Post on 14-Jul-2020
3M Patient Warming
Oct
Vol.1
患者の早期社会復帰を実現するために、Enhanced Recovery after Surgery(ERAS)というプログラムが注目されている。これを実現するには、①手術侵襲の軽減、②手術合併症の予防、③術後の回復促進の3つの要素が必要である。具体的には
数多くの項目があるが、そのなかの1つに低体温予防がある(表1)。本セミナーでは、手術中の低体温の基礎
知識と体温低下によって起こる合併症(表2)、そして予防のための強制温風式加温装置導入の効果について、データを提示しながら説明したい。手術時に全身麻酔をかけることで血管拡
張が起こり、中枢の熱が末梢に移動するが、このことを熱の再分布とよぶ。麻酔開始から1時間くらいの間に急激に体温が低下するが、この低下の4/5が熱の再分布によって引き起こされるとされている。その後、3時間後までの間も体温低下は続くが、これは熱の再分布に加えて、温まった末梢からの熱の放散が原因と考えられている。麻酔開始後3時間以上経過すると、体温低下の主な要因は熱の放散となり、最終的に熱の放散と産生が等しくなったところでプラトーに達する(図1)。このように、核心温低下の2/3が熱の再
分布によると考えられ、このことから熱の再分布の予防が重要だといえる。
いつも手術室にいる麻酔科医の目から見ると、手術中の低体温による合併症は、覚醒遅延やシバリング、回復室滞在時間の延長、サーマルコンフォート(温かさに関連した患者さんの快適度)の低下があげられる(表2)。特にシバリングを起こすと酸素消費量が約4倍になるといわれているので、心血管系のイベントの引き金になりえる。さらに、私たちの目が届かない手術後に
は、①術後24時間での心臓イベントの増加、②創感染症発症率の増加、③周術期出血量の増加、輸血量の増加があると多くの文献で報告されている。たとえば手術中の体温が1.3℃低下する
手術中の低体温予防──北の大地で暖かさを考える──
日本麻酔科学会 第60回学術集会 共催セミナーL19ロイトン札幌 エンプレス・ホール2013年5月24日(金) 12:30~13:30
〈演者〉
大内貴志先生東京歯科大学市川総合病院麻酔科
〈座長〉
南 敏明先生大阪医科大学附属病院麻酔科学教室 教授
表2 手術中低体温による合併症
麻酔科医の目にふれるところでは……①覚醒遅延②シバリング ③回復室滞在時間の延長④サーマルコンフォートの低下
しかし、手術室退室後では……①術後24時間での心臓イベントの増加②手術創感染の拡大、入院期間の延長③周術期出血量の増加、輸血量の増加
手術室内で患者の体温はどうなっているのか
麻酔科医の目から見た低体温の合併症
表1 ERASを実現するための項目
Consensus Guidelines in Colorectal Surgery. Arch Surg, 144 : 961-969, 2009.
1. 入院前の説明とカウンセリング 2. 腸管の前処置 3. 禁飲食時間の短縮 術前の炭水化物の摂取 4. 麻酔前投薬 5. DVT予防 6. 感染症予防 7. 長時間作用型麻薬 中部胸椎からの硬膜外麻酔 (局所麻酔薬+低用量麻薬) 8. 悪心・嘔吐の予防 9. 腹腔鏡補助下の手術 10. 創部の縮小化 11. 経鼻胃管留置 12. 低体温予防 13. 過剰な輸液 14. ドレーン類の留置 もしくは早期抜去 15. 尿カテーテル留置(or膀胱瘻) 16. 術後イレウス予防 17. 硬膜外麻酔による術後鎮痛 (局所麻酔薬+低用量麻薬) アセトアミノフェン NSAIDs投与は硬膜外麻酔終了後に 18. 周術期の経口栄養摂取 19. 離床・歩行を促進 20. 転帰・順守状態の調査
図1 全身麻酔中の体温低下第1相:麻酔開始~1時間後
第2相:麻酔開始1~3時間後熱の再分布と熱の喪失
Sessler DI : Perioperative Heat Balance. Anesthesiology, 92(2), 2000.
-1 0 1 2 3 4 5 6-4
体温変化(℃)
経過時間(時間)
-3
-2
-1
0
第3相:麻酔開始3時間後以降は熱の喪失が中心
図3 強制温風式加温装置の作動音
手術中の手術室で低風量 標準風量
手術開始時 62dB±1 61dB±3
腸管吻合時 58dB±1 59dB±2
使用機材:普通騒音計NL-42(リオン株式会社)
標準風量設定
低風量設定
強制温風式加温装置の低風量時の加温効果
静かな手術室で
Off 52dB
低風量 54dB
標準風量 56dB
3MTMベアーハガーTM
ペーシェントウォーミングModel 775
低風量 48dB
標準風量 53dB
(カタログデータより引用)
ことで、術後24時間の心臓イベントの 発生率が8%から21%に増加すると報告されている(表3)。また、体温が2℃低下すると、創感染の
発症率が6%から19%に増加し、入院期間が2.6日延長したとの報告がある(N Eng J Med, 334 : 1209-1215, 1996)。この文献では、創感染を引き起こしていない患者でも、低体温となることで1.7日入院期間が延長している。出血量に関する報告(Lancet, 347 : 289-292, 1996)では、体温が1.6℃低下すると術後翌朝までに480mLの出血量の増加が認められている。また、輸血を必要とした患者は、正常体温群の1名に対して低体温群では7人にのぼり、有意差は認めないものの、私は臨床的に重要な結果だと考える。また、 複数の文献を振り返る研究(Anesthesiology, 108 : 71-77, 2008)では、1℃未満の低体温でも、出血量は16%増加し、輸血を受けるリスクは22%増加する。以上のことから考えて、低体温を防ぐこ
とが患者の早期復帰につながるといえる。
一昔前は「最初の1時間で1℃以上の体温低下は避けられない」といわれていたが、最近では性能が向上し、その限りではない。当院では、3MTMベアーハガーTMペーシ
ェントウォーミングModel 750(以下、Model 750)を使用しているが、この装置は、送風ホースの先にサーモスタットセンサーが付いており、送風温度を厳密にコントロールすることができる。また、前世代の機種と比較すると送風量も増加しており、保温・加温効果は格段に向上している。
温水循環式加温装置では、手術中の低体温が予防困難であることは経験されていることと思う。私たちのグループが過去に発表した研究結果では、上腹部開腹手術に際し、Model 750とアッパーボディブランケット上半身用Model 522(以下、Model 522 )を組み合わせて使用することで、38℃設定でも43℃設定でも再分布性の低体温を防ぐことが可能であった。そのうえ、43℃設定では体温を上昇させることもできた(図2)。
◆Model 750を改良し、発売された3MTM
ベアーハガーTMペーシェントウォーミングModel 775(以下、Model 775)は、標準風量の他に新たに低風量の設定を設け、作動音を標準風量での53dBAから低風量での48dBAに減少させている。これらの変更点について、今回、加温効果と作動音の面から検証した。まず、加温効果の検証である。上腹部開
腹手術において、セボフルランを使用した硬膜外併用全身麻酔で管理を行い、鼻咽頭温を計測した。室温は24℃、プレウォーミング、輸液の加温、アミノ酸輸液は行っていない。機材はModel 775とアッパー用Model 522を使用した。その結果、低風量でも同等の加温効果があり、標準風量だとなおかつ体温を上昇させることができるとわかった。しかし、現段階では症例数が少ないため、研究を継続・完了した後に改めて報告したい。次に作動音の検証である。まずは、騒音
計(普通騒音計NL-42、リオン株式会社)を用いて静かな手術室で測定を行った。環境としては、測定している部屋では手術は行っていないが、隣室では行っている。また、
空調設備は作動中で、扉は閉めた状態である。結果は、Model 775がオフの状態で52dBAに対し、低風量時が54dBA、標準風量では56dBAとなった。次いで手術中の手術室で測定を行った。
手術開始時では、電気メスの大きな音なども影響し、低風量で62dBA、標準風量で61dBAと差はなかった。また、腸管の手縫い吻合時でも、低風量で58dBA、標準風量で59dBAとあまり差がなかった(図3)。耳で聞くと静かになったようにも感じるのだが、他の音にまぎれるためか、数値的には差はなかった。
強制温風式加温装置とともに用いるエアーブランケットであるが、上面から身体を
向上した強制温風式加温装置の性能
脳血管外科領域でのアンダーボディーブランケットの有用性
表3 術後24時間の心臓イベント正常体温36.7±0.1℃
低体温35.4±0.1℃
p値
患者数 142 158
心電図上の変化 9(7) 23(16) 0.02
心筋梗塞 6(5) 12(9) 0.17
心室性頻拍 3(2) 11(8) 0.04
病的心臓イベント 2(1) 10(6) 0.02
不安定狭心症/虚血 2(1) 7(4)
心停止 0(0) 2(1)
心筋梗塞 0(0) 1(1)
術後心イベントの総数 11(8) 33(21) 0.001
・平均値±標準偏差で表示 ( )内は%
Frank SM, et al : Perioperative maintenance of normothermia reduces the incidence of morbid cardiac events. A randomized clinical trial.
JAMA, 277(14) : 1127-1134, 1997.
図2 強制温風式加温装置の保温・加温効果の向上
38℃設定と43℃設定では、どちらでも再分布性低体温を含めた体温低下を防ぐことが可能43℃設定の場合、体温を上昇させうる
* *
BH38℃BH43℃
Temperature Change(℃)
-10 15 30 45 60 75 90 105 120 135 150 165 180
-0.5
0
0.5
1
*p<0.05(vs 0分)時間(分)
覆う従来のタイプは、手術によっては使用が困難であることは皆様経験されていることと思う。たとえば、従来のエアーブランケットを使用できない心臓血管外科の開心術症例では、温水循環式加温装置では体温維持が困難である。また、脳神経外科の血管内手術や血管外科のステントグラフト内挿術では、イメージ下にカテーテル操作を行うため、温水循環式加温装置も使用できない。そこで、これらの問題をクリアすると思
われた「アンダーボディブランケット」の調査を実施した。私たちのグループは、脳神経外科の血管
内手術を対象とした後向き研究を行った。全静脈麻酔で管理を行い、膀胱温を調査した。室温管理は行わず(結果的には約22℃であった)、プレワォーミング、輸液の加温、アミノ酸輸液は行っていない。アンダーボディーブランケットを導入する前は、加温は一切行っていなかった。導入後は、38℃設定の3MTMベアーハガーTMペーシェントウォーミングModel 750と、3MTMベアーハガーTMアンダーボディブランケットModel 635を用いている。結果であるが、アンダーボディーブラン
ケット導入前のグループと導入後のグループの間に有意差が認められた。導入前のグループの体温は、麻酔開始60分後に有意な低下となり、その後も低下を続けた。それに対し、導入後のグループの体温は、麻
酔開始75分後に最大約0.6℃低下したが、有意ではなかった。このことから、この手術ではアンダーボディブランケットで体温低下を防ぐことが可能であると考えられる(図4)。しかし、アンダーボディーブランケット
導入後のグループでも、体温低下を続ける患者さんもいるため、加温装置の設定温度を38℃としたグループと43℃としたグループの比較を行った。この研究では、血管内手術に加え、内頸動脈ステント留置術も対象に加えた。核心温としては、鼻咽頭温を測定することとしたが、その他の環境因子は先の研究と同じである。脳神経外科の血管内手術だけではデータ
がすぐに集まらないため、内頸動脈ステント留置術のデータも収集した。膀胱温だと術野や体表に近いので、核心温を正確に反映しているとはいいにくいため、今回の測定場所は鼻咽頭温とした。結果であるが、43℃設定のグループの体
温が、38℃設定のグループの体温より有意に高かった。加えて、43℃設定の群で105分以降に有意な体温上昇が認められたのである。この2つから、43℃設定では再分布性低体温を防ぐだけでなく、体温を上昇させることもできるとわかった。低体温を予防できるという結果は素晴
らしいが、体温を上昇させることがよいとは言い切れないため、途中で温度設定を変えることで理想的な状態を維持でき
ないものかと臨床研究をしている最中である。アンダーボディーブランケットが有効
な理由を考察する。このブランケットの場合、体重によりブランケットがつぶされるため、背面を加温することはできない。しかし、図5で示すように、サージカルドレープとブランケットの間に温かい空気の層がつくられ、熱が逃げないために効果的に加温できるのではと考える。
砕石位手術では、下肢を加温できないため、従来のエアーブランケットでは加温面積が制限されてしまう。特に当院の婦人科手術では、両上肢を体幹に付ける体位で手術を行うために、上半身用のエアーブランケットでは広い面積を温めることができない。そのため、砕石位用の3MTMベアーハガーTMアンダーボディブランケットModel 585(以下、Model 585)が発売された際に臨床研究を行った。婦人科腹腔鏡手術患者を対象とし、セボ
フルランを使用した全身麻酔で管理を行い、食道温を測定した。室温管理は24℃とし、プレワォーミング、輸液の加温、アミノ酸輸液は行っていない。加温装置は38℃設定のModel 750を、エアーブランケットはModel 585をそれぞれ用いた。温水循環式加温装置を使用していた際
図4 アンダーボディブランケット導入前と導入後の体温低下の比較
アンダーボディーブランケットの使用で、体温低下を防ぐことが可能
0.5
0
-0.5
-1
-1.5
-2
-2.5
-3
p=0.003
0 15 30 45 60 75 90 105 120 135 150 165 180
♭♭
♭ ♭
♭♭
♭♭
♭
Temperature(℃)mean ±SD
Figure. Changes in the Bladder Temperature
アンダーボディーブランケット導入後→38℃設定
アンダーボディーブランケット導入前→加温なし
図5 アンダーボディブランケット比較断面図
ドレープとアンダーボディブランケットの間に温かい空気の層がつくられたのでは
ドレープ
手術台
温風
エアーブランケット
砕石位手術でのアンダーボディーブランケットの有用性
体幹
時間(分)
は、約1℃の体温低下を示す患者さんもいたが、Model 750とModel 585を使用することで、平均体温変化は0.1℃未満と非常に良好な結果を得た。砕石位用アンダーボディーブランケッ
トが有効な理由を考察する。図6で示すように、エアーブランケットModel 585は、その下肢側のパーツを大腿部背面に沿わせることが可能である(矢印)。当院では、砕石位手術時には足ぶくろを下肢に被せているが、その中に下肢側のパーツからの温風が流れ込むことによって加温効率が増したと考えている。
当院でこのような臨床研究を行って得られた知見のなかで、強制温風式加温装置とエアーブランケットを事故なく上手に使いこなすためのいくつかの注意点を述べる。まず、体温をモニターする場所であるが、
体温センサー付きの尿道カテーテルが普及していることもあり、日本では膀胱温を測定することが一般的になっている。しかし、欧米では体表に近いこと、膀胱の内容物に影響されることなどから、核心温としてはなかなか認めてもらえない。膀胱温は簡便にモ
ニターできるため否定するわけではないが、手術ごとに手術の影響を受けにくい部位を選んで体温をモニターする必要がある。効率よく保温・加温を行うコツは、エア
ーブランケットを上手に使って、身体のまわりに温かい空気の層をつくることにある。その層が、①身体の末梢をすばやく温めて、熱の再分布を抑え、②末梢からの熱の放散を抑えることで、低体温を予防できると考えている。具体的に見ていくと、上半身用のエアー
ブランケットの場合、図7のように温風が循環する空間をつくり、ヘッドドレープで頭部を覆うことが大切である。また、砕石位用を含めたアンダーボディ
ーブランケットの場合、頭部と下肢部を結ぶ空気の通るトンネルをつぶさないことが重要である。このトンネルをつぶしてしまうと、頭部か下肢の一方しか加温できないため、効率が大きく低下してしまう。上肢をエアーブランケットの切れ目に通すか、トンネルを手台の下に通すことで、トンネルを守ることができる。
強制温風式加温装置は、上手に使うこと
も大切だが、安全に使うことも同様に大切である。高い設定温度で使用すると低温熱傷を引き起こすのではないかと危惧される方もおられるが、適正に使用すれば問題はない。アメリカ食品医薬品局(FDA)に報告されている低温熱傷の2件の事例は、いずれもエアーブランケットを使用せず直接患者に温風を当てたことで生じた結果である。こういった事故を予防するには、①温風
をホースから直接身体に当てることはせずエアーブランケットを使用すること、②エアーブランケットのリユースはしないことである。エアーブランケットのリユースを繰り返
すと、ホースの挿入口からホースが外れやすくなり、外れたホースから患者さんに直接温風が当たる危険性が増す。また、ブランケットに裂け目ができて、大量の高温風が噴出する可能性もあるので注意が必要である。
◆ここまでいろいろと述べてきたが、手術
中体温の知識、強制温風式加温装置とエアーブランケットを使ううえでの知恵とコツ、またその安全管理上守るべきポイントを明日からの臨床にいかしていただければ幸いである。
上手に温かい空気の層をつくる
強制温風式加温装置を安全に利用する
日本麻酔科学会第58回学術集会,P2-49-1,2011.
図6 砕石位用アンダーボディブランケット 図7 エアーブランケットを上手に使うためのコツ
温かい空気の層をつくることを意識する
ドレープ
温風 上肢
手台エアーブランケット
ヘッドドレープで頭部を覆う
販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング モデル775 認証番号:224ADBZX00145000販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング モデル750 認証番号:223ADBZX00110000販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング ブランケット 認証番号:223ADBZX00108000
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