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日皮会誌:92 (8), 861-864, 1982 (昭57)
皮表脂質ワックスエステルめ加齢による
変化について
穐利 豊 松尾 幸朗
要 旨
皮表に存在するワックスエステル(WE)量とその脂
肪酸組成を若年者と老年者で比較することにより,加齢
による脂腺機能の変化をみた WE量は老年者では若
年者に比べ低値を示すが,皮表脂質全体に対する重量比
は若年者と変わらなかった.その脂肪酸組成も加齢によ
る変化はなかったか,トリグリセライドの脂肪酸組成に
比べると,不飽和脂肪酸の占める割合が多く,WEの
皮表での生理的役割りを示唆するものと考えた.また,
皮表WE量は,脂腺機能の示標の1つになり得ると考
えた.
I● はじめに
皮表脂質成分のうち,ワックスエステル(wE)はト
リグリセライド\(TG),スクワレソ(sQ)ととも,主
要な脂腺由来の脂質で,ヒトでは脂腺,皮表にその存在
が知られているにすぎない.wEとは,高級アルコー
ルと高級脂肪酸とのエステルで,一般には炭素数の合計
か11以上のものをさす.
脂腺機能は,皮表に存在するスクワレソ量を測定する
ことにより可能である1).これはsQが表皮細胞では生
成されないこと,脂腺で生成されたsQはTGと異な
り,皮表に排泄される間に,主として細菌由来のリパー
ゼによって分解を受けないことを利用したものである.
脂腺機能はホルモンの支配を受けており,皮脂産生能は
加齢により影響を受け,女性では40歳台,男性では60歳
台になると低下してくる2)ことはよく知られている.そ
こで,今回我々は,皮表のWE量が加齢とともに変化,
を受けるか,変化を受けるとしたら,その質的変化を脂
東海大学医学部皮膚科学教室(主任 大城戸宗男教
授)
Yutaka Akitoshi, Itsuro Matsuo, Muneo Ohkido :
Effects of aging on wax esters in skin surface
lipids.
昭和57年4月6日受理
別刷請求先:(〒259―11)神奈川県伊勢原市望星
台 東海大学医学部皮膚科学教室 大城戸宗男
大城戸宗男
肪酸組成の測定で知ることがセきるか,また皮表脂質中
めWE量がSQと同様に脂腺機能のマーカーとな弘得
るか等を検討したので報告する.
U・ 実験材料ならびに方法
1. 皮表脂質の採取:対象は皮膚病変のない20歳台の
男子10例(20―27歳), 60歳以上の男子10例(62―78歳)
で,皮表脂質は前額部と背部から夫.々採取した.脂質の
採取は,:一定面積のガラスの底なしカップ(面積12.56
cm2)を直接皮膚表面に圧定し,精製アセトンを浸した
脱脂綿で皮膚表面をこすりつけることにより採取した.
2, 脂質分析:総脂質量は,溶媒を減圧乾固後,シリ
カゲルデシケーター中で12時間乾燥し,超ミクロ天秤
(島津LM 20型)を用いて秤量した.各脂質分画は薄
層クロマトグラフィー(Silicagel G, Merk社)により
分離し,各スポットをヨウ素で確認した(図1).』旨質
の固定は同時に展開した標準脂質のRf値と比較するこ
とにより行った. WE, TG・遊離脂肪酸(FFA)は分画
後,各脂質部分のシリカゲルをスパーテルでかきおと
し,脂質成分を有機溶媒(クロロホルム:メタノール=
2:iy>にて抽出,遠沈後,有機溶媒を減圧乾固した
後,総脂質量と同様に超ミクロ天秤を用いて秤量した.
Sampl
Origin↓
・OIS
G F
勿
E
Rf
’A : Squalene
C : Wax monoesfers
E : Triglycerides
G : Cholesterol
Solvent
1.n-Hexane 18.5cm
2.Benzene 18.5cm
0.5
0
D
Rol
C B A
B : Cholesterol esters
D
F
図t
画
一一一一 Wax diesters
Free fatty acids
1.0
3. Ethylether: n-Hexane : Acetic acid
=92:18 : 1 7.5cm
皮表脂質の薄層クロマトグラフ4-による分
,ヨウ素蒸気で発色後分取した.
862
表1 総皮表脂質量の各部位別での
若年者と老年者の比較
Young (20―27yr)
Aged (62―78yr)
Forehead
33.15±4.26
一一13.58±3.12
穐利 豊ほか
Back
23.85±7.09
6.63±2.98
Mean±S.D. (n=10), unit: mg/lOOc�
表3 皮表脂質の各脂質重量パーセントにおけ
る若年者と老年者との比較j(各脂質分画総
重量を100パー胆yトとした時)
Lipid tractions
ax esters
Triglycerides
Squalene 犬
Free fatty acids
Total Cholesterol
Forehead
26.0
-33.0
-12.9
-24.5
-3.6
25.4-34.2-9.2
-26.1-5.1
Back
25.9
-27.4
-10.9
-32.8
一3.0
25.5-34.8-8.9
-25.7-5.1
SQ,コレステロールの測定はガスタロマトダヲフ4-1)
によった.各脂質の脂肪酸組成は,分画した脂質を1.0
N水酸化ナトリウムーメタノール液で2時間加水分解,
メチルエステル化した後,ガスク1コマトグラフィーにて
分析した.なお,薄層クロマトグラフィーにおける標準
物質として,TGはトリズテアリソ(P-L Biochemicals
社), FFAはステアリン酸(P-L Biochemicals社)を,
ワックスモノエ又テルのhexadecyl behenate とワック
スジェステルの1, 2-0・dibehenoyl hexadecanediol は新
たに合成作製したものを用いた.
III. 結 果
老年者の総脂質量は若年層に比べ,明らかに低値を示
し,その値は前額部で若年者の約40%,背部では若年者
の約30%であった(表1).脂質分画の前額部,背部で
の測定値を表2に示す.老年者の前額部,背部でのWE
量は,若年者に比べ50-70%程度の低値で, SQ, TGと
同様の減少率を示していた.しかし,WEは総脂質量に
たいする重量パーセソトでみると,若年者,老年者共に
前額部,背部で約25%を占めており,加齢による変動は
なかった(表3).総コレステロールの占める害U合は,
老年者で若年者に比べ若干上昇しているが,これは表皮
細胞由来の脂質量が加齢により変化を受けにくいため
に,相対的に上昇したものと思われる.
次に老年者で低下しているWE, TGの脂肪酸組成が
表2 皮表脂質中の各脂質分画の若年者と
老年者との比較
Wax esters
Triglyceri-
des
Squalene
Free fatty
acids 几
Total
cholesterol
back
back
back
-forehead
back
5.53土1.81
5.07土1.92
7.18土3.48
5.34±2.54
_____.__
2.76土0.11
2.00土0.74
4.88土1.25
6.45土3.99
0.76土0.32
0.49±0.20
2.86土1.07
1.33土0.70
3.83土1.09
1.83±0.98
-一一一一一一
1.00土0.25
0.47土0.25
2.89土0.88
1.28土0.53
0.56土0.14
0.26±0.14back
Mean士S.D. unit : mg/lOOcm"
若年者に比べ,質的に変化したかを検討した.前額部,
背部でのWE. TG. FFAの各脂肪酸組成をそれぞれ表
4,5に示す.前額部,背部共に,それぞれの脂質の脂
肪酸組成は,若年者,老年者間で有意な変化は認められ
なかった.しかし,WEの脂肪酸組成は若年者,\老年者
共にTG, FFAのそれに比べ,不飽和脂肪酸の占める割
合が比較的多い傾向にあった.
IV● 考 按
皮表に存在するワックス成分は,一般にWEとよば
れるが,これは長鎖炭化水素であるパラフィンワックス
と区別するためである≪'. WEは高級脂肪酸と高級アル
コールとのエステルで,皮表に存在するWEはモノエ
ステル型とジェステル型とに大別される(図2)5).
ヒト成人の皮表脂質中でみられるWEはモノエステ
ルワックスで,ジェステルワックスはほとんど含まれて
いない.ジェステルワックスは種々の動物の皮表にI型
あるいは2型として多量に存在する6)が,ヒトでは胎脂
中にのみ2型がわずかに存在するにすぎない2)6)゛8).WE
はヒト皮表脂質中ではTGに次いで多く含まれている
が,動物では逆にTGは少なく, WE,特にジェステル
ワックスが多い.このことは,TGとジェステルワック
スとが平均分子量や構造が似ており6)9)しかも同じよ
うな物理的性質をもつことと関連があると思われる.
そこで,ジェメテル型ワックスはTGよりわずかに極
性恥低く,分解もされにくいので,毛の密生した動物の
皮膚にたいして保護作用がすぐれていると推論されてい
皮表脂質ワックスエステル
表4 前額部での各脂質分画での脂肪酸組成の若年者と老年者での比較
863
C-number 12: 0 13: 0 14: 0 15: 0 16: 0 16: 1 17: 0 18: 0 18: 1 18: 2 saturatedunsatu-
rated
YoungWax esters
Aged
7.2 8.6 10.3 i 5.6 18.0 20.2 1.0 5.5 9.4 14.2 56.2 43.8
6.5 17.3 10.8 4.8 16.8 20.4 L.4 3.7 8.0 10.3 61.3 38.7
Triglycerides χ;Sg5.5 13.7 14.8 7.8 23.7 12.8 L.5 7.1 7.2 5.9 .74.1 25.9
5.4 13.5 18.6 7.2 27.2 13.7 0.9 4.1 6.3 3.1 76.9 23.1
YoungFree fatty acids
Aged
6.7 4.7 13.9 5.9 19.1 23.2 t.2 10.2 7.2 7.9 61.7 38.3
5.3 9.1 15.5 5.0 19.9 18.1 2.8 ・9.2 8.5 6.6 66.8 33.2
表5 背部での各脂質の脂肪酸組成の若年者と老年者での比較
C-number 12: 0 13: 0 14: 0 15: 0 16: 0 16: L 17: 0 18: 0 L8: 1 18: 2 saturatedunsatu-rated
YoungχVax esters Aged
11.2 18、.5 7.5 2,8 16.5 8.4 0,9 7.1 10.6 16.0 65.0 35.0
10.7 16.5 8.3 3.2 16.4 10.5 1,1 7.0 8.8 14.7 66.0 34.0
Triglycerides Young
Aged
6.7 15.6 13.6 8.0 25.2 6.3 1.4 9.6 6.7 7.0 80.0 20.0
6.8 17.8 11.2 5.6 23.5 12.0 L.3 4.4 7.4 10.1 70.5 29.5
Free fattyacids -こ]?し10.2 3.5 15.7 9.9 31.0 7.6 3.0 4.4 6.7 7.9 77.8 22.2
10.1 9.1 16.1 6.6 22.0 9.3 1.1 6.4 9.8 9,7 71.2 28.8
人
々\/sA/~\/vへ●o)vへ~VVヽ。へ/V1、
`‰
二
、ぺ二-
ヘダy゛゛Aダ
○ ○ \
○ ` -O 匹
んへ・に4vヽヽ・ヽヤTヤヽ・へ・~~~ト
O
図2 皮表脂質中のワックスエステル4).
A モノニ.ステル型ワックスエステル
Bl) 1型ジェステル型ワックスエステル
2)、2型ジェステル型ワックスエステル
る1°).
WEの皮表脂質全体に対する割合は20-30%程度で,
体の各部位でもほぼ同様な比率であり, SQtの2倍以
上の比率を占めている11)12)今回の我々の結果も前額
部,背部共同様な比率であった.
WEの加齢による変化では,WEは生下時にはすで
に成人とほぼ同量が含まれているが,生後1-2ヵ月目
には減少しはじめ,10歳頃から再び増量し,15歳頃には
成人の量に達するといわれる13)14)その皮表脂質量全体
にたいする割合は, 26―40歳の男性で最も高く;すべて
の年代で女性よりも男性が高いこと16)さらに加齢と共
に絶対量では減少を示すが,皮表脂質全体にたいする
割合はほとんど変わらないとされている16)我々の成績
も,WEは加齢と共に絶対量では減少しても全体にた
いする割合はほとんど変わらなかった.そのためWE
が皮膚の生理的機能をはたす上に,何か重要な役割りを
はたしていると想定した.
次にWEの構成脂肪酸については, TG,ステロール
エステルの構成脂肪酸よりも不飽和脂肪酸の占める割
合が多いことが示唆されている8).また,加齢によりこ
の不飽和脂肪酸の割合はほとんど変化しないとされてい
る凭我jの実験結果でも,WEの構成脂肪酸はTGの
それに比べ不飽和脂肪酸の占める割合が多く,加齢によ
るその組成の変化は認められなかった.このWEの脂
肪酸組成で,不飽和脂肪酸の占める割合が多いことは,
不飽和脂肪酸が飽和脂肪酸に比べ融点が低いことを考え
あわせると,WEの皮膚表面での生理的作用と密接な関
係をもつものと考えられる.また,ヒト皮脂中のWE
のモノ不飽和脂肪酸め二重結合部位は通常の9位(j9)
と異なり6位(j6)にあるものがほとんどで,これはヒ
トでは他の臓器にはみられず,ある種の動物の脂腺,植
物の種子中などごく限られたものにしか存在しないとい
われている5).これらを考えあわせると,ヒトの皮表に
おけるWEは,ヒトの他の組織にみられる脂質成分と
は構造的,機能的にかなり異質のもので,動物の皮膚に
みられるような生体の外界からの保護作用を同様につか
さどるために存在していることが考えられる.
864 穐利 豊ほか
最後に,皮表のWEの測定が脂腺機能の指標になり
得るかであるが,スタワレシは表皮細胞では生成され
ず,しかも脂腺から皮表への排泄過程で分解を受けな
いことから脂腺機能のマーカーになり得るとされてい
る1).一方,WEにっいては,ラットの眸臓のリパーゼ
はモノヱステルやジェステル=ワックスを分解することが
知られている17).しかし,ヒトの皮表から採取したリパ
ーゼ活性をもっ分画は,TGを分解することはできる
が,WEは分解し得ない18)また,常在細菌のもっリ
パーゼのWEの分解能にっいては未だ明らかではな
X,へ しかし,表皮細胞ではWEが生成されないこと.
文
I)花岡宏和,大城戸宗男,服部保次,丸田忠雄,
新井敏夫:皮脂腺機能の再検討― Squaleneと
の関係を中心としてー.日皮会誌,81 : 259―
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8) Nicolaides, N., Fu, H.C., Ansari, M.N.A. &
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9) Nikkari, T. & Haahti, E.: Isolation and
analysis of two types of diester waxes from the
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● l k j l j i - 7 〃 - k
今回の実験で皮表のwE量は加齢と共に減少するが,
その脂肪酸組成は変化しないことなどから,皮表のWE
量はsQと共に脂腺機能のマーカーとなり得るのでは
ないかと考えられる.
本論文の要旨は,第6回目本研究皮膚科学会(昭和56
年7月,東京)において口述した.
本研究の一部は,昭和56年度科学研究費補助金,日本
ジディア・オリリー協会研究助成金の援助ならびに株式
会社堀内伊太郎商店研究開発部長今井祐次氏の御協力を
得た.ここに付記して感謝する. 上
献
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