Post on 25-Jul-2020
兵庫教育大学学校教育学研究, 2018, 第31巻, pp.179-187
地理学習に ESD (持続可能な開発のための教育) を組み込むための方法-Tex;tbooks f(or Sustainable Development・ A Guide to Embedding を手掛かり に一
179
A Method for Embedding Education for Sustainable Development into Geography Learning: Based on the “To:x;tbooks f (or Sustaznable Deve1opment・ A G zde fo m e z g”
阪 上 弘 彬* SAKAUE Hiroaki
平成29年告示の小 ・ 中学校および平成30年告示の高等学校学習指導要領の前文では, 児童 ・ 生徒が学校教育を通じて持
続可能な社会の創り手と なるこ とが求めら れ, ESD (持続可能な開発のための教育) に対す る一層の取組が必要と さ れる。
本稿の目的は, 2017年に UNESCO と MGIEP が共同で編集し , 刊行 し た 『持続可能な開発のための教科書 一組み込みの
ための指針 (Tex;tbooks f (or Sustainable Development・ A Guide to Embedding)』 の 1 章 「導入」 および4 章 「地理」 の抄訳
を示 し ながら , ESD を組み込むための視点およ び手順 を整理 し , ESD が組み込ま れるこ と によ る地理教育の変化につい
て考察す るこ と である。 単元, 授業 レベルに組み込む際のアプロ ーチ と し て , ESD に寄与す る地理的内容 ・ 教授法に基
づいて学習内容 を選択 , ESD の教授原理 ・ 指針に沿っ て学習課題 を方向付け る 2 つが示 さ れていた。 地理教育に組み込
ま れるこ と で , 「人間不在」 や教養主義 と呼ばれる学習からの転換だけでな く , 地理学者のよ う に思考する こ と や地理的
概念の活用をより 一層強化す るこ と にも つながるだ ろう 。
キーワード : ESD, 教科書, 地理学習, Textbooks f (or Sustainable Development・ A Guide to Embedding
1 . はじ めに
1 ) 学習指導要領と ESD平成29年告示の小 ・ 中学校およ び平成30年告示の高等
学校学習指導要領 (以下, 新学習指導要領と する) の前
文では, 児童 ・ 生徒が学校教育 を通 じ て持続可能な社会
の創り 手と なるこ と が求めら れた。 持続可能な社会を目
指 し てその創り 手を育む ESD (Education for Sustainable Development, 持続可能な開発のための教育) は, 平成
20年およ び平成21年告示の学習指導要領 (以下, 現行学
習指導要領と する) から意識 さ れており , そこ ではESD と い う 用語その ものに対す る言及はなかっ た も のの , 本
文や解説において 「持続可能な社会」 あるいは 「持続可
能性」 に関する用語が社会系教科, 理科, 家庭科を中心
に登場 し た ' )。 現行学習指導要領におけ る ESD への取
り 組みの背景には, ユネス コが主導機関と なり 実施 さ れ
た国連持 続可能 な 開発 の た めの教育 の10年 2) (u N- DESD) が関係し , UNDESD では 「持続可能な開発の原
則 , 価値観, 実践を教育 と学習のあ ら ゆる側面に組み込
む」 (佐藤 ・ 阿部監訳, 2006, p.174) こ とが目指された。
また UNDESD 終了後以降のさ らなる ESD の推進 ・ 拡
大 を日指 し た GAP (The Global Action Programme on Education for Sustainable Development, 持続可能な開発
のための教育 (ESD) に関す る グロ ーバル ・ アク シ ョ ン ・
プロ グラ ム) が, 2015年の国連サミ ッ ト では 「持続可能
な 開 発 の た め の 2030 ア ジ ェ ン ダ (Transforming our
world: the 2030 Agenda for Sustainable Development)」が採択 さ れた。 そこ では2001年の MDGs3) (Millennium
* 兵庫教育大学教員養成高度化セ ンタ ー設置準備室 助教
Development Goals, ミ レ ニ ア ム開発目標) の後継に当
た り , 17 の 国 際 日 標 で あ る SDGs4) (Sustainable Development Goals, 持続可能な開発日標) が中核 と な
る。 MDGs が発展途上国を対象に し ていたのに対 し て, SDGs はすべての国 を対象 と し ており , 教育分野では
「質の高い教育 をみんなに (Quality Education) 」 と いう
目標が掲げら れてい る。 また, 17の国際目標の下には16 9 タ ーゲ ッ ト が設定さ れており , ESD への取組は教育分
野におけ る タ ーゲ ッ ト4.75) の中で示 さ れてい る。
こ のよ う に持続可能な開発に対 し て世界レベルでの取
り 組みが求めら れる中で , 新学習指導要領では ESD あ
るいは sDGs と いう 用語が本文やその解説において登場
し た。 例え ば, 中学校社会科の学習指導要領解説では
ESD が社会科の学習 に お い て重 要 な位置 に あ る こ と
(文部科学省, 2018, p ie) , 地理的分野の地球的課題の
扱いでは 「 グロ ーバル化す る国際社会におい て , 人類全
体で取り 組まなけ ればな ら ない課題, 例えば, 持続可能
な開発目標 (SDGs) な どに示 さ れた課題のう ちから , 生徒が地理的な事象と し て捉えやすい (中略) 課題を取
り 上げるこ と」 (文部科学省, 2018, p 47) が示された。
「ESD の最大の魅力は 『持続可能性』 と いう 考えそ
のものにある」 (唐木, 2017, p.195) と指摘 さ れるよう
に, ESD 最大の特徴は SD あ るいは持続可能性と いう 概
念であり , 教科学習においては SD の原則 , 価値観を踏
まえ た ESD の授業づ く り が求めら れる。 その一方で , SD の 「 こ の概念の難解さ ・ 曖昧 さ が ESD の普及を妨げ
てい る部分が大きい」 (桑原, 2011) と の指摘も あ る。
平成30年 7 月11 日受理
180 学校教育学研究, 2018, 第31巻
こ の点から も持続可能な社会の形成のためには , SD の
考え方も含めて ESD を どのよ う に教科 (学習) に取り
入れるべき かと い う 課題が指摘でき る。
2 ) 本稿の目的
冒頭で述べたよ う に , ESD はユネ ス コが主導機関と
なり 普及 ・ 推進が進めら れてき た。 その中で, 2017年に
UNESCO and MGIEP (Mahatma Gandhi Institute of Education for Peace and Sustainable Development) が執
筆 ・ 編集 し た 『持続可能な開発のための教科書一 組み込
みのための指針 (Tex:tbooks for Sustainable Development・
A Guide to Embedding)』 (以下, 『SD の教科書』 とする) が公刊 さ れた。
「本書の目的は, ESD を一体化す る教科書を作成す
る ために , 教科書の執筆者およ び出版社 を支援す る」
(UNESCO and MGIEP, 2017, pl3 ; 以下断り がない限
り ページのみの表記は UNESCO and MGIEP のべ一 ジ
を指す) ものである。 それゆえ に, 『SD の教科書』 では
教科 (学習) の中に どのよ う に ESD を組み込むかと い
う 手順が端的に整理 , 説明 さ れてい る。 そ こ で本稿は
『sD の教科書』 の 1 章 「導入」 およ び4 章 「地理」 の
抄訳 を示 し ながら , ESD を組み込むための視点や手順
を整理す る と と も に , ESD が組み込ま れる こ と によ る
地理教育の変化について考察するこ と を目的と する。
2 . 『持続可能な開発のための教科書』 の概要
1 ) 章構成およ び執筆陣の特徴
「前書き」 およ び作成過程を述べた 「責任者の挨拶」
を除く と , 『sD の教科書』 は ESD 全体の動向およ び取
組のフ レ ームワーク が示 さ れた 「導入」 , 4 つの教科の
事 例 ( 数 学 (Mathematics) , 科 学 (Science) , 地 理
(Geography) , 言語 (Language) ) の 2 つの部分から構成
さ れてい る。 なお教科の事例と し てこ の 4 教科が選択 さ
れた理由は, 「地理」 を除 く 3 教科につい てはナ シ ョ ナ
ル ・ カ リ キュ ラ ム (学習指導要領) におい て通常 コ アと
な る必修教科であ るこ と , 「地理」 に関 し ては ESD に役
に立つ教科であり , かつ他教科に対 し て役に立つであ ろ
う 組み込みについ ての豊かな見識 を提供 し てい るためで
ある (pl3) 。 本稿で抄訳を示す 1 章 「導入」 および4 章「地理」 の章構成は, 表 1 に示すと おり である。
ユネ ス コによ る特定の教育課題の推進に向けた教科書
や教師等に対する指導書づ く り は, 戦後ユネス コが設立
さ れて以来取り 組ま れてき た活動である。 例えば, 社会
科教育学 (地理教育論) においては, ユネス コ と IGU- CGE (International Geographical Union - Commission on Geographical Education, 国際地理学連合 ・ 地理教育委員
会) が連携し , 地理教育におけ る国際理解 (教育) の推
進を目的と した教師向け指導書が出版さ れている (志村, 2014) 。 またユネス コは ドイ ツの教科書研究機関であ る
Georg Ecker Institut と と も に, 長期にわたっ て教科書改
訂に関する合同委員会を務めており , 教科書の質的向上
を連携の柱におい てい る (p 3) 。 ユネ ス コが M GIEP と
表 1 1 章およ び 4 章の章構成
一
性襲
理
献か
の例
て
貢の
達
学
方事
の
い
授
育
しか
調
ル教
の
器の
準
'
一
日
ツ
う、
i
・
:--.
る
授
規
方
・・゛
理換
よ力
地
てす
容
ル゙題り
習習
地転
識
発
゛
合成
無
幅去内
解々
s< a)
-
て
開、のる
形
にに察業
,
法章学題
日
例
入
育 一一
理
性
理解知ロD I
E sDES D
む
例例
課
「
導
単
に
地
要
理
力
識
、
M
事事
的
理
た
め入善法
ク
第献人
、
一授
f
解
'
「'
介改方
ス
ツの
プ
ー
言たわ的教理めD
内選選地
教DE
齢事
、通.
べ ,
徒
、ー
.
藤一:
盤地
s
熊た
、
M
への
一授
一
、
'
なな
一
るる
的連
し内
解
世
i
一習
,
施教
,
シ
マ題
し
ィ
っ
一
念たううた・.
・のすす込学関
育ナ
た
はな
中一
一
と
一ン一問致 、、と
概のよよのめ
め
み授
に日
議事
し
と能まら相
で容
テテ諸合 レ
一一-
ア育ののD
と理た-
-
組般D
を-F
一一み適
的可
配
器
,
ののと容
'
コ
どど
ま地の水水が一
水地割、
M
に
目
続
み
、n
一一一
:-j:-
を、SD
SDSD
内献
口教D
i2
3- -
12
34
・・SD
I2
SD1
23
4
科
SD
献
の持込周:
D
効教D
コEE
E
の文
グてS
il
l
地22
22
化El
l E
22
22
教系E
文
書りみ1
2ES
12
ES1
23
4
書考
入
、し1
11
12
11
11
体12
22
22
22
理12
考
本よ組2
23
34
44
4
本参
導SD
そ1
1
具22
地33
参
12
34
56
1
2
34
筆者作成
連携し た 『sD の教科書』 の公刊 もまた, 一連の活動の
一つであると受け止めるこ と ができ る。
この 『sD の教科書』 は, 数学, 科学, 言語, 地理そ
し て ESD に関する29人の専門家が集ま ったワー ク シ ヨ ツ
プ (2016年 6 月 , イ ン ド) において基本的な コ ンセ プ ト
が議論, 本書の構成がデザイ ンさ れ, 5 ~ 6 人から構成
さ れる専門教科 グルー プに よ っ て章 が執筆 さ れてい る
(p 5 , 6 )。 また 1 章 「導入」 は, 統括執筆責任者 3 名, 寄稿者 2 名, の計 5 名である。
と り わけ 1 章 「導入」 の執筆陣の特徴と し て, その半
数以上である 3 人 (総括執筆責任者 2 名 ; 寄稿者 1 名) が ドイ ツ人であると いう 点が指摘でき る。 平和 と紛争 を
研 究 す る ポ ス ド ク 研 究 員 の Eleni Christodou1ou 氏
(Georg Eckert Institute for International Textbook Research) , ESD ア ドバイ ザーで グロ ーバル学習 が専門
で あ る Jorg-Robert Schreiber 氏 (Engagement Global) , 同 じ く ESD ア ド バ イ ザ ーで あ る Hannes E. Siege 氏
(Engagement Global) が そ の 3 名 で あ る 。 と り わけ
Schreiber 氏 と Siege 氏は, 2016年に ドイ ツにおいて刊行
さ れた 『学習領域 グロ ーバル開発のための フ レ ー ムワ ー
ク ー ESD の枠 組 み にお い て ( 0 rientierungsr,ahmen f iir den em erezc G oba e n zc m g・ zm a men ezner
z m g r nac a fzge n zc ung) 』 の編集 ・ 執筆 に
も 携 わ っ て お り , そ の英語版 Curr iculum frame、,1レ,erk
地理学習に ESD (持続可能な開発のための教育) を組み込むための方法
education for sustainable development が 『SD の教科書』
におい て も引用 さ れてい る。 ま た ドイ ツの ESD が環境
教育の影響を大き く 受け る中で, グロ ーバル学習 を基盤
に ESD を推進す る 2 人が担当 し てい る点は興味深い。
加え て , UNDESD の ド イ ツ国内委員会代表 を務めた
Gerhart de Haan 氏 (Freie Universitat Berlin) をは じめ, ドイ ツ人研究者の文献が多々引用 さ れており , ドイ ツ色
が色濃 く 出た文書である と捉え るこ と ができ る。
2 ) 作成意図
『SD の教科書』 のタイ ト ルにある 「教科書」 は 2 つの側面から捉え るこ と ができ , 本書の作成意図は 2 点あ
る と考え ら れる。
1 つ目は SD を “教え る” ための 「教科書」 を どのよ
う に作成するかと いう 点である。 「本書の目的は, ESD を一体化する教科書を作成するために, 教科書の執筆者
およ び出版社を支援す るこ と」 (p.13) と あ るよ う に, 教科書の作成 ・ 支援のためのツールと いう 性格をも つ。
そのために, 章 「地理」 では, 教科の本質 と その SD へ
の貢献 , ESD を教科書に組み込むための理論 , モ デル
そ し て事例と いう 順序でその方法が示 さ れてい る。
2 つ日の点は, SD を “達成す る” ための 「教科書」
を示す と い う も のであ る。 「 こ う (執筆者と 出版社を支
援 : 筆者注) するこ と よ り , 学習を重要で効率的なもの
に し てい る。 こ れはま た, 2015年に193の国連加盟国が
承認 し た持続可能な開発のための2030ア ジェ ンダの実施
に対 し て も 貢 献 し て い る 。 こ の ア ジ ェ ン ダの コ ア は
SDGs である」 (p.13) と あるよ う に, 教育と いう 手段を
通 じ て SD を達成する方略を示 し た手引書である と 解釈
でき る。
要約すれば, ①教科書の改善 を通 じ た ESD 実践の推
進, ②教育改善を通 じた SD の達成, が 『SD の教科書』
の作成意図であ る と筆者は受け止めてい る。
3 . ESD の組み込みが意図するこ と
1 ) ESD と教科との関係
i 組み込みが意図するこ と
『SD の教科書』 では ESD を教科書の中に, 言い換え
れば, 教科 (学習) に組み込むこ と を意図 し て作成 さ れ
てい る。 図 1 は教科と ESD と の関係性につい て示 し た
も のであ る。
ESD は 「独立教科と し てではな く , カ リ キュ ラ ム全
体に組み込まれるべきである (UNESCO, 2006, p.17)」と い う 国際的 な共通認識 (p.17) を も と に, 教科への
ESD の組み込みは考え ら れなけ ればな ら ない。 で は , ESD は どのよ う に組み込ま れるべき だ と 考え ら れてい
るのか6)。 『SD の教科書』 では, SD の課題への対応 を
示 し たス テ イ ー ブ ン ・ ス タ ーリ ン グ (Stephen Sterling) のモデル (表 2 ) がこ の問題を考え る際に役に立つと提
示し ている (p.18)。
「本書では, 『組み込み』 と いう 用語を , ESD を 『機
能の追加 (add on) 』 と し てではな く , カ リ キ ュ ラ ムや
独立教科としてのESD 教科積断としてのESD
/ESD(弱い構造)
181
図 1 ESD の弱い構造と強い構造の比較
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pl7) を筆者邦訳
公教育のその他の側面の統合的要素と し て入れるこ と と
いう 意味で使用 し ている」 (p.17) 。 また表 2 から , 一口
に ESD を教科へ組み込むと い っ て も , 行動 し ない (no action) を除き , ESD の機能 を加え る追加 (adding on) , 既存の枠組みの中に ESD を統合す る組み込み (embed- ding) , ESD によ っ て既存の枠組みの抜本的 な組み換え
をす る注入 ( infusion) , の 3 段階あるこ と がわかる。
表 2 SD の課題に対する 4 つの対応およ び付随するESD の主流化のための方略
まかし
一0 (b) 部●l 「 の部分」 のカ リ
キュ ラムや教青 プロ
グラムへの道加
(c ) I 我々が実l l している
こ と 全てに総合する
ことの● l 性
いる ことの●a の算
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pl8) を筆者邦訳
『SD の教科書』 では, 「社会に深 く 統合 さ れ, 目立た
ず, 内在的な価値志向と 社会的規範と な るよ う に, あら
ゆる教育 を通 じ て SD が浸透する 『注入』 段階が究極の
目標」 (p.18) と示 さ れてい るよ う に, 「注入」 段階に至
る こ と が最 も望ま し い在 り 方で あ る。 し か し ながら , 「注入」 に当 たっ ては, 教科書だけでな く , 教育政策や
カ リ キ ュ ラ ム, 教師教育等 を含めた 「 ホールス ク ールア
プロ ーチ」 での取り 組みが必要である (p.18) 。 短期間
での抜本的 な改革は現実的 ではない こ と から , 本書は
「注入」 の前段階である 「組み込み」 の考え方を採用 し
てい ると 考え ら れる。
現時点 では , 教科書 を含め既存の枠組みの中に ESD をいかに統合 さ せるかが焦点 と な る。 その際に , SD あ
の概念や原則 , ESD の目標, 学習内容や教授法 を組み
込むかが重要にな るが, こ の点は次節以降で提示す る。
182 学校教育学研究, 2018, 第31巻
ii ESD を教科へ組み込むこ と によ る影響
組み込みと は, 「 なかなか解決せず , 新たに発生す る
身近で地球規模の課題に対処するための動機, 備え , 力
があ る若者と と も に, 持続可能で , 公正で平和な世界に
向けて貢献すると いう 社会的で地球規模の重要な目的に
適う よ う に教科を新たな方向に向け させるこ と」 (p.19) を指 し ており , 簡潔に言えば, SD の達成に向けた教科
の変革 を促 す も の で あ る。 そ の な かで , 組 み込 みは
SDGs の領域およ び教科の両方におけ る学習成果に貢献
し ており , その内容は以下である (p.19) 。
UNESCO (2004) によ って定義さ れた①学習者の認
知的発達の促進, ②市民的資質に必要な技能, 知識, 価値観 お よ び態度 の育 成 と い う 教育 の質 の保 証
(SDGs の側面)試験志向の制度下での伝統的な学習からの転換に伴
い教科の知識やスキルの獲得と同時に社会の持続可
能な変革へ貢献す る方法 を学ぶこ と がで き るこ と
( 教科の側面)
また 『sD の教科書』 では, 教育者が公教育に ESD を
組み込みこ むこ と を検討すべき理由が少な く と も 2 点あ
る と述べら れてい る。 1 点目が, 多 く の国で主要教科の
指導におけ る探究重視のカ リ キュ ラ ムへと 移行す る機運
が高ま っ ており , 教科中心で試験志向の制度をその内側
から変革でき るため (pp.19-20) , も う 1 点が, PISA を
は じ めと す る コ ン ビ テ ン シーを評価す る需要が高ま る中
で, 複雑化 さ を増す世界を方向づけ, 創造的で責任をも っ
てこ れに関わる こ と がで き る具体的 な コ ン ビ テ ン シーを
育成す る機会を提供で き るためである (p 20) 。 伝統的
な教科中心で試験志向の制度からの転換, コ ンビテ ンシー
の育成は現代の教育事情あ るいは改革の流れの中で教科
での取組が求めら れてい る ものであり , こ の 2 つは密接
に関係す る内容で も あ る。
こ のよ う に, ESD が教科への組み込ま れる こ と の影
響は, SDGs と教科の本質的な目的の保証と いう 点にと
どまらず, 現代的な教育改革に対応 し て, 教科の在り 方
に変容 を も たらすと い う 点に も及んでい るこ と がわかる。
2 ) SD と は どのよ う な概念か
SD に関する定義は多様に存在 し ている。 そのなかで, 『SD の教科書』 をは じめ, ユネス コが刊行 し た ESD に
関する文献では 「将来の世代のニーズを満たす能力 を損
なう こ と な く , 現在の世代のニーズを満たす開発」 と い
う ブルント ラ ント 委員会が1987年に提出し た 『ブルント
ラ ン ト 報告 (The Brundtland Report) 』 が用い ら れてお
り , ま たこ の定義は広 く 認知 さ れてい る ものであ る 7)。「開発」 は経済成長と の関連付け ら れてい る用語であ
る (p.16) 。 一方で, 『ブルン ト ラ ン ト 報告』 は環境や開
発にかかわる問題は密接に結びつい てい る ため, 環境か
開発のどち ら か一方のみで議論するこ と はもはや意味が
ない と い う こ と を も た ら し た点 で重要であ る (阿部 ,
2010) と みな さ れている。 それゆえに SD と いう 概念は, 生活の質の向上およ び人権と い っ た普遍的な価値の追求
において, 環境, 経済, 社会間のバラ ンスが保たれた開
発 を考え る ためのパ ラ ダイ ムで あ る 8) (p.16)。 図 2 はSD を捉え る際の 3 側面 (環境, 経済, 社会) を図示 し
た も のであ る 9)。
環境
図 2 SD の典型的な側面
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pl6) を筆者邦訳
加え て , SD はあ る目標に向かう プロ セス と し て も捉
え ら れてお り , 良い政治 (good governance) の意識の
高まり と と も に, 環境, 経済, 社会の 3 側面に加え て, 政治の側面が追加 さ れる (p.16) 。 図 3 は, 4 側面から
SD を捉え たも のである。
図 3 SD の側面と主な目標
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pl6) を筆者邦訳
SD あ るいは持続可能な社会が 4 側面の均衡 (バラ ン
ス) が取れた状態だと す れば, SD の諸問題あるいは持
続可能ではない社会の根本は, 4 側面間の不均衡, 言い
換え れば, 4 側面に関連す るス テー ク ホルダー (利害関
係者) 間での利害 ・ 主張の対立があるこ と が指摘でき る。
こ のよ う に SD は, 3 側面あ るいは 4 側面から , 現代
あ るいは将来社会, SD の諸問題の構造 ・ 原因 を捉え る
ための フ レ ームワーク であ る と 考え ら れ, と り わけ 4 側
面では , ス テ ー ク ホル ダーの行動や振 る舞い , そ れを支
え る価値観に焦点が当てら れてい る。
3 ) ESD の教授法的方略
『sD の教科書』 では 「ESD の教授法は, 教育実践の
基 本 と し て の思考 , 価値 観 と 行動 を 優先 し て い る
(Reid, 2002)」 (p 26) と 述べら れ, 思考, 価値観, 行
動の 3 つに対応 し て 『SD の教科書』 では, それにかか
地理学習に ESD (持続可能な開発のための教育) を組み込むための方法
わる以下の方略が提示 さ れてい る (pp 27-29) 。
① 認知 ス キ ル と し て の批判的探究 と シ ス テ ム思考
(critical inquiry and systems thinking)②感情や態度等に関し て視点 を取り 込んだり , 変化 さ
せ た り す る こ と (perspective taking and changing perspectives)
③行動 に関す る 現実世界 と のつ な が り (real-world connections)
①の批判的探究は 「既存の前提を調べ, 知識の脱構築, 再構築, 構築を行う プロ セス」 (p 27) のこ と であり , シス テ ム思考は 「問題 を個々に考察す るよ り も よ り 効果
的な問題解決のア プロ ーチ」 (p 28) を意味 し てい る。
と り わけ批判的探究では, 「全体的な視野から緊張 と葛
藤を分析 し , 相互関係にある環境, 経済, 社会と政治的
側面 を考慮に入れるこ と で, 学習者の批判的で体系的思
考能力 を育む」 (p 28) こ と ができ る。 ②は環境, 経済, 社会と 政治に関連す る ス テー ク ホルダー の価値観に気付
いたり , 疑問を も っ たり するこ と を指 し , ③は学習が教
室あるいは教科学習の中で完結するのではな く , 課外学
習や学校外のス テ ー ク ホル ダー と の連携 (p 29) と い っ
た, 教科学習 と 社会と のつながり が意識 さ れた ものであ
る。
4 . なぜ地理で ESD を扱 うのか
前章までの検討 を踏まえ て , 本章およ び次章では地理
に焦点 を当て, ESD を組み込む意義について検討す る。
1 ) SD に対する地理学的貢献とはどのよう なこ と か
地理教育の基盤の一つである地理学において も SD は
重要な課題であ る と みな さ れてい る。 図 4 は SD に対す
る地理学の貢献を , 図 5 は地理学が世界 を捉え る 3 つの
ス テ ッ プ を示 し た ものであ る。
一変 化一 図 4 SD 貢献に対する地理学の特徴
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pie9) を筆者邦訳 ・ -部加筆
注 : 図中の斜字は地理的概念を示 し ている。
SD に対す る地理学の貢献点は, 以下の 3 点が示 さ れ
ている (p ie9)。
① さ ま ざま な空間スケールでの社会と 自然環境と の相
互作用およ び相互依存に注目するこ と によ る人文 と
自然地理の結合, それゆえに SD 固有のホリ ステイ ツ
ク な ア プロ ーチ を有 し てい る点
183
SDへの買献
図 5 空間的変動性への補完的ア プロ 一 チ
一記述的地理か ら プロ セスの地理への移行
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pie8) を筆者邦訳
②場所の記述, 空間パタ ー ンの分析, 当事者 (actor)が形成す る空間 プロ セスの研究 を結合す るこ と であ
り , 持続可能性に関する問題をよ り 良 く 理解するた
めに世界を 「読む」, SD に向けて空間を形成する選
択肢を提案するう えで世界を 「書く」 という 方法で
な さ れてい る点 ,③ ( 例え ば , 多 様 な空間 ス ケ ールで み る と い っ た)
SD のためにで き る具体的な貢献 を強調す る地理に
適応可能な コ ア要素に着目 し てい る点
①に関 し ては, 現代社会や SD の問題の構造的 ・ 全体
( シス テ ム) 的な把握, ②に関 し てはその地理的事象に
関連する当事者の価値観や利害関係の把握, ③場所, 空
間, スケール, 環境 と い っ た地理的概念'°) を学習で駆
使するこ と であり , それによ り 「個人や集団の行動の持
続 (不) 可能性をよ り よ く 理解し , 日々の生活におけ る
身近な地域から地球規模での社会, 環境, 政治的変化の
空間的関連性を解釈するこ と ができ る」 (p ie9) 。
2 ) ESD に対する地理教育の貢献
地理教育は どのよ う な地理的内容が, そ し て どのよ う
な教授法で実践 さ れるか次第で , ESD に対 し て中心的
な貢献 を果たす可能性があ る' ' ) (p i le) 。 では, どのよ
う な学習内容, そ し て教授法によ っ て学習を設計するこ
と が望ま しい と考え ら れてい るのか。
ESD にと っ て望ま しい地理的内容と は, 「自然 シス テ
ムと人間の シス テ ムの相互関係に焦点 を当 てた も のであ
り , (当事者の役割 を含む) 空間的変動性のさ ま ざまな
側面に着目 し , 主要な地理的概念を中心と した空間的知
識 を一つにま と めるこ と であ る」 (p i le) 。 こ のよ う に
地理学が SD に貢献で き ると し て示 さ れた点が, 学習内
容と し て反映さ れてい る。
また望ま しい地理教授法と し て以下の 3 点が提示 さ れ
ている (p i l l )。
①調査の中心的役割
②地理学者のよ う に考え る学習
③人々自身の経験を基礎とするこ と (学習者主体)
184 学校教育学研究, 2018, 第31巻
ESD に望ま しい と さ れてい る点に関 し て, ①はフ ィ ー
ル ドワーク (野外調査) のこ と であり , 自身で知識を探
究する方法を信頼するこ と , フ ィ ール ドに出るこ と で身
近な問題 と の関連を作 る点や ESD に対す る当事者意識
と 責任感に寄与でき る点 (pp.111-112) , ②は複雑な間題
を構造 ( システム) 的にみるこ と で , 対立する利害関係
(者) 間で調整ができ る可能性が開け る点 , 地理的に行
動するこ と (acting geographically) の内容を検討するこ
と がで き る点 (p i t2) , そ し て③は, 身近で起こ っ てい
る問題 と 地球規模の問題 と のつながり が見い だせる点
(p i t2) であり , またこの点は地球規模で考え , 身近な
と こ ろで行動する (think globally, act locally) と いう 考
え に と っ て重要な も のであ る。
表 3 は, ESD に対 し て地理教育が貢献で き る点 を整
理 し た ものであ る。
表 3 ESD に貢献でき る地理教育の特徴
通教科的だが地理的視点がある もの 地理固有のもの
地理学
者のよ
うに思
考する
方法
・ 問いを立て、 重要な問題を特定す
る、 その結果、 現状を疑 う
・ 違 っ た、 多様な視点から物事 をみ
る
・ 身近な経験 を地球規模の現象 と 関
連付ける
・ 詳 しい見解を立て、 態度を明確に
する
・ 将来の意見を想像する、 予想外の
結果や計画した行動の結果を考察
する
・ 個人、 集団、 政治レベルで行動を 起こす
・ 場所性の研究と説明 ( なぜそれが
そこにあるのか) ・ 空間におけるパタ ー ンと プロセス
の可視化
・ 人間と自然が相互関連する システ
ムと しての多様な空間の考察
・ 当事者と その空間への影響、 並び
に私的、 社会的、 政治的な場所の
特徴 (価値の影響) の特定
・ 多様なス ケールで問題や各々のス
ケールでの人々と 環境と のかかわ
りへの着目
方法論
的技能
最新の知識を獲得する : ・ 情報収集と 構造化
・ (矛盾する情報で さ え も ) 処理、
解釈、 評価
・ 一般化
・ (続計) データ の表現
・ フ ィ ール ドに出て、 探究す る
・ 間題が起こ った文脈の影響を考慮
し ながら、 多次元の環境や社会問
題 を視覚化 し た地図、 空間的モ デ
ル、 他の図を用いた表現を読んだ
り 、 作成した り する
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pi t3) を筆者邦訳
5 . 学習 レベルでESDをどのよ う に組み込むのか
1 ) 学習単元 ・ 授業レベルにおける ESD の組み込み
『sD の教科書』 は, 事実的知識に重点 を置 く 国もあ
れば, コ ン ビ テ ン シーに重点 を置 く 国 も あ る と 述べ , ESD と の関連から地理的内容を扱う およ び ESD の教授
原理 ・ 指針に沿っ て地理の学習課題 を方向付け る 2 つの
ア プロ ーチ を提示 し て い る (p i t5) 。 し か し な が ら
「ESD のための地理教育の可能性 を最大化 さ せる ために
も , 両者のア プロ ーチは相互に関連付け ら れて考え ら れ
なけ ればな ら ない」 (p i t5) と あ るよ う に, 両者は補完
関係にあり , 2 つのアプロ ーチを組み合わせた学習単元 ・
授業の設計ができ て初めて , 本書が意図す る ESD が組
み込ま れたこ と にな る。
2 つの ア プロ ーチ で は , スパイ ダー ウ エ ブ (spider- webs) が用い ら れる (図 6 ) 。 スパイ ダー ウ ェ ブ と は
「地理教科書に ESD を組み込みたいと考え る教科書執筆
者のためにその方向性を提供する」 (p i t5) ものである。
こ のスパイ ダー ウェ ブ を用い る こ と で , 使用 さ れた地理
的内容の種類およ び教授法全体を把握するのに役立ち, 内容あるいは教授法が抜け落ち ないよ う に, また補完で
き るよ う にな っ てい る (p i t6) 。
学習内容 を扱う ア プロ ーチのスパイ ダー ウェ ブ 1 の各
項目は, 表 3 に基づいて設定 さ れてい る。 地理の学習課
題 を扱う ア プロ ーチ におけ る スパイ ダー ウ ェ ブ 2 の各項
目は, ESD の教授原理 ・ 指針に沿っ て設定さ れてい る。
地理的パターンとプロセス
身までの ケール
場所性と位置 「Ra 、0 全くに入れない1 わずかに入れる2 部分的に入れる3 考度に入れる4 十分にいれる
4
空間における人間 一白然境の相互関係
者(空間における視点間題、転換)
スパイダー ウエブ1 : ESDのための地理的内容の選択方法
環境と共同体との結びつきやそれに対する◆任感をもつための機会を開く
参画と行動のため 価値を明確にさせ、実行可能な実9 をする それ‘:,に関して熟考を促す
ヵ; 二 , 2 4 、 観向上させる をさせる
創造力を も っ て学習者 ステムとその動態を
に将来に向かわせる 学習者に理解させる
知識の獲得を促進する
スパイダーウェブ2 : ESDの教授原理を活用した地理の学習課題の作成方法
図 6 スパイ ダー ウ ェ ブ
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pi t8, 124) を筆者邦訳 ・再構成
2 ) ESD の考えに沿った思考ツール
学習者が主体と なり 学習が展開 さ れる ESD において, 学習者が自 ら SD について考え るこ と のでき る思考ツ ー
ルは学習に欠かせない も のである。 地理の学習課題を方
向付け る ア プロ ーチにおい ては, ESD の教授原理 ・ 指
針 を踏まえ た思考 ツールと し て以下の 3 つが提示 さ れて
いる (図 7 )。
①持続可能性のコ ンパス (sustainability compass) ②氷山モデル (iceberg model)③ ピラ ミ ッ ドモデル (pyramid model)
こ れら は地理 を含 めた通教科的 な思考 ツ ールで あ り
(p.130) , ESD の一領域である開発教育等においても用
い ら れて き た も のであ る '2)。 3 つの ツ ールは表 4 に整理
し たよ う に, ESD の教授法的方略で示 し た思考, 価値
観, 行動にそれぞれ対応 し た も のにな っ てい るこ と がわ
かる。 地理学習 と の関係では, ①と②は人間 環境関係
を シス テ ムと し て捉え , その背後にあ る価値観や利害の
対立 を考察 させる学習において, ③は学習者に SD の問
題を空間スケールを変化 させて捉え させる中で, 各スケー
ルで と るべき望ま しい , かつ実行でき る解決策を提案 さ
せたり , あ るいは実際に行動 させたり す る学習において
活用でき ると考え らえ る。
地理学習に ESD (持続可能な開発のための教育) を組み込むための方法
表 4 3 つの思考ツールの概要と 教授原理
185
持続可能性のコ ンパス 氷山モデル ピラ ミ ッ ドモデル
検討の対象 持続可能性の問題 根本的な原因 学習と 行動
思 考 ツ ー ル
の概要
自然、 経済、 社会、 そ して (個人の) 幸福の
4 つのラ ベルが置かれてお り 、 活用者が特定
の ト ピ ッ ク を取 り巻 く 持続可能性の問題に関
する完全な見通 しがもて るよ う に、 持続可能
性の多様な側面を統合で き るよ う に支援する
ツールである , 教育者や学習者がよ り良いシ
ステムの思考者にな り 、 彼 らのまわ りの人間
と 自然 システムの相互関係をよ り 良 く 理解 し
たと きに、 変化すると こ ろがわかる能力によ つ
て、 これ らの システムを持続可能性の拡大へ
と 導 く こ と ができ る ,
氷山モ デルは、 ある出来事と それに付随 し推
進する価値観の根本的な原因を検討する方法
である , 氷山の先端に出来事を置 く こ と で、
水面下にある出来事の原因と なった行動パタ ー
ンを特定する こ と ができ る , そ こから、 これ
らの行動パタ ー ンを促 し た体系的な構造をよ
り理解するために下層部へ移る こ と ができ る , 最後に、 出来事の基礎である社会の精神モ
テルにた ど り着 く , 精神レベルにおける介入
が最も影響力がある と い う考えのモデルであ
る ,
ピラ ミ ッ ドモデルは、 持続可能性の問題に対
する解決策を検討する方法である , ピラ ミ ッ
ドの底から出発 し、 何が起こ っ ているのか、
なぜそれが起こ っ ているのか、 我々がで き る
こ と 、 そ し て どのよ う にでき るのかに着目す
るモデルである ,
ESD の 教 授
原 理 と の 関
係性
この ツールは システム を扱 う もので あ り 、 個
人と 3 側面に着目 し た幅広い文脈と の関連を
つ く り なが ら、 人間一環境の相互関係と い う
中核的な地理的概念に取り 組む方法の 1 つで
ある , そ う する と き、 対立する利害が出現す
る可能性があるので、 批判的思考が促進する , システムの構成要素が変化 した と 仮定 し て、
それによ っ て考え られる シナ リ オ を考える必
要がある と い う 課題が学習者に追加さ れたと
する と 、 創造力を も って将来に立ち向か う と
い う 考え も ま た発揮 さ れる , 最終的に、 知
識獲得と い う 本質にむけて、 学習者が取り 入
れる こ と がで き る方法と し て コ ンパスが考え
られ う る ,
このツールは価値に関する省察、 批判的思考
だけでな く 、 システムに扱 う こ と にも対処す
る ものである , 根底にある推進力を示す際に、
問題の根本に着目 し た創造的な代替案を作り
出すかも しれない , システムの構成要素が変
化 し た と 仮定 し て、 それによ っ て考え られる
シナ リ オを考えなければな らないと い う 課題
が学習者に追加されたとすると、 創造力をも つ
て将来に立ち向かう と い う考えが発揮される , 世界の さ ら な る学習 / 探索のためにモ テルが
使われる こ と があれば、 知識獲得と い う 本質
にむけて再度貢献で き る ,
このツールは、 地球規模の問題と 身近な行動
と のつながり を支援 し ながら、 創造力を も つ
て将来に立ち向か う こ と および参画に取 り組
むと い う考えを も った ものである , また この
ツールでは、 批判的思考、 システム を扱 う こ
と 、 価値に関する省察を活用する こ と で、 現
状を よ く 理解する こ と が求めて いる , 再度、
このよ う に活用さ れる こ と で、 知識獲得へ貢
献する こ と がで き る ,
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pl30-133) から筆者作成
/ 1 .出来事、
2 行動' tターン
3 会体a
4 精 モデル
Aてみよ
4 我_々 lまどのようにできるの
3.我々は何ができるの
2 なぜ起こっているの
1 何が起こっているの
持続可能性のコンパス 氷山モデル ピラミッドモデル
図 7 ESD の考えにう つた 3 つの思考ツ ール
出典 : UNESCO and MGIEP (2017, pi t8, 124) を筆者邦訳一部修正
6 . おわり に
すでに多 く の文献において地理教育が ESD に貢献で
き る と い う 指摘がな さ れてい る '3)。 そのなかで 『sD の
教科書』 は ESD 実践の理論的背景から単元 ・ 授業 レベ
ルにおけ る組み込みのための手順 を示 し てい る点 で , 意
義のあ る文献であ る。
ESD を教科に組み込むこ と で , 教科 (学習) の在り
方に も少 なからず変化が も た ら さ れる と 考え ら れる。 こ
こ では ESD が組み込ま れる こ と によ る地理教育の変化
につい て若干の考察 をす る。 『SD の教科書』 におい て
も示 さ れてい たよ う に地理 (学習) の特徴は, 人間と自
然 (人文 と自然地理) の相互関係, 地理的事象 を記述, 事象のパタ ーンや事象が存在する背景にい る当事者に着
日 し , 分析で き るこ と は, 地理教育が ESD に貢献でき
る点であ る。 に も かかわら ず, 日本の地理教育 を取り 巻
く 状況に関し て, 地理的事象の成立背景にある人間の行
動やそれを支え る価値観が学習におい て捨像 さ れやすい
(児玉, 1989 ; 伊藤, 1998) と いう 課題が指摘 さ れてい
る'4)。 ESD が学習に組み込ま れる と , 多様な人々の行動
やその価値観に焦点 を当 て , 学習が展開 さ れなけ ればな
ら ない し , 場所につい て知 る だけ で な く , 法則性 を追求
し たり , 事象が成立する背景にいる人間の行動やその価
値観を分析 し たり する過程が必然的に設定 さ れる。 ESD が地理教育に組み込ま れる こ と で , 「人間不在」 あ るい
は教養主義と呼ばれる学習からの転換だけでな く , 地理
学者のよ う に思考する こ と や地理的概念の活用 をよ り 一
層強化す る こ と に も つながる だろ う 。
注
1 ) 濱野 (2011) は小学校, 中学校, 高等学校と段階を
経るにつれて用語の記載箇所が増加し ていると述べ,こ の背景には 「生徒の発達段階が上がるにつれて ,よ り多岐にわたる場面で , よ り 高次元での指導が求
めら れてい る ため」 であ る と い う 見解 を示 し た。
2 ) UNDESD は2005から2014年まで実施された。
3 ) MDGs と は開発分野におけ る国際社会共通の目標で
ある。 MDGs では 「目標 1 : 極度の貧困と飢餓の撲
減, 目標 2 : 初等教育の完全普及の達成, 目標 3 :ジェ ンダ一平等推進と 女性の地位向上, 日標 4 : 乳幼児死亡率の削減, 日標 5 : 妊産婦の健康の改善,目標 6 : HIv / エ イ ズ , マ ラ リ ア , その他の疾病の
蔓延の防止, 目標 7 : 環境の持続可能性確保, 目標
8 : 開発のための グロ ーバルなパ ー ト ナ ー シ ッ プの
推進」 の 8 日標が掲げら れた。
「 ミ レ ニアム開発目標」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.htm1 (2018年 5 月19 日閲覧)
4 ) 17の国際目標は 「目標 1 : 貧困をなく そう , 目標2 :飢餓をゼロ に, 日標 3 : すべての人に保健と福祉を,日標 4 : 質の高い教育 をみんなに, 日標 5 : ジェ ン
186 学校教育学研究, 2018, 第31巻
ダ一平等を実現しよう , 目標 6 : 安全な水と ト イ レ
を世界中に , 目標 7 : エ ネ ルギーをみんなに , そ し
てク リ ーンに, 目標 8 : 働きがい も経済成長も , 目
標 9 : 産業と技術革新の基盤をつ く ろう , 目標10 :人や国の不平等をな く そう , 目標11 : 住み続け ら れ
るまちづ く り を, 目標12 : つく る責任つかう 責任,目標13 : 気候変動に具体的な対策を, 目標14 : 海の
豊かさ を守 ろう , 目標15 : 陸の豊かさ も守 ろう , 目
標16 : 平和と公正をすべての人に, 目標17 : パート
ナーシ ッ プで目標を達成 し よ う 」 であ る。
「持続可能 な開発目標」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/ gaiko/oda/about/doukou/page23_000779.html (2018年
5 月19 日閲覧)5 ) タ ーゲ ッ ト4.7の内容は 「2030年までに, 持続可能
な開発のための教育及び持続可能な ライ フ ス タイ ル,人権, 男女の平等, 平和及び非暴力的文化の推進,グロ ーバル ・ シチズ ン シ ッ プ, 文化多様性 と文化の
持続可能な開発への貢献の理解の教育 を通し て, 全
ての学習者が, 持続可能な開発 を促進するために必
要な知識及び技能を習得でき るよ う にする」 (三宅,2016, p67) である
6 ) また 『SD の教科書』 は, w afs (2009, p 49) を引
用 し, 「ESD を公教育の主流化には, 既存の学校制
度や構造に適合 さ せ る 「 従来的 ア プロ ーチ (con-ventional approach) 」 から , 既存の制度構造 を改革
する根本的な力 をも っ た 「革新的ア プロ ーチ ( inno-vative approach)」 ま で , さ ま ざま な ア プロ ーチが
含まれている」 (p.18) と説明 し ている。
7 ) 『中学校学習指導要領解説 社会編』 では, 公民的
分野の解説において 「持続可能な社会を形成す るに
つい ては , こ こ では , 将来の世代のニ ーズ を満 たす
よ う に し ながら , 現代の世代のニ ーズ を満たすよ う
な社会の形成を意味し ている」 (文部科学省, 2018,p.164) と示 さ れ, ブルン ト ラ ン ト 委員会の定義が
引用 さ れてい る。
8 ) ス ト レ ンジ ・ べイ リ ー (2011, p 26) も 「私たちが
決断を下す際には, 社会, 環境, 経済への潜在的影
響 を配慮 しつつ, 私たちの行動が他の場所に影響 を
及ぼすこ と , そ し て私たちの行動が将来にも影響 を
及ぼすこ と を意識 し ておかなけ ればな ら ない」 と 述
べ, SD を環境, 社会, 経済の側面から捉え る必要
性を指摘 し ている。
9 ) SD が多様に定義 さ れるなかで , 環境, 経済, 社会
間の捉え方も , 各側面が等関係にあると いう 考え方,や経済, 社会の基盤が環境である と いう 考え方があ
る。 こ れらの考え に基づ く SD のモデルは阪上ほか
(2018) において検討 さ れている。
10) 図 4 の中では, 「 プロ セス」 は地理的概念と し て示
さ れていないが, 『sD の教科書』 の本文 (p ie9)では, プロ セスも ま た地理的概念の一つであるこ と
が説明 さ れてい る。
11) しかし ながら 『SD の教科書』 では, 十分に活用 さ
れてはい な い と も指摘 さ れて お り , そ の背景 には
「sD, 生態およ び社会的関係, 責任ある市民的資質
と い っ た諸問題に焦点 を当てた論理的で教育学的な
も のが過去60年にわた っ て地理教育の発展におい て
導入 さ れた (Soltman, 2006) が, 教科書がこ れら
に対応するのに時間がかかる と いう 課題 (Sunny,2006) , (中略) ESD には望ま し く ない 「地名物産」
の地理教育がいま だに推進 さ れてい る」 (p i le) こ
と が挙げら れてい る。
12) ①およ び②は Atkinsson Group (http://www compass education.org/) , ③は Goodman (1997) によ っ て開発
さ れたものである (p.130) 。
13) 代表的なものが IGU-CGE が公表し た 「地理教育国
際意章」 や 「持続可能な開発のための地理教育に関
するルツ ェ ルン宣言」 であり , 章 「地理」 において
も たびたび参照 ・ 引用 さ れてい る。
14) こ の課題 に対 し て 取 り 組 ん だ研 究 と し て 草原
(1999) がある。
文献
Goodman, M. (1997) : Systems thinking: what, why, when, where, and how? The Systems Thinkers, 8 (2) ,pp6-7.
Reid, A. (2002) : Discussing the possibility of education for sustainable development. En1レ1ronmenta1 EducationResearch, 8(1) , pp73-79.
Schreiber, J. R. unci Siege. Hrsg. (2016) :Orzenfzerm g ra men fur den ern erezc Gfo a e
n zc fm g・ zm a me ezner l dm g r
nae a flge lc fm g. Berlin: H. Heenemann. 2.Auflage.
Schreiber, J.R. and Siege, H. eds. (2016) : Curriculumam or ed cafzon for s sfazna e deve o menf.
Wemding: Firmengruppe APPL, aprinta Druck. 2nd
edition.Soltman, J.P (2006) : Turning points in geographic
education.in Lidstone, J. and William, M. (eds ) :C angzng ed cafzon zn a c angzng wor ・ Past expe-
r ience, current trends and future challenges.Dordrecht: Springer, pp 23-37.
Sunny, Y. (2006) : Analysing current practices in geogra-phy education. Economic and Political Weekly, 41 (3) ,pp 270-278.
UNESCO (2004) : Education for all global momtoring re-port 2005. Education for all・ the quail zmperative.Paris: UNESCO.
UNESCO (2006) : Framework for the UN DESD lnterna-fzo a fm emenfafzo sc erne. Paris: ESC0.
UNESCO and MGIEP (2017) : Textbooks forSusfaina e eve o menf・ gmde fo embed zng. New
Delhi: UNESCO MGIEP.Wafs, A. (2009) : Review and contex;ts of structures for
地理学習に ESD (持続可能な開発のための教育) を組み込むための方法
ed cafzon for s sfaznab e deve o menf. Par is:
UNESCO.阿部 治 (2010) : ESD (持続可能な開発のための教育)
と は何か. 生方秀紀 ・ 神田房行 ・ 大森 亨編著 『Es D (持続可能な開発のための教育) をつ く る』 , ミ
ネルウ ァ書房, pp.1-27.伊藤直之 (1998) : 資源 ・ 環境管理のための地理教育
Longman Geography の場合一 . 教育学研究紀要
44 (2), pp.149-154.唐木清志 (2017) : 公民教育と ESD. 井田仁康編 『教科
教育におけ る ESD の実践と課題~ 地理 ・ 歴史 ・ 公
民 ・ 社会科~ 』, 古今書院, pp.184-197.草原和博 (1999) : 人文科学科と し ての地理教育一人間
中心の地理の原理的考察一 . 社会科研究 , 50,pp 81-90.
桑原敏典 (2011) : 持続可能な社会の形成を目指 し た社
会科教材開発の原理と方法. 社会科教育研究, 113,pp 72-83.
児玉 修 (1989) : 地理学習におけ る 「環境」 概念の批
判的再構成 序説 . 社会認識教育学会編 『社会教
育の理論』, ぎよう せい, pp 373-385.阪上弘彬 ・ 空 健太, 久保田圭司 (2018) : 学校教育にお
け る ESD 実践にむけた考察一環境 ・ 経済 ・ 社会の
バラ ンスに着目 し て一 . 岐阜高専紀要, 53, pp.13-18.
佐藤真久 ・ 阿部 治監訳 (2006) : 国連持続可能な開発の
ための教育の10年 (2005 ~ 2014年) 国際実施計画.ESD-J2005 活動 報告書 , pp.173-193 . UNESCO(2005) : mfe Mafzons ecade of d cafzon for
Sustainable Development (2005-2014) InternationalImplementation Scheme. Paris: UNESCO.
志村 喬 (2014) : 国際地理学連合 (IGU) の地理教育
委員会 (CGE) にみる地理教育研究潮流と日本. 人
文地理, 66 (2) , pp30-50.ス ト レ ン ジ, T. ・ べイ リ ー, A 著, OECD 編, 濱田久
美子訳 (2011) : 『よ く わかる持続可能な開発一経
済, 社会, 環境 を リ ンクす る』 , 明石書店. Strange,T. & Bayley, A. (2008) : OECD Insights,S sfazna e eve opme f・ 加 zng economy, socle ,
environment.三宅隆史 (2016) : MDGs から SDGs へ. 田中治彦 ・ 三
宅隆史 ・ 湯本浩之編 『sDGs と開発教育』 , 学文社,pp58-74.
濱野 清 (2011) : 学習指導要領におけ る ESD の位置付
け. 地理科学, 66 (3) , pp.116-123.文部科学省 (2018) : 『中学校学習指導要領解説 社会編』,
東洋館出版.
付記
本研究は JSPS科研費 JP17K14038 弘彬) の成果の一部である。
(研究代表者 : 阪上
187