Interbrand 30th year initiative 10

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Brands of the Future - ブランドを生命体として捉えよ 流動化し、知的生命体・有機体とも言える存在となりつつあるブランドに取り組み、そのあり方を軸にして組織・文化・業務オペレーションを改革していくブランディング活動を、我々は「ブランディング3.0」と呼びます。新たな「大衆の時代」がグローバルブランドの定義を変える現代において、ブランドに関わるマネジメントにいかなる価値観や方針の転換が必要なのか。「日本ブランド」が今まさに正対せねばならない思考フレームワークのシフトを論考し、本論説シリーズ全体を総括します。

Transcript of Interbrand 30th year initiative 10

ブランドは流動化し、生命体へ。「ブランディング3.0」時代に向けた日本ブランド変革の本質

和田 千弘

10January 2015

BRANDS HAVE THE POWERTO CHANGE JAPAN

これからの日本ブランドの30年に向けて

10ブランドは流動化し、生命体へ

「ブランディング3.0」時代に向けた日本ブランド変革の本質

和田 千弘

やや個人的な経験からお話をしたい。

2000 年、私は MIT(マサチューセッツ工科大学)の MBA 課程に在籍していた。当時、日本企業は一部の自動車メーカー以外、凋落が著しい時期であったが、 創業間もないグーグルが急速に利用者を拡大し、復帰したジョブズが開発した斬新なデザインの iMac が発売され、MIT のオフィスでも広く使われるといった印象的な出来事が起きていた。企業経営者からは、

「デザインシンキング」の重要性が頻繁に語られ始めていた。

理論的にも、B.J. パインと J.H. ギルモアによる「経験経済」やクレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」の経営的意味合いがビジネススクールでも議論されていた。MIT でも、エリック・フォン・ヒッペルがオープンソースソフトウェアやオープンデザインを研究し、「イノベーションの民主化」を提唱していた。

そうした観察から、その時期はマーケティングやイノベーションの考え方の変曲点の一つとなる時期なのではないか・・・と

強く感じていたのだが、その時期まさに、2000 年、インターブランドの「ベスト・グローバル・ブランド」ランキングが作成・公開されている。ファイナンス理論を駆使しながら、膨大なデータを分析し、情緒的ベネフィットやユーザーのブランド選択行動を数値に転換するブランドの捉え方に、私自身、強い衝撃を受けた。

実際、ちょうどその頃から、あらゆる市場で、ブランドの捉え方が大きく変化している。広告によって形成される短期的イメージではなく、創造・蓄積・管理されるべき無形資産であり、企業のあらゆる具体的活動がブランドにつながるという考え方が浸透し始めている。

ブランディングとイノベーションが変化した時

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ダニエル・ピンクの「ハイコンセプト」は、この時期以降のユーザーの変化をうまく分析している。ピンクが分析したように、1)機能だけでなく「デザイン」2)議論よりは「物語」3)個別よりも「全体の調和」4)論理だけではなく「共感」5)まじめだけでなく「遊び心」6)モノよりも「生きがい」

といった情緒的経験の価値の重要性は高まり続けている。そうした、ユーザーの期待値の不連続なレベルでの高まりは、ブランディング活動の重要性を高め続けてきた。

しかし、現在、それに留まらない大きな変化がある。

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これまでのインターブランドジャパンのメンバーによる論考で幾度か指摘させて頂いたが、私たちが世界中の多くのクライアントのブランディング活動を支援する中で、日々実感している、確実な流れがある。

それは、ブランディングのターゲットユーザーが個人消費者・企業顧客の区別を問わず、ブランドがその商品・サービスのユーザーによって形成され、コントロールされるようになってきているという変化だ。ブランドを「所有」しているのは当然企業や団体であるが、ユーザーによってブランドが日々変化・進化するケースが増えている。

これからのブランディングに不可欠な、ユーザーとの共創

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「共創」「オープンイノベーション」「クラウドソーシング」などは既に広く知られた言葉であるが、ブランディングでは現在、その概念がさらに拡張されつつある。企業が共創を仕掛ける、という関係を超え、情報の送り手と受け手の境界線は一層、曖昧となっている。

これは「人間がこの世界をどう経験し、この世界をどう感じながら生きていくのか」という点における、本源的・根本的なシフトへの適応であり、あらゆるブランドは、こうした流れに緊密かつ迅速に対応する手を打たなければ、急速に世界から取り残され、最終的には死滅してしまうであろう。

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TIME Person of the Year 2006http://content.time.com/time/specials/packages/0,28757,2019341,00.html

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2006 年、アメリカの「TIME」誌編集部が選ぶパーソン・オブ・ザ・イヤー(Person of the Year)に、You(あなた)が選ばれたのをご記憶の方も多いだろう。その号は表紙が鏡になっていて、そこに自分の顔が映し出されるようになっていた。その左は、YouTube の動画メニュー画面である。

改めて言うまでもなく、デジタリゼーションがブランドのあり方を劇的に変えている。何かのブランディング活動を考える際に、時には「What= 何を表現しようとするか」を決定する前に、

「How= いかに個々のユーザーにリーチしようとするのか」を検討し、決定することが必要となっている。

「リアルタイム・ブランディング」や「アダプティブ・ブランディング」は、(しばしばデータ化された)ユーザーの興味や行動に迅速に反応し、ブランドを「流動化」させて柔軟に変化させるアプローチである。デジタルメディア上の広告やコンテンツに限らず、商品・サービス自体も含めたマーケティング要素のあらゆるすべてを、パーソナルな期待値を捉えて変化・適合させ、ブランドとユーザーの繋がりを強めることが、実際にユーザーが望む形、高まる一方のユーザーの期待値なのである。

“You”の時代

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スター バックス 社 は、「My Starbucks Idea」というサービスで、より一層アダプティブになるための新しいアイデアを公募することで、ブランドのユーザーとの繋がりを強力に高めている。公募アイデア対象は、Product(商品)、Experience(体験)、Involvement(社会参画)などのあらゆる領域に渡っており、ドリンクやフードの種類や味だけではなく、立地や店舗空間、カードのデザイン、音楽、コミュニティ、注文・支払方法、社会貢献のアイデアに至るまで、広く募集されている。応募された総数は 10 数万件(2014年 12 月現在)に及び、既に数 100 件が採用されている。

My Starbucks Ideahttp://mystarbucksidea.force.com/apex/ideahome

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KLM オランダ航空社の「Meet & Seat」というサービスは、実は私も大好きなのだが、出発前に他の搭乗者の Facebook、Google+ や LinkedIn などの SNS のプロフィールを見ることができ、チェックイン時に隣に座る人を確認してから、座席を指定することができる。同じ関心分野を持つ人との出会いや、ビジネスネットワーキングの活用を意図したものである。

KLM 「Meet & Seat」http://www.klm.com/travel/jp_ja/prepare_for_travel/on_board/Your_seat_on_board/meet_and_seat.htm

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ここで、よく注意をされたい。デジタルメディア、ソーシャルメディア、スマートフォンなどを、自社のブランディングにどう上手に活用しようか、という思考方法だけでは、ブランドという概念が「流動化」し、時に自律的な動きをする「生命体」となりつつある状態には十分対応ができない。

例えばソーシャルメディアは、それ自体が流動的である。人々の思念の集合体が、大きな魂のようになり、その魂が器に閉じ込められた、生命を持つ「知的有機体」とも言えよう。

となれば、ソーシャルメディアという生命体と上手に「お付き合い」をしながら、ブランドをどう変えていかなければならないか、を思索し、発想し、議論し、業務を改善しなければならない。上記のスターバックスや KLM オランダ航空は、企業内の発想・思考方法自体を押し広げるための、ある意味、企業文化の変革の事例である。

「ユーザーの声を聞く」「ユーザーからフィードバックを得る」だけでは(これらも時には必要であるが)、現在・未来のユーザー

「ブランディング3.0」とは

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の心を動かすことは難しい。ユーザーをブランドのストーリーに「巻き込み」、ユーザーにブランドのストーリーを「語り継いでもらう」ためには、「ユーザーをブランディング活動に組み込む」ことが必要だ。そのためには、ソーシャルメディアを広告やリサーチに活用することや、ましてやターゲット顧客のライフスタイル・嗜好に合いそうなオンラインコミュニティのプラットフォームを企業側が準備する、といった単純な施策では絶対に実現しない。

流動化し、知的生命体・有機体とも言える存在となりつつあるブランドに取り組み、ブランドのあり方を軸にして組織・文化・業務オペレーションを改革していく。我々は、そうしたブランディング活動を、「ブランディング 3.0」と呼んでいる。

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ブランディング 3.0 に真剣に取り組もうとすれば、結果、予測困難で、コントロールがほぼ不可能な、複雑性が生じる。その複雑性は管理不可能な水準であることへの理解が、貴社の経営陣・従業員にはあるだろうか?複雑性は、「正しく、正面から付き合う」という考え方が必要なのである。

すなわち、ブランディング 3.0 時代において、ブランドオーナーは「良いアイデア」を基軸に広告にするだけでは、成功を望めないことになる。ユーザーは、受動的な消費・購買・使用だけでは満足せず、能動的でアクティブな参加を望むことになるが、その参加行動が発生するのは常に、ユーザーが実在し、サービスが提供される現場である。このため、「経験戦略はこういうカスタマージャーニーで・・・」などと本社が企画・立案しても、現場で最適経験が提供されなければ、失敗するだけである。

ブランディング 3.0 時代のユーザー経験とブランドのあり方は、微細な心で慎重に設計・構築されるべきであり、あらゆる商品・サービスが、正確無比に丁寧に提供されるべきなのである。

「実行」段階に関する深い考察と、現場での最適で柔軟なオペレーション実行を支える経営ルール変更の必要性が大きく高まっている。

大手玩具メーカーのレゴは、自社の LEGO Ideas というサイトで、ユーザーからアイデアを募集している。これは 2008 年にCuusoo(= 空想)という名前で、日本から始まったプロジェクトである。ユーザーからアイデアを募集し、他のユーザーが投票するのであるが、その中で投票が 10,000票に到達したアイデアは、レゴ社内のレビューボードで検討され、合格したアイデアが実際の商品になり世界中で発売される。

これだけではないのが、レゴブランドの面白いところである。大人のレゴファン("Adult Fan of Lego" = "AFOL" と略して呼ばれる)による、レゴブランドコミュニティを意識した様々な仕組みやサイトが存在している。

一刻を争う「ブランディング3.0」への経営ルールの変更

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例えば、LDraw は、AFOL が開発したレゴ用の CAD(コンピュータ利用設計システム)で、ユーザーは工業デザインをするように、バーチャルなレゴのモデルやシーンを描き出すことができる。LDraw は、オープンスタンダードのフリーソフトウェアであり、レゴの部品で実際に作ったモデルを文書化し、説明書を作成でき、バーチャルモデルの 3D 写真はおろか、アニメーションまで制作できる。

AFOL は自らのレゴ作品を、MOCpages.com などの多くのサイトにアップロードしてい る。MOCpages.com に は、2014 年12 月現在、40 万点以上がアップロードされている。他にも、様々なレゴ関連サイトが存在している。

ファンよるこうした製品の二次創作・改造・改変・公開を許容するばかりか、刺激し、守ってすらいるレゴ社の姿勢が、ユーザーの心を動かす。レゴ社は、重要な経営判断として、自社製品に関する一部の権利を意図的に放棄することで、実に強力なブランドを構築することに成功しているのである。

LEGO Ideashttps://ideas.lego.com

MOCpages.comhttp://www.mocpages.com

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ブランディング 3.0 時代に適合していくためには、そうした経営ルールの(多頻度な)変更を許容する、企業文化の改革が必要となる。言うまでもなく、正しい企業文化には、正しい選択(経営レベル・現場レベル共に)の共通理解をベースにして、社員を揺るぎなくまとめる力がある。

しかし、ブランディング 3.0 に向けた正しい企業文化は、トップダウンで「志」「ビジョン」を言語化するだけでは生まれない。ボトムアップでワークショップを繰り返すだけでも生まれない。ユーザーや社員、あらゆるステークホルダーが触れるもの・目に見えるものの、正しいクリエイティブデザインからスタートしながら、社員同士、ユーザーと社員、さらにはユーザー同士が相互に協力し合い、改善するためのプロセスを繰り返して、少しずつ、まさに Kaizen 的に築き上げる必要がある。

自社のブランドを真摯に見つめ直した時、ブランディング 3.0 時代の流れが否応なく進展するグローバル市場で、どこまで苛烈な勝負することになるのか。いかなる価値観や方針の転換が必要なのか。いかなる覚悟が必要なのか。ブランディング活動に関して、対応できていないことは何か。どういう思考方法を組織に浸透させていくべきなのか。そうした根源的な部分について、改めて考えて頂きたい。そして、今日からすぐにでも、自社のブランディング活動の改革に取り組んで頂きたい。これこそが、強いグローバルブランドの確立にむけて、「日本ブランド」が今取り組まなければならない課題である。

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インターブランドジャパン

和田 千弘 Chief Executive officer

松尾 任人 Creative Director

橋島 康祐 Creative Director

インターブランドについて

 インターブランドは、1974 年、ロンドンで設立された世界最大のブランドコンサルティング会社である。世界 27カ国、約 40 のオフィスを拠点に、グローバルでブランドの価値を創り、高め続ける支援を行う。インターブランドの「ブランド価値評価」は、ISO により世界で最初にブランドの金銭的価値測定における世界標準として認められ、グローバルのブランドランキングである “Best Global Brands” などのレポートを広く公表している。 インターブランドジャパンは、ロンドン、ニューヨークに次ぐ、インターブランド第 3 の拠点として、1983 年、東京に設立された。ブランド戦略構築をリードするコンサルタント、ブランドのネーミング、スローガン、メッセージング、ロゴ・パッケージ・空間・デジタルのデザインを開発するクリエイターが在籍し、さまざまな企業・団体に対して、トータルにブランディングサービスを提供している。

www.interbrandjapan.com