各種インフルエンザ迅速診断キットの評価...

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平成21年 9 月20日

各種インフルエンザ迅速診断キットの評価

―検出感度の比較検討―

1)神戸大学医学部附属病院検査部,2)兵庫県微生物検査ネットワーク,3)大阪府立公衆衛生研究所,4)神戸大学大学院医学研究科臨床病態免疫学講座

徳野 治1) 藤原 美樹2) 中上 佳美2) 山之内すみか2)

足立 昌代2) 池田 明子2) 北山 茂生2) 高橋 敏夫2)

加瀬 哲男3) 木下 承晧1) 熊谷 俊一4)

(平成 20 年 10 月 10 日受付)(平成 21 年 7 月 14 日受理)

Key words : influenza, rapid diagnosis, real-time reverse transcriptase-polymerase chain reaction

要 旨インフルエンザ迅速診断キットは,その初期診断と治療に有用であり多種市販されている.しかし検査結

果の精度に関しては,各キット間の検出感度差も示唆される.今回 8社から販売されているキットの特性を明らかにすることを目的として,ワクチン株及び臨床分離株を用いて検出感度や性能等を比較検討した.供試したウイルス株は分離培養したA型H1N1,A型H3N2,B型のワクチン株 5株,臨床株 6株を用いた.各ウイルス株原液を生理食塩水で 10 倍段階希釈し,キット添付文書記載の用法に基づき測定を行い,陽性検出限界を求めた.これをさらに 2倍希釈系に調製して測定し,最小検出感度を比較した.各試料中のウイルスRNAコピー数をリアルタイム reverse transcriptase-polymerase chain reaction(RT-PCR)法にて測定した.同時に各キット添付の専用綿球と専用容器でのウイルス抽出効率の評価も実施した.各分離株に対する最小検出感度のウイルス抗原量平均値〔log10コピー数�mL〕は,A型H1N1 が 5.68~7.02,A型 H3N2が 6.37~7.17,B型が 6.5~8.13 であり,一部のキット間で感度に有意差が認められ,ウイルス抽出効率についてもキット間に差が認められた.ウイルス検出感度はA型に対して比較的高く,B型には低い傾向が認められた.各キット間の検出感度差については,用いられている検出原理の違いや,あるいはそれぞれのウイルス抽出方法の違いによるものと推察される.

〔感染症誌 83:525~533,2009〕

序 文インフルエンザはほぼ毎年冬季に流行する急性呼吸

器感染症である.特に抵抗力の弱い乳幼児や高齢者ではその診断や治療が遅れると重篤な脳症や肺炎を合併しうる.臨床症状としては,突然の 38 度以上の発熱と咳,咽頭痛,鼻汁などの上気道炎症を呈し,さらに頭痛,筋肉痛,関節痛,全身倦怠感,低意識などの全身症状が強いことである.流行期は 11 月から 4月に集中しているため,この時期に上述の症状がみられた場合はインフルエンザの可能性が高いと考えられる1).しかしインフルエンザには軽症や非特異的症状を呈する例も多い.乳児や,自覚症状の乏しい高齢者におい

てはその診断が遅れることも考えられる.また,非流行期の散発例や海外からの持ち込み例についても早期かつ確実な診断が求められる.近年,インフルエンザウイルス抗原を検出するため

の迅速診断キットが多種普及し,これが臨床現場でのインフルエンザの初期診断に大きく貢献している.これらのキットはイムノクロマトグラフィを基本原理としており,小型かつ操作が簡便で,また 15 分以内で判定が行われるので病床や外来でも有用である.しかしながらその検査精度については,検体の採取方法や部位によって大きく左右されることが指摘されている2)3).最近の各キットの添付文書には,咽頭ぬぐい液を検体とした場合は鼻腔ぬぐい液に比べて検出率が低い傾向にある旨の記載がある.さらには,各キット間

原 著

別刷請求先:(〒650―0017)神戸市中央区楠町 7―5―2神戸大学医学部附属病院検査部 木下 承晧

徳野 治 他526

感染症学雑誌 第83巻 第 5号

IC (Gold):ImmunochromatographyGold Colloid particle

IC (Latex):ImmunochromatographyColored-latex particle

IC (Enzyme):ImmunochromatographyEnzyme Immunoassay

ReactionTime (min)

ExtractionContainer

Materials forSwab

Absorbanceby Swab (μL)

ExtactionVolume (μL)ReagentTestCompanyRapid Diagnosis Kit

15Soft PlasticVialUnknown40300Test PlateIC (Enzyme)Fujirebio Inc.Espline Influenza

A & B-N

8Soft PlasticTubeNylon50350Dip StickIC (Latex)Denka Seiken

Co.,Ltd.Quick Ex-FluSeiken

15Soft PlasticVialRayon40500Test PlateIC (Gold)Mizuho Medy

Co.,Ltd.Quick ChaserFlu A, B

15Soft PlasticTubeRayon40400Test PlateIC (Gold)Nippon Beckton

DickinsonBD Flu Examan

15Soft PlasticVialUnknown40800Test PlateIC (Latex)

OtsukaPharmaceuticalCo.,LtdSysmex Co.,Ltd.

Poctem InfluenzaA/B

10Glass TubeUnknown40300Dip StickIC (Latex)DS PharmaBiomedicalCo.,Ltd.

Quick VueRapid SP influ

15Soft PlasticVialRayon401,000Test PlateIC (Gold)

Nippon BecktonDickinsonAlfresa PharmaCo.,Ltd.

Capilia Flu A+B

3~10Soft PlasticTubeRayon40300Dip StickIC (Gold)

Daiichi PureChemicalsKagaku Co.,Ltd.

Rapid Testa FLUstick

Table 1 Rapid-diagnosis kits evaluated

Table 2 Influenza virus strains used (Osaka Prefect. Inst. of Public Health, gratis)

TCID50/mLVaccination strain

2.5×105A/New Caledonia/20/1999 (H1N1)2.0×106A/Panama/2007/1999 (H3N2)3.2×105A/Wyoming/03/2003 (H3N2)1.3×103B/Shandong/07/1997 (Victoria)6.3×104B/Shanghai/361/2002 (Yamagata)

Clinical strains

2.0×105A/Osaka/17/06 (H1N1)7.9×107A/Osaka/67/06 (H1N1)1.6×108A/Osaka/32/06 (H3N2)4.0×106A/Osaka/2588/05 (H3N2)2.0×106B/Osaka/158/057.9×105B/Osaka/197/05

における検出感度の差も示唆されている4).これまでにインフルエンザ迅速診断キットの有用性に関する多数の報告が行われてきた3)~10).原ら10)はウイルス分離培養陽性検体群を用い,迅速診断キット陰性群と陽性群それぞれにおいてウイルスコピー数をリアルタイムreverse transcriptase-polymerase chain reaction(RT-PCR)にて定量測定した.その結果,とくにインフルエンザB型においてはウイルスコピー数平均値に有意差が認められ,迅速診断キットの偽陰性は検体中のウイルス量が少ないことが最大の要因であり,検出感度の改善が望まれると指摘している.

しかし数あるキットの中から臨床医がどのキットを選択するかという点からみると,その検出原理のみならず,測定操作法の違いによって検出感度差が生じるのかどうかといったキット自身の特性に踏み込んで評価した例は皆無と思われる.今回我々は各キット間の検出感度差とキット自身の特性を明らかにすることを目的とし,判定ラインの目視による定性的評価,および検体中に含まれるウイルスコピー数測定による定量的評価により,2006 年 11 月現在市販されている 13種類のうち 8種類を用いて総括的に行った.

対象と方法評価対象となった迅速診断キットの概要をTable 1

に示す.測定原理はすべてイムノクロマトグラフィ法である.判定ラインの検出原理は金コロイドもしくは着色ラテックス(粒子)による呈色か,あるいはアルカリホスファターゼとその基質による発色反応かの相違がある.キットの内容については,専用綿棒,ウイルス抽出液,テストプレート(スティック)という構成は共通している.綿棒については 3種が商品名を有する(“滅菌紙軸綿棒H”;エスプライン インフルエンザA&B-N,“EXスワブ 002”;クイックEx-Flu「生研」,“滅菌紙軸綿棒R”;Quick Vue ラピッド SP in-flu).対象ウイルス株については,大阪府立公衆衛生研究

所より供与されたワクチン株 5株および臨床分離株 6株を用いた(Table 2).型別については,ワクチン株

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Table 3 Primers and probes for real-time RT-PCR11)

Product size (bp)Sequence 5’ to 3’ Gene targetType

189GGACTGCAGCGTAGACGCTTAMP1-f

Matrix proteinA CATYCTGTTGTATATGAGGCCCATAMP1-rCTCAGTTATTCTGCTGGTGCACTTGCCAAMP1-probe

170AAATACGGTGGATTAAATAAAAGCAABHA1-f

HemagglutininB CCAGCAATAGCTCCGAAGAAABHA1-rCACCCATATTGGGCAATTTCCTATGGCBHA1-probe

においてA型についてはH1N1 が 1 株,H3N2 が 2株,B型はVictoria と Yamagata の 2 株,臨床分離株においてA型についてはH1N1 が 2 株,H3N2 が 2株,そしてB型が 2株である.試料調製に際し,まず各キット添付の綿棒を用いて

生理食塩水の吸収前後の重量を測定し,その最大吸水量を算出した.各ワクチン株ならびに臨床分離株のそれぞれの原液を生理食塩水にて 10 倍段階希釈した.実測においては,各ウイルス株の 10 倍希釈系列を

対象検体として,1)各社操作法に従ってキット添付綿棒を実際に用いて抽出操作を行い調製した試料を反応系に供したもの(以下 swab),および,2)綿棒の最大吸収量相当量をキットの抽出液に添加し,これをテストプレート(スティック)(以下反応系)に供したもの(以下 viral solution)について,複数の目視による判定により陽性検出限界を評価した.陽性検出限界を示した検体については,これをさら

に生理食塩水にて 2倍段階希釈し,上述と同様の方法にて,最小検出感度を測定評価した.最小検出感度を示した検体については,A型およ

びB型インフルエンザウイルスの特定の標的遺伝子配列を増幅できるプライマーを用いてリアルタイムRT-PCRを行い11)(Table 3),含有ウイルスコピー数を測定した.リアルタイムRT-PCR用標準コントロールとしては,A型およびB型それぞれについて検出用プライマーならびに蛍光プローブに相補的な配列を組み込んだプラスミドDNAを合成し,Tris-EDTA溶液(pH 8.0)に溶解後 10 倍段階希釈列を作製した.これを用いて最小検出感度および定量性について検討した結果,A型およびB型検出系ともに最小検出感度は 5.0×101コピー数�µL であり,5.0×101~5.0×107

コピー数�µL の範囲において直線性を示した(datanot shown).ウイルスの定量法については,生物学的定量法(PFU�mLや TCID50�mL等)を用いることはウイルス感染を定量化するという観点からは有用である.但し,感染能力を失ったウイルスについては定量値として算出されない.また使用する細胞の感受性などに大きく左右されることから,ウイルスの量を純粋に反映しない.よって本検討では,リアルタイムRT-

PCRによるウイルスコピー数の測定により,各キットの抗原検出感度の定量的な相対比較も実施した.

結 果1.専用綿棒使用時(swab)の最小検出感度の比較A型H1N1 での最小検出感度をFig. 1Aに示す.エ

スプライン インフルエンザA&B-N(以下 ESP),クイックEx-Flu「生研」(以下QEx),ポクテム インフルエンザA�B(以下 Poc),BD Flu エグザマン(以下EXA)では臨床株A�Osaka�67�06(H1N1)で400 倍までの希釈倍数で陽性反応を認めた.これに対し,キャピリアFluA+B(以下 CAP),クイックビューラピッド SP influ(以下QV),ラピッドテスタFLU

スティック(以下RT)では最大でも臨床株A�Osaka�67�06(H1N1)の 40 倍,臨床株A�Osaka�17�06(H1N1)に至ってはわずか 4倍までの希釈倍数にとどまった.ウイルスコピー数に言及すると,ESPでは 1×105以上のコピー数で検出可能であったが,CAP,QV,RTでは 1×106以上のコピー数を要する結果であり,多重比較法(Tukey 法)による各キット間の有意差検定の結果,前述のESPとの間で顕著な有意差(p<0.01)を認めた(Fig. 1B).A型H3N2 での最小検出感度をFig. 2に示した.全

体ではA型H1N1 の場合よりも若干感度が下がる傾向がみられた.ESPでは臨床株 2種では 400 倍,またQExでの臨床株A�Osaka�32�06(H3N2)のみ 800倍までの希釈倍数であった.QV,CAPと RTでは最大でも 80 から 100 倍までの陽性検出限界であった(Fig. 2A).ウイルスコピー数に換算すると,ESPやQExではウイルス株によっては 1×106以上のコピー数で検出可能であった.QV,CAP,RTでは少なくとも 5×106程度以上のコピー数がないと陽性反応を示さず,先と同様の検討によりESPまたはQExとの間で検出コピー数に有意差を認めた(Fig. 2B).B型については,A型の場合と比べて全体的に検出

感度が低く,またウイルス株によって検出感度に分散を認めた(Fig. 3).ウイルスコピー数については,ワクチン株ではキットによっては 106オーダーで検出可能であるが,臨床株ではおしなべて 107オーダーのコピー数がないと陽性反応を示さない可能性が示唆され

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感染症学雑誌 第83巻 第 5号

Fig. 1A Kit detection limit with swabs for influenza A (H1N1) viruses

Fig. 1B Viral load in kit detection limit for influenza A (H1N1) viruses

た.ワクチン株�臨床株共において比較的良好な検出感度を示したのはQEx,ESP,QV,クイックチェイサーFlu A,B(以下QC)であった.一方,RT,EXAではワクチン株B�Shanghai�361�2002(Yamagatatype)のみを除いて(data not shown)すべて 108オーダーのコピー数がないと検出されなかった(Fig. 3B).各キットでの,AH1 型,AH3 型,B型の各分離株に対する最小検出感度のウイルスコピー数平均値(log10コ ピー数)は,A型H1N1 が 5.68~7.02,A型H3N2 が 6.37~7.17,B型が 6.5~8.13 であった.2.ウイルス抽出効果の比較

各キット添付の専用綿棒によるウイルス抽出効果について“swab”と“viral solution”での検出感度の違いを比較し,Fig. 4にまとめた.専用綿棒の最大吸水量はどのキットでも大きな差は認められなかった(Table 1).各ウイルス株についてみると,どのキットでも両者の間で検出できるウイルスコピー数の変動を認めた.なかでもCAP,QV,RTでは綿棒の使用によって限界域の検出ウイルスコピー数が有意に増加する,すなわち,感度が低下する傾向がみられた.

考 察本検討で使用した各種迅速診断キットの検出感度差

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Fig. 2A Kit detection limit with swabs for influenza A (H3N2) viruses

Fig. 2B Viral load in kit detection limit for influenza A (H3N2) viruses

について,その原因を考察するための要因は 4つあると考えられた.まず,1)テストプレート(スティック)における反応および検出原理の違いである.また各キットの専用抽出液および綿棒については,これらは各社が独自に感度,特異性等の性能を確認のうえ添付しているものである.添付文書上もキット付属品の使用を指示している事から,2)キット添付のウイルス抽出液量の違いや,3)ウイルス抽出操作法といったキット自体の特性も要因となる.そして,4)判定時間である.まず判定ライン上の検出原理の相違が一つの原因と

して考えられた.ESPは A型およびB型に対しても概ね良好な検出感度を示した.アルカリホスファター

ゼで標識された抗インフルエンザウイルスモノクローナル抗体がインフルエンザウイルス抗原と複合体を形成し,これに基質が反応することによる発色反応を検出原理としている6).他のキットではすべて,抗インフルエンザウイルス抗原モノクローナル抗体で標識された金コロイドあるいはラテックス(着色粒子)の集積による呈色反応を検出原理としている.このため最小検出感度はESPと比較すると低下することになるのであろう.いずれにせよ,実際の臨床検体中には様々な夾雑物が存在し,これが毛細管現象による検体の浸潤を妨げ,判定ラインが微弱になる可能性はあるので注意が必要である.次に着目したのは,各キット添付の抽出液量および

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感染症学雑誌 第83巻 第 5号

Fig. 3A Kit detection limit with swabs for influenza B viruses

Fig. 3B Viral load in kit detection limit for influenza B viruses

専用綿棒の吸水量の相違である.抽出液量ではESP,QV,RTの 300µL から,CAPの 1,000µL まで大きく差がある.しかし専用綿棒の最大吸水量は各キット間でほとんど差は認められなかった(Table 1).このことは同一検体を用いた場合,単位体積あたりに含まれるウイルス量が各キット間で大きく異なる可能性を示唆する.この観点から比較すると,CAPでA型と B型すべてにおいて他のキットより検出感度が低い理由を説明できよう.すなわち,1,000µL という比較的大量の抽出液を使用することにより反応系に供されるウイルス濃度が低くなり,見かけ上低い検出感度しか示さなかった可能性が考えられる.

さらに注目したのはウイルス抽出操作法である.専用綿棒からウイルスを抽出する際,多くの添付文書には専用抽出容器の外から綿球を挟みながら,しごいて絞り出す旨の手順が記載されている.容器の材質が柔らかいプラスチック製であれば上記の操作は容易である.しかし,しごき方が不十分であったり,比較的硬質のプラスチックの場合は抽出効果が下がる可能性が高い.またQVでは抽出容器がガラス製であり,綿棒をチューブの側壁や底部に強く押し付けながら回転させて抽出するよう指示されている.データ上,QV,RTでは綿棒を使用すると検出限界域となるウイルスコピー数が有意に増加し検出感度が低下する傾向がみら

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Fig. 4 Comparison of sensitivity using swab or viral solution

れた.これは綿棒からのウイルス抽出が不十分となった結果を反映しているのではないかと考えられた.キット添付の専用綿棒ではなく別種の綿棒(綿球)

で検体採取し検査室へ提出される例が散見される.これについては医療用検査薬の添付文書の指示が無視されているのみならず,その検査結果の信頼性にも影響する可能性を指摘しておきたい.QExについては,綿棒の材質を変更することにより(EXスワブ 002),鼻咽頭粘膜上皮細胞の回収率が自社の従来品に比べて 3倍に上がったことがホームページ上(デンカ生研)で公開されており,その基礎データも発表されている12)13).他社においても同様に,自社製品の綿棒と,抽出液・テストプレート(スティック)との組み合わせにおいてのみ,それらの性能について独自に検討がなされている.キットによっては綿棒の材質が明らかにされていないものもあり(Table 1),したがって他社の綿棒を転用することも含め独断でキット添付以外の綿棒を使用しても,その検査結果の信頼性がどの程度保証されるかは全く不明である.陽性ラインの判読に要する時間も判定に大きく影響

すると考えられる.本検討においては,判定に際して

所定の時間を守るという前提であった.しかし検出限界付近のウイルス濃度の試料を供したときには陽性ラインの呈色が非常に弱く,判読に時間を要し,かつ,判定者間で差(非常に微弱な反応(weak)または陰性(-))を生じるものがみられた.またこれらのテストプレートのなかには,所定の判

定時間経過後,非常に微弱なラインと思われるものを呈し,判定に苦渋した例もあった.このことは実際の医療現場ではさらに混乱を招く恐れをはらんでいる.すなわち,所定の判定時間をはるかに越えて判定されたとき,テストプレートの乾燥による偽陽性と思われるごく微弱なラインを真の陽性と判定することが考えられる.逆に規定より短い時間でもって判定を急ぎ,偽陰性の報告をする可能性もある.キットの規定の判定時間を必ず守り,各施設で陽性と陰性の基準を決めておくことが必要だろう.複数の判定者によるダブルチェックを行うほうがより安全であると思われる.光学的リーダーによる判定について検討される場合もあるが,使用法の煩雑さや費用などの面で実用化に至らず,病床や小規模医院での使用には現実的でないと思われる.さらに我々の予備実験では,目視で陽性と判

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定されたキットが光学的リーダーでは陰性と判定された例があり,その感度にも疑問が残るものである.本検討でも判明したとおり,すべてのキットでB

型に対する検出感度がA型に比べて低いことは以前から指摘されているとおりである8)10).しかしインフルエンザの正確な診断のために,どのキットに対してもB型についてA型と同程度の検出感度を要求したい.抗B型インフルエンザ抗原モノクローナル抗体については一考の余地があると思われる.モノクローナル抗体であってもそれぞれ認識エピトープが異なると特異性が異なり検出感度が変わってくることも想像されるからである.どの程度の検出感度が臨床側で必要とされるかは重

要な問題である.Boivin ら14)によると,発症後 24 時間以内と 24~48 時間での臨床検体中のウイルス量をリアルタイムRT-PCRにより定量比較した結果,その平均値には 40 倍以上の差が認められた.本検討においても,発症後 24 時間内の臨床症状と迅速診断キット陽性反応との相関を示す 1症例を得ている(datanot shown).ただし本検討で使用したキットのうち,ESPについてはA型・B型両方に陽性を示し重複感染が疑われたにもかかわらず,RT-PCR法ではウイルス検出が不完全であった非特異反応・偽陽性例が報告されている15).インフルエンザの正確な初期診断のためには高感度かつ特異性の高い迅速診断キットが必要である.本論文はある特定のキットの優劣を強調することが

目的ではない.しかしキットを選択する臨床医にとって参考となりうるよう敢えて若干の言及をするならば,検出感度においてはESPが最も優れている.ウイルス抽出操作法や扱い易さの面ではテストプレート仕様のキットが使いやすい.特に測定時に必要な情報(判定時間や検体滴下量)がテストプレートに明示されているQCは臨床現場において有用であろう.また検出感度の如何に関わらず,いわゆるテストスティック仕様(QEx,QV,RT)は,その抽出容器を立て置くための付属品がないと不安定である.QExではウイルス抽出液をさらに別の容器に移し替える操作が加わるという点で特殊であり,他のキットと比べるといささか煩雑であろう.今後のインフルエンザ迅速診断キットの更なる改

良・発展に期待する.文 献

1)国立感染症研究所感染症情報センター「感染症の話」 http:��idsc.nih.go.jp�idwr�kansen�k05�k05_08�k05_08

2)市川正孝,三田村敬子,川上千春:現在可能な病原体の迅速診断 インフルエンザウイルス.小児科 2004;45:643―7.

3)加地正英:インフルエンザ迅速診断キットの有用性と問題点.臨床と研究 2004;81:1927―32.

4)川上千春,糀谷敬子,渡邊寿美,三田村敬子:今冬のインフルエンザ 迅速診断キットの有用性.臨床と研究 2006;83:1799―806.

5)久保徳彦,池松秀之,鍋島茂樹,山路浩三郎,鍋島篤子,近藤浩子,他:イムノクロマトグラフィを原理としたインフルエンザ迅速診断キットの成人における有用性についての検討.感染症誌2003;77:1007―14.

6)三田村敬子,山崎雅彦,市川正孝,木村和弘,川上千春,清水英明,他:イムノクロマトグラフィ法と酵素免疫法を組み合わせた原理によるインフルエンザ迅速検査キットの検討.感染症誌2004;78:597―603.

7)原三千丸,高尾信一,福田伸治,島津幸枝,宮崎佳都夫:A型インフルエンザに対する 3種類のイムノクロマト法迅速診断キットの比較検討.感染症誌 2004;78:935―42.

8)原三千丸,高尾信一,福田伸治,島津幸枝,桑山 勝,宮崎佳都夫:B型インフルエンザに対する 4種類のイムノクロマト法迅速診断キットの比較検討.感染症誌 2005;79:803―11.

9)山崎雅彦,三田村敬子,清水英明,小林米幸,小林紫英,木村和弘,他:イムノクロマトグラフィ法によるインフルエンザウイルス迅速検査キットの評価.感染症誌 2005;79:29―30.

10)原三千丸,貞升健志,高尾信一,新開敬行,甲斐明美,福田伸治,他:リアルタイム PCR法との比較によるA型およびB型インフルエンザ迅速診断キットの評価.感染症誌 2006;80:522―6.

11)van ELDEN LJ, Nijhuis M, Schipper P, Schuur-man R, van Loon AM:Simultaneous Detectionof Influenza Viruses A and B Using Real-TimeQuantitative PCR. J Clin Microbiol 2001;39:196―200.

12)Castriciano S, Daley P, Chernesky M, Smieja M :Comparison of Flocked and Rayon Swabs forEpithelial Cell Yield from Nasopharyngeal Sam-pling of Patients with Respiratory Tract Infec-tions. 21st Annual Clinical Virology Symposium-Clearwater Beach, Florida USA, May 8―10,2005.

13)Daley P, Castriciano S, Chernesky M, SmiejaM:Comparison of Flocked and Rayon Swabsfor Collection of Respiratory Epithelial Cellsfrom Uninfected Volunteers and SymptomaticPatients. J Clin Microbiol 2006;44:2265―7.

14)Boivin G, Coulombe Z, Wat C:Quantification ofthe Influenza Virus Load by Real-Time Polym-erase Chain Reaction in Nasoparyngeal Swabsof Patients Treated with Oseltamivir. J InfectDis 2003;188:578―80.

15)高尾信一,原三千丸,角田 修,島津幸枝,桑山 勝,福田伸治,宮崎佳都夫:迅速診断キットでA型とB型インフルエンザウイルスの重複

インフルエンザ迅速診断キットの検出感度 533

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感染が疑われ,RT-PCR法とウイルス分離法で確定された 11 例について.感染症誌 2005;

79:877―86.

Comparison of Detection Sensitivity in Rapid-diagnosis Influenza Virus Kits

Osamu TOKUNO1), Miki FUJIWARA2), Yoshimi NAKAJOH2), Sumika YAMANOUCHI2), Masayo ADACHI2),Akiko IKEDA2), Shigeo KITAYAMA2), Toshio TAKAHASHI2), Tetsuo KASE3), Shouhiro KINOSHITA1)

& Shunichi KUMAGAI4)1)Clinical Laboratory, Kobe University Hospital, 2)Hyogo Microbiological Examination Network,

3)Osaka Prefectural Institute of Public Health,4)Department of Clinical Pathology and Immunology, Kobe University School of Medicine

Rapid-diagnosis kits able to detect influenza A and B virus by immunochromatography developed bydifferent manufacturers, while useful in early diagnosis, may vary widely in detection sensitivity.

We compared sensitivity results for eight virus-detection kits in current use-Quick Chaser FluA, BⓇ (Mi-zuho Medy), EsplineⓇ Influenza A & B-N (Fujirebio), CapiliaⓇ Flu A+B (Nippon Beckton Dickinson & AlfesaPharma), PoctemⓇ Influenza A�B (Otsuka Pharma & Sysmex), BD Flu ExamanⓇ (Nippon Beckton Dickinson),Quick Ex-FluⓇ “Seiken” (Denka Seiken), Quick VueⓇ Rapid SP Influ (DP Pharma Biomedical), and RapidTesta ⓇFLU stick (Daiichi Pure Chemicals)-against influenza virus stocks, contained five vaccination strains(one A�H1N1, two A�H3N2, and two B) and six clinical strains (two A�H1N1, two A�H3N2, and two B). Mini-mum detection concentrations giving immunologically positive signals in serial dilution and RNA copies inpositive dilution in real-time reverse transcriptase-polymerase chain reaction (RT-PCR) were assayed for allkits and virus stock combinations.

RNA log10 copy numbers�mL in dilutions within detection limits yielded 5.68-7.02, 6.37-7.17, and 6.5-8.13for A�H1N1, A�H3N2, and B. Statistically significant differences in sensitivity were observed between somekit combinations. Detection sensitivity tended to be relatively higher for influenza A than B virus. This is as-sumed due to different principles in kit methods, such as monoclonal antibodies, specimen-extraction condi-tions, and other unknown factors.