひとえに「優秀な人材を確保する」ためだ。こう書くと,副業を解禁したら社員が独立したり他社に流れたりして,優秀な人材を確保できないではないか,と反論されるかもしれない。だが,発想は逆なのだ。優秀な人材は囲い込まれるのを嫌がる。少なくとも筆者の周りにいるタレント人材にはそういう傾向がある。 人口減少と人材流動化が進む時代において,副業を容認・奨励する取り組みの意味は,時代の要請を受けて働き方改革を積極的に推

進する企業に,ますます優秀な人材が集まるということだ。反対に,このような改革に消極的だと,労働人口の減少に加えて,ますます優秀な人材が集まらなくなる。

2 “社歴10年”は長すぎる

 筆者も委員の 1人として参加しているオフィスの生産性について協議する会合で,海外の先進的な事例を視察してきたある委員が次のような話をしていた。 日本企業に勤めるその委員は,視察先のオフィスで働く人々と社歴の話をしていて,「自分は10年同じ会社に勤めている」と口にしたら驚かれたというのだ。視察中,別の企業で同じ話をすると,やはり同じように驚かれたという。海外では一部のエンジニアなどを除き“同じ会社で勤続10年”というのは長いのだ。ここにも,人口減少と人材流動化が進む時代に,企業として生き残るためのヒントがある。 転職・労働市場の違いも影響しているのだが,欧米企業(特にアメリカ)では,人材がさまざまな事情により自由に転職していく(場合により,また戻ってくる)のを前提としたマネジメントシステムを構築している。対して,多くの日本企業,特に大企業では,そのような前提でのマネジメントシステムになっていない。これは,日本企業における社員の労働生産

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多様化・流動化の時代の人事部門の役割とは

㈱アジア・ひと・しくみ研究所 代表取締役 新井健一

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性(特にオフィスワーク)が,欧米企業に比べて低いといわれることとも関連している。

3 多様化を阻むものとは?

 なぜ,勤勉といわれる日本人の労働生産性が低いのか? この問題点もまさに日本人気質な職務設計にある。日本人は,組織的な分業を最も効率的に行う意図から,仕事の内容を精緻化して社員に割り当てる傾向が強い。これにより,社員個々が分担する仕事は他者と相互に連携する必要が高くなり,担当する仕事を完成させるために,上司,その上役,他部署など,多くの人間が関与せざるをえなくなる。確かに仕事を精緻化,細分化して多くの人間が関わるような設計にしておけば,豊富な情報と多角的視点が得られるという利点はある。また,上役のレビューを受けるというプロセスは,彼らに承認されなければ仕事が先に進まないのと表裏の関係で,彼らに話を通しさえすれば,実行の可能性は高まるともいえる。それに, 1つの仕事に複数の人間が関与することで,責任も分散され,個々の負荷は低下する。ただし,責任の分散に伴って権限の範囲も狭くなる。 このような職務設計は,大きく2つの点で,多様な働き方を進めるうえでの弊害になる。  1つは,仕事を進める本人の裁

量性を阻害することである。もう1つは,社員の働きぶりを管理監督する上司のジレンマ(責任は分散されるといっても成果責任は厳しく問われ,その責任を果たすための権限が何ら与えられない状態に置かれること)である。

4 人事部門がやること

 まず,解決を図りたいのは 1つ目に指摘した裁量性の阻害という課題である。日本企業に勤める社員の裁量性を阻害する端的なものは,稟議や合議(会議)というシステムである。稟議や合議があるから,自分で仕事の進捗をコントロールできない。他者の仕事の進め方や進捗ペースに合わせなければならないため,出勤時間も退勤時間も管理できない。往々にして,休暇すら思い通りに取得できないということもある。欧米人には,自分の直接のボスを飛び越えて,ボスのボスや,他部署のボスがなぜ自分の仕事にサインをするのか,意味が分からないだろう。結局,多くの社員が足並みをそろえるのが効率的だという話に落ち着き,「働き方の多様化は難しい」となってしまう。 次の課題は,管理職の責任と権限の不一致である。日本企業では,職場の長はメンバーに対する人事権を持たない。メンバーをヘッドハンティングしてくる権限も,クビにする権限もない。また,所管

する組織のパフォーマンスに責任を負いながら,必要な投資を決裁する権限も持たない。これらの権限は,直接現場で陣頭指揮を執っていない人事部や役員会にある。従って,仮に働き方だけを多様化しても,管理者は,組織を取りまとめて成果を実現する責任など取りようがないのである。 さらに 1つ。日本企業においては,人に仕事が貼りついている傾向がある。また,仕事の進め方が,気心の知れた社員同士の“あうんの呼吸”に頼っている場合も多い。だから,人材の流動化が加速すると実務がかえって混乱するのだ。 では,人事はどうすればいいのか。およそ,次のような認識はしっかりと持っておきたい。 ①「変わること」それは人口減少と人材流動化が進む時代になるということである。そして,②「変えること」は,社員の働き方だ。その第一歩として急務なのは,多様化や流動化を阻害する職務設計の見直しである。さらに,③「変えないこと」それは優秀な社員を確保するために,何が求められているのか,社員にとってどんな働き方が幸せなのかという問いや視点を意識し続けることである。

*  * 全 8回のオピニオン・リレーは本稿をもって終了となる。読者の皆様に,人・ヒト問題研究会メンバーより厚く御礼申し上げたい。

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新井健一(あらい けんいち) ㈱アジア・ひと・しくみ研究所 代表取締役1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後,大手重機メーカー,外資系コンサルティング会社,ビジネススクール責任者,医療・ITベンチャー企業役員を経て独立。大企業向けの人事コンサルティングから起業支援まで幅広い経験を活かしたコンサルティング・セミナーを全国で展開。著書に『日系・外資系一流企業の元人事マンです。じつは入社時点であなたのキャリアパスはほぼ会社によって決められていますが,それでも幸せなビジネスライフの送り方を提案しましょう。』(すばる舎リンケージ),『儲けの極意はすべて「質屋」に詰まっている』(かんき出版)。  ●URL http://ahsi.jp/ ●Email:info@ahsi.jp