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は じ め に

新型出生前診断(無侵襲的出生前遺伝学的検査 Noninvasive prenatal genetic testing,以下 NIPTと表記)が国内で実施された2013年4月から5年が経ったのを受け,メディアで,再び NIPTが取り上げられた。2018年3月18日 に 配 信 さ れ た『朝 日 新 聞DEGITAL』によると,これまでに5万組以上の夫婦がこの検査を利用し,日本産科婦人科学会では,今後,実施施設を増やしていく方針であるという。NIPTの結果を受けてなされた中絶には,常に“生命の選別”という批判がついてまわってきたが,検査で立ち会う医師からは,進歩していく技術にどう向き合うのかという現実の問題について,もっと広く深く議論していくべきではないかという声が聞かれる。記事でインタビューを受けた NIPTコンソーシアム代表の左合治彦医師は,「そのような現場にいると,『命の選別を規制すべきだ』といった一刀両断の議論には,あまり意味がないと感じざるを得ません。」「『命の選別』と批判して新技術の可能性を遠ざけるのは,一種の思考停止ではないでしょうか。」と述べ,玉井浩大阪医科大小児科教授は,「あらゆる人は,何らかの遺伝子の変異を持ってい

ます。それが人類の多様性にもなっています。出生前診断を考える際には,その点をよく理解してもらいたいです。」と語っている。こうした報道を念頭に置き,NIPTという

技術が私たちに問うていることについて,以下のことに注目して再考していきたい。1.NIPTは,それ以前の検査と何が異なる

のか2.NIPTという技術の進捗3.関係学会の方針4.利用者の声5.子どもからの視点たとえば,『AERA』は「やまゆり園事件

から2年 入所者の親らが投げかける『事件の本質』とは?」という記事を2018年7月19日に配信した。そこでは,事件が起きる直前の16年4月には『障害者差別解消法』が施行されたことを紹介し,「第1条では障害の有無に関係なく『相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会』の実現を目指すとしている。法の精神には大半の人が賛同するが,多くの人に障害者に対する差別感情は根強く残り,『多様性』や『共生』といった言葉だけが踊る。」と文頭で述べている。これは,NIPTの検査によって陽性判定が出た夫婦が中絶を選ぶという選択をした場合の社会背景に似てはいないだろうか。先天性の病気をも

ほりうち・みどり(おやさと研究所)

新型出生前診断(NIPT)が問いかける堀内みどり

What“Noninvasive Personal Cenetic Testing”Asks UsHORIUCHI Midori

天理大学人権問題研究室紀要 第22号:77―93,2019

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って生まれた子を育てるときの不安,社会の好奇の目にさらされ偏見をもって遇されるのではないかという危惧は,出産を躊躇させるのに十分な社会的要因になってはいないのだろうか。さらに,生まれてきた子どもとどのように生きていけるのかという,具体的で肯定的な情報に接するという機会が少ない,陽性判定を受けた親へのケアが薄いとも思われる。同時に技術は進歩し,その技術が新たな生命との暮らしを準備してくれる可能性があるかもしれない。

1.NIPT:無侵襲的出生前遺伝学的検査((Noninvasive prenatal genetic testing)

例 え ば,NIPTを 実 施 す る 民 間 のGeneTechでは,以下のようにこれを説明する。(GeneTech株 式 会 社:genetech.co.jp2019/1/27閲覧)NIPTは,妊婦さんの血液中に含まれる赤

ちゃんの DNA断片を分析することで,赤ちゃんの特定の染色体疾患を調べることができる検査です。NIPTのより正確な名称は,「無侵襲的出生前遺伝学的検査」または「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」ですが,母体血清マーカー等と比べて最近開発・導入されたため,国内では「新型出生前診断」とも呼ばれています。NIPTは,具体的に次の3つの疾患を調べることができます。・ダウン症候群(21トリソミー)・エドワーズ症候群(18トリソミー)・パトー症候群(13トリソミー)これら3つを合計すると,胎児の染色体疾患の約7割に相当します。NIPTは,国内では2013年4月から2017年3月までの4年間で48,643名の妊婦さんに受検されています。なお,海外では上記3つ以外の疾患も調べるこ

とができる国もありますが,現在国内では日本医学会および日本産科婦人科学会等の指針により,3つの疾患のみしか調べることができないとされています。特長①従来の非確定的検査と比べて,精度が高い。・従来の非確定的検査(母体血清マーカーやコンバインド検査)は,母体血清マーカーで感度80%,コンバインド検査で感度83%でした。

・これに対して,NIPTは感度99%と精度が高く,赤ちゃんの染色体疾患をより正確に発見することができます。

※40歳の妊婦さん(ダウン症候群が100人に1人生まれる)の集団の場合②採血のみで検査ができるため,流産・死産のリスクがない・確定的検査(羊水検査や絨毛検査)は,羊水検査で1/300,絨毛検査で1/100の確率で,流産・死産のリスクが存在します。

・これに対して,NIPTは採血のみで検査ができるため,流産・死産のリスクがなく,安全な検査です。

③妊娠周期の早い時期(妊娠10週~)から検査可能・従来の非確定的検査(母体血清マーカーやコンバインド検査)は,早くても妊娠11週以降でないと受けることができませんでした。・これに対して,NIPTは妊娠10週以降から受けることができ,赤ちゃんの状態を早く知りたいと思う妊婦さんにとってはよりよい選択肢となります。

結果検査結果は「陰性」または「陽性」で判定されますが,まれに「判定保留」という結果が

新型出生前診断(NIPT)が問いかける

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あります。これは陰性でも陽性でもないという結果で,具体的には,採血した血液中の DNA量が足りない場合や,投薬の影響などで検査結果が出ない場合に起こります(GeneTechの国内検査全体の0.37%(2017年12月現在))。なお,検査結果が判定保留の場合,再検査を行うことがあります。注意点NIPTは精度が高い検査ですが確定検査ではありません。陽性または判定保留が続いた場合,検査結果を確定させるための検査(羊水検査または絨毛検査)を受ける必要があります。費用検査費用は約15~21万円です(医療機関によって異なります)。なお,陽性または判定保留が続いた場合は確定的検査(羊水検査または絨毛検査)を受ける必要がありますが,日本医学会の認定施設では,ほとんどの施設でNIPTの価格に確定的検査の費用も含まれています(医療機関によって異なります)。

これに対して日本医師会は2011年2月,「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」を発表し,慎重な態度も求めている。

遺伝医学の進歩は,単一遺伝子疾患においては,責任遺伝子の同定に基づく病態解明を可能にし,治療法開発研究へと発展している。さらに,遺伝医学研究は,多因子疾患の発症に関わる遺伝要因の解明や,薬物応答に関係する個体差の解明など,幅広く医学・医療の分野に応用可能な成果をもたらしている。そして,その過程で開発されてきた数々の遺伝学的

検査およびその結果に基づいてなされる診断(遺伝学的検査・診断)は,疾患の治療法や予防法の適切な選択を可能にするなど,医療全域にわたって広く有効に利用される時代を迎えている。このように遺伝学的検査・診断は,すべての診療科の医師にとって重要な医療行為になりつつある。しかし一方で,遺伝学的検査・診断では生涯変化せず,血縁者にも影響を与えうる個人の遺伝情報を扱うため,その特性に十分配慮した対応が求められる。また,その前提として,遺伝子の変化に基づく疾患・病態や遺伝型を例外的なものとせず,人の多様性として理解し,その多様性と独自性を尊重する姿勢で臨むことも求められる。(「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』についての共同声明」について)日本医師会med.or.jp参照)

また,日本産科婦人科学会は,1988年1月「先天異常の胎児診断,特に妊娠絨毛検査に関する見解」2007年4月「出生前に行われる検査および診断に関する見解」2011年6月「出生前に行われる検査および診断に関する見解」を改定2013年6月,2011年版を新たに改訂された見解を示し,「先天異常の胎児診断,特に妊娠絨毛検査に関する見解」を撤廃

した。2013年の声明では,「胎児の生命にかかわる社会的および倫理的に留意すべき多くの課題が含まれており,遺伝子の変化に基づく疾患・病態や遺伝型を人の多様性として理解し,その多様性と独自性を尊重する姿勢で臨むことが重要」(2013年6月22日の提示声明。日本産科婦人科学会「出生前に行われる

堀内

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検査および診断に関する見解」,jsog,or,jp,2019年1月27日閲覧)と述べており,遺伝学的検査の実施にあたっては「学会でも承認された日本医学会『医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン』(2011年2月)を遵守し,そこに掲げられた理念を尊重すること」を求めている。一方,NIPTコンソーシアム(①新しい出生前検査である NIPTを国内に導入するに当たり,適切な遺伝カウンセリングによって情報提供できる検査体制を構築するためのコンセンサス形成の主体となり,②一般社会,

及び医師・遺伝カウンセラーに向けて NIPTについての正確な知識・情報を発信することを使命とする)は,「遺伝カウンセリングと検査後に適切な診療が受けられるように日本医学会で施設認定を受けている医療機関において検査を受ける」ことを強く勧めている。なぜなら,「平成28年後半からごく一部の医療機関が指針と通知を無視して日本医学会の認定を受けずに検査の提供を始めました。遺伝カウンセリングを行わず,検体を英国の検査会社に送って NIPTを実施しています。検査で染色体疾患が疑われても適切な情報提

表1 中西恵里子2015,p.70より引用

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実錨崎期

対象震患

11県g院で舟崎捌

安童栓 l 贋金

臨調健 I _定

費用 I 1-盟万問

彼竃浴の比較

(2014.現在)

供や遺伝カウンセリングを行うことなく,別機関への受診を促すだけで,妊婦さんやその家族がどうしていいかわからず混乱するという事態を起こしています。」(「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)」を考えている妊婦さんへ 日本医学会が認定する医療機関での NIPT受検のお願い,NIPTコンソーシ ア ム,2017年8月26日 付 声 明,nipt.jp,2019年1月27日閲覧)からである。上記で示したように,NIPTは,従来の出

生前診断に比べて,その精度が高いこと,妊婦への負担が少ないことが大きな特長である。この検査で分かる,ダウン症候群(21トリソミー),エドワーズ症候群(18トリソミー),パトー症候群(13トリソミー)のうち,特にダウン症候群の人は,日常的に接することができ,見た目で“分かる。”NIPTが“命の選択”と言われるのは,ダウン症の人々を取り巻く状況に不安を抱くという社会背景があるといえよう。さらに,先進国での晩産化や劇的な医療技術の進化・発展が,NIPTの受診を後押しし

ているようである。そして,NIPTには,・「命」という重いテーマの下,賛否両論の議論/医療者や当事者の苦悩や葛藤を生み出した

・中立的立場からの情報に乏しく全容が分かりにくい

・公的機関や医療機関の不十分なサポート・夫婦だけで重大な決断を余儀なくされるケースも

などの,問題点が指摘されている。このような状況について,慶應義塾大学医

学部准教授の末岡浩医師は,「出生前診断では遺伝学的な情報に限らず,胎児の個体としての発達・発育など調べます。例えば妊娠中の定期健診で基本的に誰もが受ける『通常の超音波検査』も…出生前診断の一つ。しかし,現在,一般的に出生前診断というと,妊娠中の胎児の染色体や遺伝子に異常がないかを調べる『出生前遺伝学的検査』のことを指す場合がほとんどです」「大前提として伝えたいのは,出生前診断と聞くと,“赤ちゃんに異常が発見されたら妊娠をあきらめる”という

表2 陽性的中率と陰性的中率の検査の種類による違い:河合蘭2015,p.27より引用

堀内

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1∞

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. 35般の陽性的中串

.40般の陽性的中寧80

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40

。母体血清マーカー(ヲアトロテスト)

妊娠16週

丹波

コン/{インド・

テスト妊娠12遇

新製出生前除断(N阿)

妊娠12遡

命の選別と捉えられがちですが,本来の目的は,赤ちゃんを望む人達に向けて,“生まれた後の赤ちゃんの成育環境を整える準備をすること”。」(「40歳受精卵の8割に異常 出生前診断の精度は?(上)」『日経ディアル』2016年8月26日 配 信 https : //dual.nikkei.co.jp/article/089/54/08.26,2018年11月14日閲覧)と述べる。また,出産ジャーナリストの河合蘭さんは「現状,染色体疾患や重篤な形態異常が発見された場合,妊娠の中断につながるケースも少なくありませんが,その一方で,『出産までに心の準備をしておきたいから検査をする』という人や,『陽性と診断されても中絶は考えられないから,初めから検査は受けない』と考える人もいました。検査を受けることや結果の受け止め方についての考え

方は人それぞれ。十人いれば十通りの答えがあります。専門家であっても,経験や学識により出生前診断への考え方は様々です」(同上)と解説している。検査対象となる妊婦は,日本産科婦人科学会指針によれば,検査希望があり,・分娩予定日に35歳以上・染色体疾患(21・18・13トリソミーのいずれか)の児を妊娠,分娩したことがある

・他の検査で21・18・13トリソミーの可能性の上昇を指摘された

と明記されていて,検査前後の遺伝カウンセリングが義務付けられ,検査で陽性となった場合,必ず確定的検査へ進むように促している。しかし,検査が簡便で母胎負担が少ない

表3 中西恵里子2015,p.42より引用

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母体年織と出生児の漁色体疾患の発生寧出屋年齢の高年化に伴い、織色体調院患の損度t:1I加しE置す.

卵子形成時の綾色体不分・の鋼鹿のU~どが原因のーっと唱えられています.

母偲草笛ニビ~ i:IウンIhl・:::f1j il:lトリソミー ~トリソミー

20 1/1441 1/10000 1/14300

25 1/1383 1/8300 11125∞ 30 11959 ln200 1111100

35 1/338 1/36∞ 1/5300

36 1/259 1/2700 1/4000

37 1/201 1/2000 1/3100

37 1/162 1/1500 1/2400

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42 1/52 11400 11970

43 1/37 1/310 1/840

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ということもあって,NIPTコンソーシアムが指摘するように,安易に受診する人やカウンセラーのいない施設,認可されていない(条件を満たしていない)施設での受診も問題となってきている。ところで,胎児の先天的異常や妊婦の年齢に関しては,一般に次のようなことが言われる。・母体の年齢が若くても,約5割の受精卵には染色体異常・40歳以上になれば約8割まで増加・妊娠中の胎児に染色体異常があった場合,その多くが自然淘汰され,流産率も約3割・染色体は全部で24種類,出生可能なトリソミーの中でも多く起こるのが13番・18番・21番

・13・18トリソミーは重症化しやすく,胎児死亡や出産後すぐに死亡するケースが多い

・21トリソミー(ダウン症候群)の場合,約8割が流産,約2割は出産・ダウン症児の出生率は,母体が0歳で700分の1,40歳では80分の1

・ダウン症児の現在の平均寿命が約55歳つまり,新聞記事(図1)が明確に示すように,NIPTで特に話題の中心になるのは,「子がダウン症だと分かったらどうするのか」ということに繋がる。ダウン症の人は生き延びているということで,“標的”になっているようにも思われる。なぜ,“標的”になるのか,社会的な問題なのである。ダウン症協会(JDS)は,「生殖技術の進歩としての出生前検査等に対する見解」として,以下のように述べる。

出生前検査等の技術そのものに対して特に見解を示しません。医療技術の進歩が基本的に幸福の追求であることは信じていますし,進歩の過程でその技術がさまざまな形で応用されることもあると考えています。出生前検査等の技術に関しても,それを個々がどう理解し,選択するかについて賛成・反対等の意見は表明しません。ただし,その技術がマススクリーニング等の形で「社会の選択」として位置づけられることには反対します。また,ダウン症のある子が生まれることを「不幸」と規定し,出生 前検査等の技術をダウン症のある子が生まれないようにする福音であるかのように宣伝し,安易にこれが行われることについても明確に抗議していきます。(河合蘭2015,pp.235-236)

図1 『読売新聞』2012年8月29日

堀内

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そして,出生前検査等が推奨される背景にある価値観については,以下の見解を示す。

現行の出生前検査等の技術は胎児にダウン症があることを判定することはできても,染色体の構造異常そのものを治療するものではありません。当然のことながら,そこには「ダウン症があったら妊娠を中絶する」という選択肢が「治療」の代替として用意されていると考えます。だとすれば,出生前検査等で胎児にダウン症があることを判定するということは,ダウン症のある子を中絶することを積極的に勧めることにつながりかねません。それは,ダウン症のある子を,生まれてくると不幸である子ども,生まれてくる価値のない子どもと位置付けていくことに他なりません。(「理事長からのメッセ

ージ」日本ダウン症協会 http : //www.jdss.or.jp/project/05_01.html,2018年11月24日閲覧)

ここで,世界に目を向けると,出生前診断をマススクーリングとして利用している国は少なくない。そして,出生前診断を受け,陽性と判断さ

れた後,確定的検査を受けた妊婦の中には,その揺れる心を吐露する人々がいる。

紹介状をもらい5日後に羊水検査を受けに行った私は,検査中ずっと泣いていました。すると医師から「何をそんなに泣いているんですか? どんな子どもでも産もうと考えているならば,最初からこの検査を受けないでしょ。検査を止めますか?」と叱られました。

表4 坂井律子2013,p.118より引用

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スウリーニング政策と出生前惨断111

ずウン症 神経督問釧不全

111名 スウリーニング政策 惨衝撃(覧}À~ Y・ニY州軍 ..断II!(%)

デンマーヲ 全国(111'::単期} 64 全国 89

スイス 全国(蹄1ー半期} 95 全国 83

ベルギー 全国{第10,112:=半期} 67 全国 83

インヅランド畠ウ:x -)~;( 全国(第lo,J臨2:=半期} 66 全国 94

フランス 全国(第10'第2:::半期} 90 全国 94

ドイツ 金国(鍍10'第2'::半期) 63 全国 90

イ?リ ア 全国{第10'第2:::半期) 71 全国 87

クロアチア 一暢あり 32 全国 80

オランダ ー舗あり 42 策し 78

スペイン -oあり 75 一部あり 94

アイJレランド .L 5 一部あり 56

マル世 無し 一舗あり 25

合計 68 88

(PA.B岬d引 .1. 2ω8よりt!<粋]

この医師の言葉は当然でした。障害のあるなしに関わらず,どんな子どもでも産んで育てるつもりだったら,この検査をそもそも受けることはないのです。泣いていること自体,矛盾している態度でした。(立石美津子「15年前に出生前診断を受けた私がいま,思うこと」Conobie,https : //conobie.jp/article/5962,2018年11月10日閲覧,太字は筆者)確定診断の結果が出るまで1カ月かかりました。21週と6日までしか中絶は認められていません。医師から「検査結果が出て1週間以内に産むか産まないか決めてください」と言われました。胎動を感じながら,30日間悩みました。何を食べても美味しくなく,何を見ても嬉しくなく,頭はこのことで支配されていました。さて,結果は「13トリソミー,18トリソミー,21トリソミー(ダウン症候群)ではない」でした。その結果を見て,ホッとしました。(立石美津子「出生前診断でわからない障害もある?結果に混乱しないために知っておきたいこと」hapimama, http : / / ure. pia. co. jp /articles/-/249516?page=2,2018年6月15日閲覧)

では,あらためて何が課題としてあがってくるのだろうか?(下線は筆者)・治療のための検査から「中期中絶」へ:20万人の「中絶児」・選択する(親)/選択される(子):「授かりもの」/つくる・もうける←生殖技術の進展/受精卵(胚)の選択と廃棄・治る病気/先天的異常/重篤な場合かどうか・なぜ検査を受けるのか

・健康な子を望む素朴な親の思い・検査で安心したい/異常の発見←出産の高齢化/生殖技術の進展・情報の内容・伝え方・検査の伝え方・遺伝子カウンセリング・カウンセラー不足

・産科と小児科の不連続・新・優生学かマススクーリング・社会的選択・社会的影響下にある人々

・自己決定責任の増加/社会的不備(制度/態度/見方)

・生き延びている人々への眼差しこれらのことを踏まえ,「命」「命の選択」

について考えるために,「アシュリー事件」およびマイケル J. サンデルの見解を事例として取り上げ,考察の参考にしたい。

2.アシュリー事件/“アシュリー療法”論争(児玉真美(2011)『アシュリー事件:メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』生活書院)児玉は,著書の冒頭で,「これはアシュリーの尊厳の問題である。少なくともこの点については,彼女のケースを議論している人みな意見の一致するところのようだ」という2003年1月3日の『ロサンジェルス・タイムズ』の記事を紹介している。議論が白熱し,アシュリー療法と呼ばれたアシュリーに施された医術をめぐって,「アシュリーは重症児だから,これは尊厳の問題ではない」という主張が出てきたことについて,児玉は,次のように述べる。

重症障害のある人は,その他の人とは違

堀内

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う。重症障害のある人は,その他の人と同じ尊厳には値しない──そういって線を引く論理がアシュリー療法の正当化には通底している。(児玉真美2011,p.22)

2004年アメリカのシアトル在住で当時6歳の重症重複障害のある女児に対し,子宮と乳房芽の摘出手術が行われた。ホルモンを大量に投与し身体を抑制する療法も施された。記事のタイトルは「障害女児の背を伸ばさない決断を両親が釈明」というものだった。これらの医療は,両親が希望し,病院内倫理委員会が承認して行われたもので,女児の名前がアシュリーだった。2006年秋の米国小児科学会誌でシアトル子ども病院の担当医ダニエル・ガンサー(9月末自殺)とダグラス・ディクマが報告。専門家や一部の関係者からの批判。その批判に応える形で両親がブログを開設。メディアが次々と取り上げた。6歳女児への施術決定については,・愛情からだから OK?・親が決めたことだから OK?・未成年だから親が決めて OK?・重症障害児だから OK?・知的障害児だから OK?・全介助だから OK?など,いくつもの疑問が投げられた。アシュリーに行われた一連の医療介入をセットにして「アシュリー療法」と名付けた両親は,ブログで自分たちの決断の動機や意図を説明し,アシュリーだけでなく広く世の中の重症児に適用することを提案した(児玉真美2011,p.17)。これに対し,障害者の人権擁護団体などからは,「尊厳を踏みにじるゆるしがたい暴挙」「人を変えるな,制度を変えよ」といった非難声明が次々と出された。一方で,「介護の

大変さを知らない者に批判する資格はない」「勇気ある英断」「ここまでして家で世話をしたい親の愛情に感動」という声も聞かれた。ワシントン州の障害者人権擁護団体(WPAS:Washington Protection and

Advocacy System,現 DRW,DisabilityRights Washington)が調査し,5月に「違法」という結論に達した。また,5月8日担当病院も違法と認め(裁判所の命令を取らずに子宮を摘出したことがワシントン州法に違法),5月16日シンポジウム開催,WPASとの間で今後のセーフガードとして,いくつかの合意に達し,その内容はWPAS報告書に明記された(児玉真美2011,pp.18~19)。児玉は障害児の母であるという立場でもあ

り,「障害児・者を『どうせ』と見下し,そこに線を引いて,障害のある生を生きるに値しないと切り捨てようとする風潮は,じわじわと広がりつつあるのではないだろうか」(児玉:p.22)と,強い危惧を抱いている。当時寝たきりだったアシュリーに行われたことは上述のように,・子宮摘出・乳房摘出・成長抑制(エストロゲンの大量投与:手術後回復を待って投与:成長を早送りすることで,成長を早めにとめる)

であった。エストロゲンの大量投与を2年半継続することで,身長を20%,体重を40%減じる効果があった。盲腸になっても痛みを訴えられないからという理由で,開腹時には盲腸が摘出された。米国小児科学会誌で報告した医師によれば,

「施設に預けず,最期まで自宅で介護するための処置だった。両親は,最期を他人に託したくないと望み,メンスの始まりを心配したのだった」という。上記3つの医療介入の目

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的は,①エストロゲンの大量投与療法で最終身長を制限する,②子宮摘出によって生理と生理痛を取り除く,③初期の乳房芽の摘出によって,乳房の生育を制限する(必要がないから)ことだという。両親は,これらの目的が達成されれば,大人になったアシュリーのQOLを大きく向上させることになると期待したという。ブログでは「もっと速くにこの療法(①)を開始していたら,アシュリーへのメリットはもっとおおきかっただろう:と綴っている。また,『デイリー・メール』のインタビューに対しては「アシュリーが困難な人生を引き当ててしまった以上,愛情ある親として,また介護者として,せめて私たちにしてやれるのは,娘の生活の質を最大限に高めるべく力を尽くすことなんです」と答えている。両親は「在宅介護」を最期まで可能にするためではなく,アシュリーの QOLのために実施したと主張している。そして,ブログでは次のように述べる。

…アシュリーのニーズはすべて赤ちゃんと同じニーズです。遊んでもらったり,家族に関わってもらうことも必要だし,またアシュリーは家族の声を聞くと落ち着きます。さらに,アシュリーの精神年齢を考えると,完全に成熟した女性の体よりも9歳半の体のほうがふさわしいし,より尊厳があるのです。(児玉真美2011,p.43)

アシュリーの父親は①②③を広めることで,重症児と家族を支援しようと力を入れている(児玉真美2011,pp.25―50参照)。ブログでの発信はそのためでもあるという。父親のこうした情報に接して,「ウチの子にもやって」と名乗りを挙げた障害児の親もあった。「気

持ちはわかるけど…」「自分はやらないけど,この親を責めることもできない」と困惑する障害児の親や専門職の声もあった(児玉真美2011,p.18)。米国小児科学会誌で報告したシアトル子ども病院の担当医の一人,ダグラス・ディクマは,「成長抑制」について,次のように述べる。「アシュリーはクラスメイトと同じレベルで成熟しますよ。顔を見れば,年齢相応に年をとっていきます。別に外見を変えるためにやったことじゃないんです。本来なら伸びたであろう最終的な背丈よりも低くしただけです」「永遠に子どものままにしたわけじゃありません。15歳の時には15歳の外見,33歳になれば33歳の外見でしょう。生理がなくて胸が大きくならない。それ以外は(他の人と)同じように発達しますよ」(児玉真美2011,p.34)。では,アシュリーはどのような子どもなの

か。通常出産したが,生後1カ月頃から様々な発達の障害・遅れが見られ,脳性麻痺児と診断された。「顕著で広範な発達障害を伴う脳障害」を発症しており,6歳当時,上体を起こすこと,歩くこと,言葉を使うことができなかった。「障害があることを除けば,“健康”」と児玉は綴る。そうして,「人は経験から学ぶということを考えた時に,重症の知的障害があると,その人はずっと『大きな赤ちゃん』のままだと考えるステレオタイプが間違いであることは了解されるはずだ。アシュリーには赤ちゃんと同じニーズしかないと考えている両親も,彼女の精神年齢を生後3ヶ月または6ヶ月相当だと繰り返すディグマも『知能』を『精神年齢』とイクオールだと感がる重大な誤りを犯している」(児玉真美2011,p.64)と指摘する。その上で,トランスヒューマニストのアン・コウィンの言葉を紹介し,

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“アシュリー論争”では,「重症障害」というステレオタイプに阻まれて,アシュリーの現実の姿を見誤っているのではないかと言う。「どうせ赤ちゃんと一緒なんだから」「どうせ何も分からない重症児なんだから」という「どうせ…」という偏見がそこにあるのではないかと危惧するのである。アン・コウィンは次のように語っている。

アシュリーのマインドは生後3ヶ月のマインドではなく,発達障害のある9歳のマインドなのです。30歳になれば,その時の障害の重さに関わりなく,30歳のマインドの持ち主でしょう。平均的な30歳のマインドと同じではないかもしれないけれど,それでもやはり30歳のマインドです。…アシュリーがそのようにこの世の中を体験しているのかは誰にも分かりませんが,まだ3ヶ月しか生きていない赤ん坊と同じように世の中を体験しているということはないでしょう」(児玉真美2011,p.65)。

さらに,児玉はアン・コウィンの次の言葉も紹介している。

アシュリーに行われた処置には一定の利益が確かにあると思われるが,同じことが障害のない人に行われた場合には非倫理的だということになる。それは何故なのかを考えなければならない。/その人の状態によって結果的な処遇が同じである必要はないが,その判断に適用される倫理判断の基準は一定でなければならない(児玉真美2011,p.66)

アシェリーへの医療行為は,彼女が重症障

害者だから許されたのか。アシェリーへの医療行為が非倫理的行為でないのなら,その他すべての人がアシェリー療法を選んでも非倫理的ではないはずだが,実際にはそうではない。重症障害者は線引きされているのが現実の社会と言えよう。そして,児玉はアシュリー事件(アシュリー療法)から,・必要なのは,もっと多くの医療ではなく,もっと多くの在宅サービス

・最善の利益ではなく,基本的人権の問題・ガン予防のために乳房や胃を摘出する,ということとの相違

という論点をもひきだしている。特に,3つめの医療介入については,「メディカル・コントロールと新・優生思想の世界へ」という視点から,「科学とテクノロジーの進歩で可能になった身体や命の操作を背景に,世の中は子に対する親の支配をこれまでとは比べ物にならないほど増大させ,それを是認し,むしろ煽る方向へとものすごい勢いで突き進んでいるように見える」(児玉真美2011,p.255)と述べる。そして,「フォストやサヴレスキュなど『“科学とテクノで簡単解決”文化』の御用生命倫理学者たちが目指しているのは,生きるに値する命と値しない命,治療に値する命と値しない命,救うに値する命とそのための資源として使い捨てられるべき命…そんな線引きの一切が医療に全権委任された世界―。それは,科学とテクノロジーが可能にした技術で装いも新たに優生思想を復活され,身体と命の操作を通じて人を医療の論理と権威でコントロールしていこうとする,メディカル・コントロールの世界ではないのか」(児玉真美2011,p.256)と問う。

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3.マイケル J. サンデル『完全な人間をめざさなくてもよい理由:遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』(ナカニシヤ出版,2010年)サンデルは,2001年大統領生命倫理評議会委員となったのを機に,倫理とバイオテクノロジーについて考察することになる。彼は,・幹細胞研究・クローニング・遺伝子操作・遺伝子増強(エンハンスメント)の倫理などの分野での問題を研究し,テクノロジーが介入する「生命」のありようについての考察を深化させていった。サンデルは冒頭で,聾でレズビアンのカップル・マッカロー夫妻と2人の息子について紹介する。夫妻は,「聾は文化的アイデンティティであり治療すべきではない」と考えており,子を授かるにあたり,5世代にわたり聾である精子ドナーを探し,そのドナー精子で2人の息子を授かった。彼らは聾であった。これが,『ワシントン・ポスト』で報道されると,“故意に子どもに障害を負わせた”と多くの非難が寄せられた。これに夫妻は「私たちに似た子どもがほしかっただけ」と答えている。そして,サンデルは,ここで何が非難されているのかと問う。設計して子どもを聾にすることは不正か?では,何が「不正」なのか? 聾であることなのか,聾を設計することなのか。次にマッカロー夫妻の報道が出る少し前に,アイヴィー・リーグの学生新聞紙上に出された広告を紹介する。それは,不妊カップルが卵子提供者を募るものだった。そこには提供者の条件が以下のように記されていた。・150フィート(約178㎝)以上・運動が得意

・大きな家族病歴がない・SAT(大学適性試験)1400点以上そして,該当者には5万ドルの謝礼これに対して,あまり,批判されなかった。

なぜだろうか。擁護派は,これらの試みは自然な子作りと

ある一つの点で決定的に類似。どんなに何かをしても,望み通りの結果が得られるとは限らない,と述べたという。さらにサンデルは愛猫を亡くした女性が,

クローニング会社に5万ドルを払い,数カ月後に猫を得たという話を紹介する。(以上,サンデル2010,pp.5―6参照)そして,問う。「人間の本性を設計しなお

すことの何が不可なのか」(サンデル2010,p.8)これについては,1997年のクローン羊ドリーの誕生とともに,クローン人間はどうなのかという問題が提起されているが,単に危険ということだけなのか。また,「子どもの自律の権利の侵害」という観点からの反論があるが,①もともと子どもは自分の身体的な特徴を選べない,②自分自身を増強(エンハンスメント)しようとしている人への反論にならない(美容外科,スポーツ選手のステロイドなどの利用等々)とし,「デザイナー・チルドレン」は完全には自由ではない(思う通り/設計通りではない)と述べる。問題は精子や卵,胚を標的とした生殖細胞への介入であり,次世代への影響を考えなければならない(サンデル2010,p.11)。その際,常に科学は道徳より速く進むことが重大である。サンデルは,ゲノム革命は一種の道徳的眩暈を引き起こしているとし,この課題に真剣に取り組むためには,・自然の道徳的地位・所与の世界に向き合う際の人間の適切な

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姿勢へと,立ち返る必要があるとしている。これは現代社会ではほとんど見失われている視点だと指摘する(サンデル2010,p.12)。治療と改良との違いはどこにあるのか。「そもそも,われわれは能力強化を追い求めるべきか」(サンデル2010,p.19)と今ある身体に施す治療という名目の身体改良の風潮を疑問視する。「本当の問題は,完全に健康な子どもの身長をわずか数インチ高くするために一財産潰さざるをえないと親が感じる社会に,われわれが本当に住みたいと思うかどうか。」(サンデル2010,p.22)そして,なぜ治療/改良するのか。サンデルは「性選択」を事例に示す。もともとダウン症や二分脊椎などの遺伝的奇形を発見するために開発された「出生前診断」で性別を知ることが可能となった。すると,望まない性別の胎児を中絶するという選択も可能になった。その結果,たとえばインドでは男児1000に対して女児927という性別比率になった。20年前の女児比率は962であった。ムンバイあるクリニックの報告では,携帯用超音波機器による診断で,8,000件の中絶のうち,7,999件が性選択を目的としたものだった(サンデル2010,p.23)。技術の発展が女児の中絶を促進した結果ともいえる。また,IVF(体外受精)では,受精卵の移植時に性別選択可能であり,着床前遺伝子診断で胚の選択をする。性選択それ自体の問題(サンデル:25)となってきている。つまり,問題の所在は手段ではなく目的なのだとサンデルは言う。なぜなら,それは,人間の尊厳への脅威だからである。したがって,これらの営みはどのようにして人間性をすり減らすのかを明確に述べることが課題となると言う。背景にあり,人を駆り立てているのは「支配への衝動」で,そこで見失い,破壊しようと

しているのは,「人間らしい能力や達成に備わっている“被贈与的性格”への理解」(サンデル2010,p.30)である。彼によれば,被贈与性(giftedness of life)が理解・承認されることによって,・ある種の謙虚さが生まれる・部分的には,宗教的感性ではあるが,宗教を超えて共鳴を生む

ことになる。生の被贈与性の承認とは,努力しても,才能があっても,それらは,完全にはわれわれ自身のものですらないということの承認であり,たとえば,子どもを贈られたもの(gift)として理解することである。それは,子どもをあるがままに受け止めることである。サンデルはウィリアム・メイの言葉を引いて「招 か ざ る も の へ の 寛 大 さ(openness to the unbidden)」(サンデル2010,p.50)を教えてくれると述べている。これとは異なる「管理(支配)する親」(優性主義的子育て)であり,その場合,医療は何らかの目的・目標を備えたひとつの実践であるので,実践は目的によって方向づけられたり,利用されたりする(サンデル2010,p.51)ことになる。サンデルは,「優生学と遺伝子操作が問題

となるのは,それらが被贈与生に対する意志の,崇敬に対する統御の,見守りに対する形取りの一方的な勝利を宣言してしまうからである」(サンデル2010,p.89),「もし遺伝学革命によって,人間の能力や偉業の被贈与的性格に対するわれわれの謝意が蝕まれていくならば,われわれの道徳の輪郭を形作っている3つの主要な特徴,すなわち,謙虚,責任,連帯に,変容がもたらされると考えられるのである」(サンデル2010,p.90)と述べる。そして,「自己改善を目的とした遺伝子操作が当たり前になった場合でも,やはり謙虚さの

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社会的な基盤は掘り崩されていくだろう。自らの才能や能力は完全には自分自身の由来していないという認識こそが,われわれが自惚れへと陥る傾向を抑制する」(サンデル2010,p.91)と続ける。いかに「デザイナー」(遺伝子操作・増強)しようとも,「それらは,完全にはわれわれ自身のものですらないということの承認」がなければ,才能や性質は自らの責任(親の責任)でしかなくなる。これは何を意味するのであるのか。サンデルはダウン症を取り上げて(サンデル2010,p.93),次のように論を進める。「ダウン症」の出生は,以前は偶然の問題だった。しかし,今日では,親は周囲からの非難や自責の念を感じている。ダウン症の子を産み,育てることについて,周囲の考えから影響を受け取ってしまう。世間体・社会的影響・抑圧を意識・感じ取る。出生前診断で判別がつくのになぜ受けないのか,なぜ産むのか…以前には存在しなかった“決定権”が生じている。これから親は遁れられないのであり,「選ばない」ことを「選ぶ」というのは,実際に難しさを感じる。本当に自分たちで考え,決定することの必要と重要性とはどういうことなのか。サンデルの提言はこうである。

人間の本性に合わせて世界を変更するのではなく,逆に世界に合わせるために人間の本性を変更することは,実際にはもっとも深刻な形態の人間の無力化(ディスエンパワメント)をもたらす。それは,われわれの目を世界に対する批判的な反省から逸らし,社会的,政治的改良へと向かう衝動を弱めてしまう。われわれがなすべきことは,新たに獲得された遺伝学の力を用いて「曲がった人間性の材

木」をまっすぐにすることではなく,贈られたものや不完全な存在者としての人間の限界に対してよりいっそう包容力のある社会体制・政治体制を創り出せるよう,最大限に努力することなのである。(サンデル2010,p.102)

今後の課題

出生前診断は,遺伝子操作など,人間の生殖医療やゲノム編集技術などに直接結びつく課題である。アシュリー事件が提示している障害者をどうみるのか,にも繋がる。出生前診断では,人間がもつさまざまな「障害になるであろう」要素が明らかにされ,その結果で人は,産むか産まないかを決める可能性(権利?)を手に入れたからである。健康であってもさらに身体を増強するために医療をすることも可能となった。サンデルの「被贈与性の承認」は人間の生命や倫理について,人間の尊厳についての考察に有効であろう。「生きる」「生まれる」「産む」…「命の選択」とはいかなることなのか。中絶はどう考えるのか。借り腹出産は?…一層の事例研究が必要となる。たとえば,「ロング・ライフ(ロングフル・ライフ/バース:wrongfullife/birth)訴訟」訴訟とは,重篤な障害を負って生まれた当人が,自分は生まれないほうが良かったのに,医師が親に避妊あるいは中絶の決断をするための根拠となる情報を与えなかったために生まれてしまったとして,自分の生きるに値しない生をもたらした医師に賠償責任を要求する訴訟である。そこでは自己の生そのものが損害とみなされる。命の選択の決定者は,果たして「当事者」だけなのか。社会が 強いているのではないか。考えなければならないことはいくつもある。

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富和清隆氏(東大寺福祉療育病院)は,「出生前診断について,よく『個人の意思を尊重することが大切だ』と言われます。でも,『障害のある子どもが生まれても,その子を全力で支えます』というメッセージが発せられていない社会で,『自由な個人の意思』を守るのは簡単なことではありません。ですから私たちは,障害のある子どもや家族を支える体制を少しでも充実させて,地域の中でともに暮らしていける関係を作っていきたいと思います。」(野村優夫2017,p.189)や,「遺伝性疾患については,悪い遺伝子のためと考える人もいるが,遺伝子にはよいも悪いもなく,生物のそれぞれの種の存在にとって必要な情報であり,多様な遺伝子の存在によって生物種が保たれて存在している。また遺伝子の組み合わせによって個体に多様性があり,ある個体は生存や生活に不自由をきたす状態がおこる。そのような状態を引き受ける個体があることによって,その生物種の生存が維持されているという関係にある。いわばその生物種の生存を守っている『戦士』と言ってもよいのである。」(高谷清小児科医(障害児医療):の言葉。香山リカ2013,p.198)という発言についても考察していく必要を感じている。関連領域は「生きること」全般にわたり,ジェンダー平等からの議論もしなければならない。今後の課題は山積しているが,事例から多くを学び,現場にいる人の言葉を傾聴していきたいと思う。

参考文献

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前診断,受けますか? 納得のいく「決断」の

ためにできること』講談社。

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小坂洋右(2011)『人がヒトをデザインする 遺伝

子改良は許されるのか』ナカニシヤ出版。

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坂井律子(2013)『いのちを選ぶ社会 出生前診断

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信濃毎日新聞取材班(2015)『不妊治療と出生前診

断 温かな手で』講談社新書,講談社。

島薗進(2016)『いのちを“つくって”もいいです

か? 生命科学のジレンマを考える哲学講義』

NHK出版。

シモーナ・スパラコ著,泉典子訳,室月淳解説

(2013)『誰も知らない わたしたちの こと』

紀伊國屋書店。

高谷清(2011)『重い障害を生きるということ』岩

波新書。

玉井真理子・渡部麻衣子編著(2014)『出生前診断

とわたしたち 「新型出生前診断」(NIPT)が

問いかけるもの』生活書院。

DNA問題研究会編(1994)『遺伝子治療 何が行

われ,何が問題か』社会評論社。

中西恵里子(絵と文),関沢明彦(医療監修)(2015)

『マンガ はじめての出生前診断』かもがわ出

版。

マイケル・J・サンデル著,林芳紀・伊吹友秀訳

(2010)『完全な人間を目指さなくてもよい理由

遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』ナカ

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森岡正博(2001)『生命科学に何ができるのか 脳

死・フェミニズム・優生思想』勁草書房。

山中美智子・玉井真理子・坂井律子編著(2017)『出

生前診断 受ける受けない 誰が決めるの?

遺伝相談の歴史に学ぶ』生活書院。

ウエブサイト(引用順)

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7月19日。

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「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』に

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「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)を

考えている妊婦さんへ 日本医学会が認定する

医療機関での NIPT受検のお願い」NIPTコンソ

ーシアム,2017年8月26日付声明,nipt.jp。

「40歳受精卵の8割に異常 出生前診断の精度は?

(上)」『日経ディアル』2016年8月26日配信 https

: //dual.nikkei.co.jp/article/089/54/08.26。

「理事長からのメッセージ」日本ダウン症協会 http

: //www.jdss.or.jp/project/05_01.html。

立石美津子「15年前に出生前診断を受けた私がい

ま,思うこと」Conobie,https : //conobie.jp/article

/5962。

立石美津子「出生前診断でわからない障害もある?

結果に混乱しないために知っておきたいこと」

hapimama,http : / / ure. pia. co. jp / articles / - /

249516?page=2。

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