Post on 11-Jul-2020
ユーザ参加型都市環境センシングのための効率的巡回経路算出システム
An Efficient Pathfinding Simulator for Participatory Sensing
15FMI32 米長洋二
研究指導教員 准教授 岩井将行
1 はじめに
1.1 ユーザ参加型環境センシングについて
GPS受信機・加速度センサ・集音マイク・照度センサ
等の様々なセンサを搭載したモバイル端末であるスマー
トフォンの世界的な普及を背景として,多数の一般ユー
ザの持つスマートフォンをモバイルセンシングデバイス
として用い,都市空間の環境情報を空間的・時間的かつ
詳細に収集するセンシング手法であるユーザ参加型環境
センシングの実現が期待されている [1].スマートフォ
ンによるユーザ参加型環境センシングと,従来の設置型
センサを用いた環境センシングとの大きな違いとして,
センサ精度や同一箇所での連続計測時間が劣るという短
所が挙げられる一方,設置・維持コストがかからないこ
とや,広範囲・高粒度のデータ計測が可能であるという
長所が挙げられる.このユーザ参加型環境センシングの
概念により構築した騒音情報モニタリングシステムや大
気情報モニタリングシステム等を用いて,都市地域にお
ける住宅環境の再評価 [2]や,住民の健康状況への影響
[3]について詳細な調査を行うことが期待されている.
1.2 ユーザ参加型センシングによる環境調査実験
スマートフォンを用いたユーザ参加型環境センシン
グに関して,実際の都市地域での大規模な歩行センシン
グ実験によってデータを収集した例として,弊研究室
と合同で行われた,青木らによる世田谷センシング実
験 [4]があげられる.これは,世田谷区内全域において
約 2700箇所の計測ポイント (図 1)を設定し,計測日時,
GPS座標,騒音,照度,加速度,気圧の6項目を計測
できるアプリケーション (図 2)の入ったAndroid端末を
持った,のべ 40人の徒歩計測者(以下ユーザ)による
計測実験である.この実験の結果,大きく二つの課題が
判明した.一つは,データの欠損・重複等の誤計測や,
環境やユーザに起因するノイズデータの発生である.こ
れは,青木ら自身によってデータ校正手法の研究 [5][6]
が試みられ改善された.もう一つは,ユーザ毎の体力差
や移動経路の選択によって,計測終了時間や総移動距離
に大きな差が生じ,効率性と公平性に欠けるというもの
である.これは実際に計測を行う際の,各ユーザの作業
量や効率が事前に想定しづらく,また各ユーザの赴く計
測エリアの割り当て,及び移動経路の効率化が為されて
いないため生じた問題であると考えられる.将来的に,
より広範囲かつ,より多くのユーザの参加を想定した場
合,全ユーザの都合に配慮しつつ,作業範囲を継続的か
つ手動で割り当てることは困難であるため,自動化する
必要がある.本論文ではデータ・クラスタリングの代表
的手法である k-平均法と,経路探索の代表的手法であ
るダイクストラ法を用いてユーザの作業量分担や作業時
間推定を行うためのシミュレータを作成した.
図 1. 世田谷区内全域の
騒音マップ
図 2. センシングアプリのイ
ンターフェース
2 ポイント巡回型センシングシミュレータ
本研究の実験手法では,任意の計測範囲にて複数ユー
ザによる同時巡回を行うため,ユーザ一人あたりの巡回
する範囲を人数分で分配する必要がある.計測エリア
内の計測ポイントを各ユーザになるべく等しく分けるた
め,計測ポイントのクラスタリングを行う.現実の都市
内におけるセンシングでは,駅などユーザが集合しやす
く移動の容易な地点を開始/終了地点とすることが多い
ことを考慮し,任意の地点を重心とし各ユーザの移動距
離を平準化するクラスタリング手法として,k平均法を
用いる.
一人あたりの作業負荷をできるだけ平均化するため,作
業負荷として総移動距離や交通状況によりかかる時間等
を重みとして用い,最小の経路を算出できる経路探索手
法としてダイクストラ法を用いる.
2.1 k-平均法
k-平均法は,以下の流れ (図 3)で実装される.
データの数を n,クラスタの数を kとする.なお,本研
究においてはクラスタ数 kはユーザ人数と同義である.
1. 各データをランダムに k個のクラスタに割り振る.
2. 各クラスタ毎のデータ値の平均を計算する.
3. 各データの値と各クラスタ平均の距離を比較し,最
も近いクラスタに割り当て直す.
4. 上記の処理で全てのデータにおいてクラスタの割
り当てが変化しなかった場合,あるいは変化量が事
前に設定した一定の閾値を下回った場合に,収束し
たと判断して処理を終了する.そうでない場合は
新しく割り振られたクラスタの平均を再計算して
上記の処理を繰り返す.
図 3. k-平均法
2.2 ダイクストラ法
各ユーザが各ポイントを巡回する際の移動距離平準
化シミュレータの開発にあたって,経路探索手法とし
てダイクストラ法を用いた.ダイクストラ法は,各ノー
ドへの最短経路を,始点の周辺から1個所ずつ確定し,
徐々に範囲を広げていく方法である (図 4).各ポイント
間の距離即ち図の辺の長さを重みとし,任意のノードか
らノードへの最短経路を算出でき,前述のクラスタリン
グ後であれば,複数ユーザの経路探索にも有効である.
ダイクストラ法は,以下の流れで実装される.
1. 各地点までの距離を未確定とし,無限大とおき,始
点の距離を 0とおく.
2. 始点に隣接している未確定の地点の中から,距離が
最も小さい地点を選び,その距離をその地点まで
の最短距離として確定する.
3. 確定した地点に隣接しておりかつ未確定である地
点に対して,今確定した場所を経由した場合の距
離を計算し,今までの距離よりも小さければ書き
直す.
4. 全ての地点が確定するまで,3の処理を繰り返す.
図 4. ダイクストラ法
3 道路ネットワークを考慮したセンシングシ
ミュレータ
本章では,開発したシミュレータの概要,及び動作に
ついて述べる.
3.1 システム概要
本シミュレータでは,道路ネットワーク上に設定した
計測ポイントを,複数のユーザらが一度ずつ巡回する様
子をリアルタイムに可視化でき,またログとして出力
することができる.本シミュレータにより,計測エリア
のクラスタリング及び効率的経路の算出が可能となり,
ユーザ参加型環境センシングにかかる参加ユーザ数,計
測時間,移動距離を推定することができる.
3.2 マップエディタ機能
計測ポイントを,ノードとエッジを入力するマップ
エディタ機能 (図 5)(図 6)を用いて入力する.入力した
ノードは xy座標の値と id,エッジは出発ノード及び到
着ノードの idとその 2点の距離にて表される.これを
j sonファイルにて出力する.
図 5. 計測ポイントの例
図 6. ノードとエッジの入力例
3.3 シミュレータの動作
シミュレータは,計測者の現在位置,未計測ポイン
ト,計測済みのポイントを示す.現在シミュレータで設
定できる項目は,計測者の人数,歩行速度などの計測者
のパラメータ,計測ポイントの数,計測ポイントをクラ
スタリングする際の分割数の 4点である.将来的には
地図上の高低差や道の混雑度や信号待ち等の重みも入力
できればと考えている.
本シミュレータでは,前述の k-平均法とダイクスト
ラ法を用いて,経路の図示を行う.動作手順は以下の通
りである.
1. 入力されているノードをクラスタリングし,各ユー
ザに割り当てる.
2. 現在地点から最近傍のノードを探索し,エッジ上を
移動する.
3. ノードに到着したら,ノードを探索済みに変更し再
び探索を行う.未計測ポイントがなくなるまで探
索・移動を繰り返す.
動作中の様子を (図 7)(図 8)に示す.
図 7. シミュレーションの様子
図 8. 動作結果
4 追加実験
2016年 11月 14日及び 11月 20日,鈴木らとともに,
渋谷区内全域において約 6000箇所 (図 9)の計測地点を
設け,のべ 12人のユーザ (図 10)の徒歩による大気濃度
センシング実験を行った.
図 9. 全計測ポイント図 10. 実験参加者
ユーザごとのおおよその計測範囲とポイント数が均
等になるようにエリア分けを行い,各ユーザ毎の計測範
囲内でのセンシングを行った.この実験により得られ
た大気濃度マップの例を (図 11)に示す.
5 評価
追加実験で用いた 6000というノード数を振り分ける
ためには,膨大な計算量が必要となる.このため,評価
実験では,マップ一部を抽出し,シミュレーションを
行った.全ポイントの計測が終了するまでの時間を,提
案手法とランダムの徘徊にて比較した.その結果を以
下表 1に示す.
図 11. NO2濃度マップ
提案手法(秒) ランダム(秒)
1回目 12.78 13.83
2回目 12.88 14.17
3回目 12.01 13.31
4回目 12.49 15.26
5回目 12.35 16.84
6回目 12.67 14.43
平均 12.53 14.64表 1. シミュレーションによる計測時間の比較
6 考察
前章の表 1を見て分かるように,本提案手法による巡
回パターンは,ユーザがランダムで巡回する場合に比べ
て高速かつ,平均との時間差が少なく,効率的な巡回が
できていると言える.ユーザ参加型センシングにおい
て求める効率性が満たされることにより,ユーザの負担
が減り,より多くのユーザがセンシングに参加すること
ができるようになるだろう.また,計測時間の短縮は,
同じ時間でより多くの計測ポイントを巡回することがで
きるようになることを意味しており,本提案手法を適用
することはユーザ参加型センシングにとって有用である
といえる.
7 おわりに
提案手法により,複数人でのセンシングのシミュレー
ションの効率性が高まったといえるが,まだまだ課題は
多い.例えば,膨大なノード数であっても動作するよう
に,局所的最適解を求めるアルゴリズム,例えば遺伝的
アルゴリズムと機械学習を併用したシミュレータを作成
するなどが求められる.
謝辞
本研究をするにあたり,実験協力,及びデータ提供を
してくださった東京大学生産技術研究所の鈴木孝男さん
に深くお礼申し上げます.
参考文献
[1] N. D. Lane, E. Miluzzo, L. Hong, D. Peebles, T.
Choudhury, and A. T. Campbell, “A Survey of Mo-
bile Phone Sensing,” IEEE Communications Maga-
zine, vol. 48, no. 9, pp. 140-150, 2010.
[2] T. Zimmerman and C. Robson, “Monitoring Residen-
tial Noise for Prospective Home Owners and renters,”
9th International Conference, Pervasive 2011, pp. 34-
49, 2011.
[3] S. Santini, B. Ostermaier, and R. Adelmann, “On the
Use of Sensor Nodes and Mobile Phones for the As-
sessment of Noise Pollution Levels in Urban Environ-
ments,” 6th International Conference on Networked
Sensing Systems 2009, pp.1-8, 2009.
[4] 青木俊介,劉広大,清水和人,岩井将行, and瀬崎薫,
“ユーザ参加型環境センシングにおける効率的なシ
ステム運用モデルの構築とユーザ分析,” マルチメ
ディア,分散協調とモバイルシンポジウム 2013論
文集, vol. 2013, pp.2008-2013, Jul. 2013.
[5] 青木俊介,劉広文,岩井将行, and瀬崎薫, “ユーザ固
有の雑音を考慮する参加型環境センシングのデータ
校正手法,”電子情報通信学会技術研究報告. ASN,知
的環境とセンサネットワーク 113(38), pp. 211-217,
May. 2013.
[6] 重田航平,青木俊介,劉広文,岩井将行, and瀬崎薫,
“モバイル端末を用いたユーザ参加型環境センシン
グにおける誤計測地点の検知・修正手法,” マルチ
メディア,分散協調とモバイルシンポジウム 2013
論文集, vol. 2013, pp.249 - 256, Jul. 2013.
[7] S. Aoki and K. Sezaki, “Privacy-preserving commu-
nity sensing for medical research with duplicated per-
turbation,” 2014 IEEE Int. Con. Com., pp. 4252 -
4257, Jun. 2014.
[8] 鈴木孝男, 伊藤昌毅, and 瀬崎薫, “モバイル環境セ
ンシングにおける Perturbation 後の復元精度推定
手法の提案と評価,” 研究報告高度交通システムと
スマートコミュニティ (ITS), vol. 2016-ITS-65, no.
22, pp. 1-8, May. 2016.